第33話 橋の上にて(その5)

 クニオは中段に構えている。レベルが上がるにつれて、クニオのゾーニングは進化していた。ゾーニングとはクニオの建築士というレアジョブ特有のスキルだ。周囲の空間や構成材料を把握できる。以前の様にダンジョンなどの大きな空間把握だけではなく、相対する敵との位置関係なども正確に掴むことができるようになっていた。

 

 剣道の経験があるクニオには間合い取りの大切さはよく分かっている。先ほどまでのコルビーとグレゴリーの戦いの最中も、ユキヒラの攻撃の間合いをずっと学習していた。自分の間合いに入らない限りはユキヒラは攻撃してはこない。剣道であっても基本だ。じりじりと二人は間合いを詰めていった。


 ユキヒラの間合いに入ったところで、彼は振りかぶって攻撃を仕掛けてきた。しかしそれはユキヒラの間合いを掴んでいるクニオには予想できる動きだ。クニオはすぐに一歩下がって間合いを外した。ユキヒラの剣筋は縦に空を切る。振り切ったところでクニオは一歩前に出て剣道でいう所の面を切りつける。面抜き面という技だ。すぐさまユキヒラは刀を戻して、その一撃を受けとめた。先ほどと同じく早業だ。すぐに反撃が来ることは承知しているので、クニオはすぐにまた後ろに下がった。また間合いの外に出て中段に構え直す。


「あれ、なんか思っていたよりもちゃんと勝負になっているな?」コウは不思議そうにしている。

「グレゴリーさんはともかく、コウさんは師匠の評価が低すぎますよ。さっきユキヒラと手合わせして分かったけど、多分いい勝負になると思う。いや、ゾーニングのスキルがある分師匠の方が有利かもしれない」コルビーは自慢げだ。


 しかしクニオ自身も驚いていた。今まで戦ってきたのは魔物や魔獣の類だった。多分人間と剣で相対するのは、この世界では初めてかもしれない。しかもこのユキヒラという男の動きは剣道のそれに極めて近い。正直言って戦いやすいのだ。前世で剣道をしていたころに比べれば、肉体は段違いに鍛えられているし動ける。ゾーニングのスキルもある。他の三人があまりに強すぎて、自己評価が低くなりすぎていたのかもしれない。


「クニオ殿の間合いの取り方が絶妙ですな。ゾーニングを使っておられるんでしょう。あれでは向こうもなかなか手が出せない」グレゴリーも真剣に見入っている。


 二人はその後お互いに手出しすることも無く、間合いの取り合いが続いた。先に自分の間合いをとれた方が有利になるのは剣道と一緒だ。両者は細かくすり足で移動しながら睨み合っている。そうしてその静寂が破られる時が来た。ユキヒラがわずかに振り被りながら前進しようとした。その瞬間クニオの刀がほぼ直線でユキヒラの右腕に向かう。ユキヒラの振り被ろうとする動きにカウンターとなって、その上腕部にクニオの刀が食い込んだ。そう、剣道でいう所の出籠手という業だ。相手の出先を狙うこの技は、実は剣道の試合では一番多い決まり手でもある。


 勝負はついたかと思ったその瞬間。更にユキヒラは前進して、クニオに向かって膝蹴りの様な動きをした。「ドスッ」という低い音にクニオは視線を下に向ける。見下ろした自分の腹にはユキヒラの膝から飛び出した短剣が刺さっていた。すぐにユキヒラが脚をひくと短剣は抜けて、代わりにクニオの腹部からは血が噴き出した。流れた血で腹のあたりが熱くなるのを感じた。たまらずクニオは膝をつく。


「まさかこの仕込み刀を使うことになるとは思わなかった。なかなかいい技でした。すぐにポーションを出すので動かない方がいい。私の右腕も回復させなければ動かせませんが、傷の深さで私の勝ちでいいですね。約束通り刀は置いて行ってもらいます」そういうユキヒラの言葉が段々と遠ざかって行くのを感じながら、クニオは倒れ……

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