第44話 谷間にて(その6)
そうして今度はグレゴリーの方からマーズに殴りかかった。かろうじてその拳をマーズは右手の平で受けたが、その瞬間手だけでなく右腕ごとその付け根から跡形もないくらいに破砕され飛び散っていた。グレゴリーは殴りかかった右腕を伸ばしたまま数歩進み、マーズの後方に進んで立ち止まり振り返る。
「強化魔法の多重掛けはまだご経験がありませんでしたかな?腕が無いとその技とやらも出せないでしょう」そういうと今度は無詠唱で回復魔法をマーズにかけた。吹き飛んだ服や装備は元に戻らなかったが、マーズの右腕は元通りに復活した。
「回復魔法は苦手なもので、次も上手くできるかは保証しかねますがね」グレゴリーはそう言うと、ガハハと笑った。
谷間が夕闇に包まれる頃、盗賊団はキュリオシティーズの前で全員が並んで正座をしていた。
1人でも逃げたら全員その場で皆殺しにすると、コウが物騒なことを言ったので、縄などで拘束することはしなくても、誰も逃げようとする素振りは見せなかった。先ほどのグレゴリーがマーズとの戦いで見せた格の違いが 、それがただの脅しではないことを物語っていた。ユキヒラも以前自分がとんでもない人間に勝負を挑んでいた事を悟って若干ひいている。
「仮にもジョブクラスAの冒険者が、若者を集めて盗賊とは感心しませんな。冒険者なら冒険者らしく魔物を退治しないと…」グレゴリーが坊主の様に説教をしている。
「この辺りはもともと魔物が少ないんですが、数年前の地震以来さっぱり出なくなったんですよ」腹の刺し傷と、割けた口も魔法で回復したギューズが言う。
「であれば他の地に行けばいいだろう」コルビーが口を挟む。
「この先にある宿場町が我らの生まれ故郷なんです。久々に帰ってきたら最近馬車の便が整備されたとかで、すっかりさびれてたんです。宿場町としてはキートの中心部から近すぎるんですよ。特にこれと言った特徴もないし…。で、職にあぶれてブラブラしていた若いやつらを集めてこのあたりで稽古をつけてたんです。ちょっとした腕試しのつもりが段々エスカレートしてしまって…」マーズが答える。
「お恥ずかしながら、私も馬車でしかこのあたりは通ったことがありませんでした」ユキヒラはこの辺りを何度も通っているようだが、徒歩での移動は初めてだったらしい。
「かといってそれで盗賊というのは感心しませんな。若者への教育上も非常によろしくない」グレゴリーは今日は坊主モードの様だ。
「そういえばここに来る途中何度か馬車と遭遇しましたが、馬車は襲わなかったんですか?」クニオが聞く。
「馬車は大体ジョブレベルSクラスの用心棒を乗せているから、ヤバいと思ったんだろう。へなちょこだな。よく今まで無事だったもんだ」コウは相変わらず口が悪い。
「Sクラスの冒険者が魔物も何もいないこんなところを、徒歩で旅をしてるなんて事はまぁありませんから」そう言ってギューズは頭をかく。
「まぁ細かい事情は知らないけども、やったことは犯罪なんだから、そこの二人は明日番屋にでも出頭しろよ。しなかったらこの先の宿場町を町ごと吹っ飛ばすからな」コウが怖い事を言っているが、それは聞こえてないかのごとくクニオは彼女をじっと見つめていた。
そうしてコウに向かってクニオは話を始めた。
「地域の中心部から近いというのは悪くは無いですよね。要は宿場以外の目的地になればいいわけだ。すぐに行って帰ってこれる。みんなが行きたくなる場所…」その発言に反応してコウはため息をつく。
「…わかったよ。今から宿場町に行く道すがら温泉の水脈を探せばいいんだろう?」
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