第29話 競泳勝負!

 魔女パラニア率いる軍勢は撃退され、港町ハープーンに平穏が訪れる。身を隠していた住人達も安堵しながら表へ出てきて、いつも通りの日常の風景が戻り始めていた。

 この平和の立役者であるエステル達退魔師一行が帰還してステラの姿を探す。ギガント・プルモー戦で別行動となってしまったため、特にエステルは最愛の姉と一刻も早く再会したかった。


「姉様!」


「おかえり、エステル! 無事に戻ってきてくれたんだね」


 ステラもまたエステルを待ちかねていたようで、町の中央部にある役所の建物から飛び出し手を大きく振っている。そんな姉にエステルが笑顔で抱き着き、優しく頭を撫でてもらってご満悦な様子だ。


「えへへへ……やはり姉様のナデナデは別格の心地よさですね」


「ふふ、戦いが終わったら物理的に温めてあげるって約束だったしさ」


「憶えていてくれたのですね。なら、もっと…どうせなら裸で肌と肌の触れ合いを……」


「こ、ここで脱ぐのはマズいよ!」


 もはや人目など気にしていないのか、欲望のままにエステルが戦闘服を脱ごうとするのを止めるステラ。さすがに公共の場で全裸にでもなれば犯罪である。


「まったく、アンタ達姉妹はどうなってんのよ……見てるコッチが恥ずかしいわ」


「あ、カリンちゃんも怪我とかは無い? わたし達が町でギガント・プルモーと戦っている間、カリンちゃん達は魔女と交戦していたわけだから心配だったんだよ」


「心配なんかご無用よ。ぜーんぜん苦戦もしてないし、なんなら後少しで魔女を倒せそうだったんだから」


 ツンとステラの心配を一蹴し、カリンは見栄を張る。この任務で双子姉妹に戦果で上回り勝利するというのがカリンの目的であったため、エステルに助けられたなんて自分で言うのは負けでしかない。


「そんなコト言っちゃって。本当はね、私とカリンは魔女の猛攻でやられかけていたんだよ。だから、エステルが助けに入ってくれて命拾いしたんだ」


「ちょ、ちょっとガネーシュ先輩! 本当の事言わないでくださいよ!」


「いいじゃないの。ステラに対しても、エステルにしたように感謝を伝えるべきだよ」


「うっ、仕方ないわね……ま、アンタ達がデカい魔物とやらを討伐したから町は守れたわけだし、エステルを助けに寄越してくれたから怪我も無かったというのは真実なのだから……あ、ありがとう」


 ガネーシュに促され、頭を掻きながらそう口にするカリン。そんなカリンをステラは親戚の叔母のように微笑ましく思い、エステルは恨めしそうに見ている。

 

「エステルから聞いたんだけど、ギガント・プルモーとかいうクラゲ型の水棲魔物が出たんだってね? その魔物の欠片でも回収できれば、ガラシア様もお喜びになるだろうね」


「はい、案の定グチャグチャですけど死体はまだ海上に浮かんでいますよ。その内、波に流されて浜まで到達すると思いますが、泳いで取ってきたほうが早いかもしれません」


「よし、じゃあ回収しに行こう。後始末までが遠征ってね」


 早朝から約半日に渡る任務をこなし、それでも働こうというのだから退魔師は常人ではない。というより、遊撃隊がタフ過ぎるのだろう。


「私がハープーンの治安維持課に山での戦闘について報告してくるから、皆は先に行っていて」


 ガネーシュの言葉に頷き、ステラテルとカリンは浜へと移動するのであった。






 砂浜には観光客などはおらず、波音だけが響く穏やかな雰囲気である。魔物の脅威は取り除かれたとはいえ、ギガント・プルモーの残骸が漂流していることから海岸沿いは閉鎖されているのだ。

 警備の者に許可を得て浜へ降り立ったステラテルは、改めて自分達が撃破したクラゲ型魔物の亡骸を見つめる。


「あんな魔物までいるなんてねぇ。パラニアもそうだけど、恐ろしい魔物が本当に増えてきているよ」


「水棲の魔物なんて激レア種まで現れたわけですものね。海からも攻めこまれるとなれば、尚更防衛は難しくなりますね」


 海に住む魔物は極めて個体数が少なく、しかも深海であったり人間の目に付かない場所で生活しているようなので、滅多に目撃されることはない。そのため、海洋航行する船舶にも無視される存在であり、驚異的だと思われたことはなかったのだ。


「逆に言えば、かなり珍しい体験をしたということになります。本によれば過去にも水棲魔物が上陸して被害をもたらした事例は確認されていますが、僅かな件数しかありませんので」


「こんな珍しい体験はしたくなかったね。まぁ何事もなく解決できて良かった」


「ま、私達の強さがあったからこその勝利ですけどね」


 と誇るエステルだが、事実彼女の言う通りである。ギガント・プルモーは厄介な雷撃で身を守り、低空浮遊しながら接近してくるので逃げ場がない敵で、ステラテルのように自由に飛び回れる退魔師でなければ苦戦は免れられない。しかも巨体であるため耐久性も高く、双星のペンタグラムによる圧殺以外で仕留めるのは尚更困難だったであろう。


「お待たせ、皆。さ、次のお仕事に取り掛かろう」


「あ、ガネーシュさん。お役所への報告は終わったんですね。ン、その手に持っているのは?」


「じゃじゃーん! みんなに頑張ったご褒美ですぞ!」


 後から合流したガネーシュがバッグから取り出したのは水着で、それらをステラ達に配る。


「これ水着ですよね?」


「そそ。今から水に入るわけでしょ? だからさ、こういう的確な格好をするのも悪くないっしょ?」


「えっと、まあ……しかし、この短時間でよく何着も用意できましたね?」


「実は町長さんの娘さんが衣服店を営んでいて、海に浮かぶ魔物を回収するって話をしたらタダでくれるって言うんだよ」


 退魔師用の戦闘服は水中にも対応していて、実際にエステルは戦闘着のまま潜水を行っていた。だが、水を含めば多少は重くなり、長時間の水泳には向かない。その点、水着なら動きやすいのは確かだ。


「でもサイズが合うかどうか」


「大丈夫。私の目利きで皆のスリーサイズは大体把握したから。こういう時、戦闘着は身体にピッチリと張り付いてボディラインが丸分かりだから助かる」


「す、凄い能力ですね」


「遊撃隊を長年やってれば、これくらいの観察眼は手に入るよ」


 人はそれを変態と呼ぶのではないかと思うが……

 ステラ達は海の家として利用される予定の空き家を借り、中で水着へとコスチュームチェンジして浜に再び立つ。


「本当にサイズが合っている……」


「姉様、その水着似合っていますよ。デザインは単純なビキニタイプですが、黒ベースにピンクのラインがいやらしい感じを醸し出しています。姉様の美しい巨乳も相まって超ドエッチです」


「あまり褒め言葉でないような…? てか、エステルのは純白で清楚だね。どちらかというと、わたしもソッチの方がよかったような……」


「私は清楚とはかけ離れた存在なのですがね」


「自分で言うの……」


 ともかく、水着を纏ったステラテルの魅力度は高い。その出るところはしっかりと出た華麗な肉体が装飾されて、もともと美少女であることからも人々の目を引くレベルだ。

 もし、ここが普通に開かれたビーチであればナンパされまくりであっただろう。だがステラに下心を抱いて近づく者がいれば、すかさずエステルによって黄泉の世界に送られるのは確定である。


「…ガネーシュ先輩、何故あたしのはコレなんですか……」


「可愛いじゃん。遠方の島国で使われているスクール水着ってヤツらしいよ」


「は、はぁ…でも、あたしもガネーシュ先輩と同じスポーティデザインのヤツがよかったです」


「これは競泳用のヤツなんだって。一言に水着って言っても、いろんな形があるんだねぇ」


 カリンは小柄な体躯に似合うスクール水着とやらを纏い、片手を腰に当てながらステラテルに向かい合う。


「よし、こうなったら勝負よ!」


「勝負? って、どうするのカリンちゃん?」


「簡単よ。魔物の残骸が浮いている地点まで泳ぎで競うのよ。アンタ達とあたしのどっちが速いかというね」


「うーん…でも、実はわたし泳ぐのヘタで遅いんだよねぇ」


 ステラはカナヅチで、水への恐怖心があるわけではないが上手く泳げないのだ。なので、勝負と言われても棄権するしかなかった。


「はい、あたしの勝ちー」


 それを聞いたカリンは勝ち誇るが、ライバルとの勝ち負けが不戦勝で決まっていいのだろうか。


「ちょっと待ちなさい。ここは私がいくわ」


「へえ。エステル・ノヴァは泳げんの?」


「ええ。あのギガント・プルモーを海中から奇襲したのも私よ」


「あっそう。どちらかというとアンタの方がムカつくから丁度いいわ。今度こそアンタを負かしてみせる」


「臨むところよ。姉様は浜で見ていてくださいね」


 と、エステルとカリンは闘志を燃やしながら浜に立ち並び、一気に飛び込んで目的地までの競争を始める。両者ともに競泳選手並みの速度で水を掻き進んで行き、アッという間に姿が小さくなっていく。


「やれやれ、元気なのはいいことだけどね。私も行ってくるから、ステラはここで待っていて」


「ガネーシュ先輩、わたしも行きますよ?」


「泳ぎは得意じゃないんでしょ? 戦闘で疲れているだろうし、水中は結構危険だからさ」

 

 ウインクしながら気遣ってガネーシュもエステルとカリンを追っていく。彼女の言う通り、水泳が得意でない者が疲労している状態で遠距離まで泳ぐのは無理があるだろう。


 そんな三人を見送るステラ。だが、ステラもまた何者かの視線を受けていた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る