宿場町にて

第64話 宿場町にて(その1)

 クニオとコルビーはキートで物見やぐらの完成を見届けた後、サダヒデの工房へ向かう途中、行きにも立ち寄った宿場町クザを訪れていた。新たにここに温泉場を作るにあたっての現状視察だ。一泊して夜は町の有力者を呼んでの宴会…いや、ヒアリング予定だ。


 とりあえず行掛けに掘り当てた温泉を見に行くが、急ごしらえで作った露天風呂はほぼそのままだった。あれからまだ一ヶ月と経っていないので、付け加えられているものと言えば、上に簡単な屋根がかけられて、まわりを目隠しの板塀が囲っているぐらいだった。どこかで脱衣して浴槽まで移動するにも、これでは外から丸見えだ。折角源泉があってもこの状態では人を呼べそうにない。


 その簡素な露天風呂を見ながらクニオはコルビーに話す。

「物見やぐらの設計で分かったと思うけども、現調と言って建築では計画敷地を読み取ることが大切なんだよ。それは風の流れであったり、眺める風景であったり人の動きであったり…。しかしその根本となる部分で一番大切なのは、何の為にそこで建築という行為をするかを頭の中で明確にしておくことなんだ」


「今回は、廃れたこの宿場町を活性化させることが主目的なんですよね。町へ人を呼び込むために湯治場を作る意外に何かあるんでしょうか?」コルビーがクニオに聞く。


「そう源泉を使った宿場町の活性化が目的だよ。それが今回の計画のメインコンセプトってやつだ。ではその活性化をどう実現していくか…それはダイヤグラムと呼ぶんだ」クニオはどや顔でそう言ってから。コホンと軽く咳ばらいをしてから続けた。


「前はキートという大きな町から、すぐに行って帰ってこられる事がこの宿場町の魅力と言ったけども、単に湯治場を作っただけではキートから近すぎて、温泉だけ入って帰ってしまう人が多いかもしれない。それじゃあ町の活性化にはちょっと弱いんじゃないかと思い始めたんだ。幸いここには、寂れてはいてもまだ潰れていない宿屋がいくつも残っている」そう言ってクニオは辺りを見回して見せた。その温泉場から見える範囲にも、少々古ぼけた宿屋らしき建物がいくつか見える。


「湯治場をきっかけにして、既にある宿屋にも人を引き込む仕掛けが必要というわけですね」

「そう、もちろん宿屋だけではなく、他に新しい何かが生まれてもいいと思うんだけど、町の活性化というコンセプトを見失わなければ、そこから色々とアイデアが広がるだろう?例えば宿泊客を増やしたければ、美しい夕日が見られる露天風呂を作ればいい。遅い時間に来たら帰れなくなるからね。逆に朝風呂が気持ちよくてもいい。そうしたら前の日から泊まろうという事になる。宿泊者が増えれば飲食店や、他の娯楽施設の需要もできるよね」


「一遍に整備できなくても源泉さえあれば、まずは中心となる湯治場を設けてから、各宿にお湯を供給して、それぞれに特色のある露天風呂を作ってもらってもいいですね。そこには何かしらデザイン的な共通のキーワードも持たせて、町としての一体感を出す。宿泊しながらいくつも温泉巡りをするなんていうのも楽しそうです」コルビーは興奮気味に話す。


「のってきたね。デザインのキーワードは何も建築物である必要もない。塀や道や看板もあれば、植栽だって使えるかもしれない。浴衣やタオルや桶みたいな小物だって同じだよ。でもまず最初に中央となる施設を作るのであれば、手ぬぐいにシルエットが印刷できるぐらいのシンボリックなものでもいいよね」クニオもどんどん楽しくなってきた。

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