第16話 魔物がアストライア王国を狙う理由

 プレアデス・エレファンテの対空砲火から逃げ切ったエステルだったが、安堵している暇は無い。至近距離まで迫った魔女パラニアがランスを突き出し、今まさにエステルを串刺しにしようと攻撃を仕掛けてきているのだから。


「負けるわけには!」


 魔力の翼で姿勢制御しつつ、エステルは刀でランスの刺突を受け流してみせた。マトモに武器同士をぶつけ合えば質量差で刀がへし折られるのは間違いなく、こうして上手くいなすテクニックが必要になってくる。

 だが、強敵相手でも冷静なエステルにとっては難しいことではなく、的確にランスを弾いて自身への直撃を防いでいた。


「あんな魔物まで準備をしているとはね。そこまでしてアストライア王国を狙うのは何故?」


「匂うんだよ……アンタら人間の国から上質な魔素のニオイがさぁ!」


「上質な魔素…? 一体どういう?」


 魔素とは空気中に含まれる魔力の源である。退魔師や魔物は、これを体内に取り込み魔力に変換する能力を持っているのだ。

 この魔素は世界に普遍的に存在する物で、地域によって質が違うという特徴は無い。しかし、パラニアが言うにはアストライア王国内から質の高い魔素とやらのニオイがするらしい。


「この懐かしいニオイは魔龍が放っていたものに似ている。大昔は世界中に満ちていたのにな……」


「魔龍は過去の魔道戦争で全滅したハズよ」


「そうさ。アンタら人間によってなぁ!」


 エステルは魔女と切り結びつつ、更に追及することにした。


「それに、魔素に違いなんて無いハズでしょ。私だって魔素を取り込む退魔師だけれど、他の国との差異は感じないわ」


「あるんだなぁ、コレが。事実、アンタらのお国から漂う魔素を吸うと気分が良くなる。力が湧いてくる!」


 一閃する刀を身を翻して回避したパラニアは、重量のあるランスを振り回しながらエステルを威嚇している。


「…なにかヤバい薬でもキメてるみたいな言い方ね。例えば、エルフの秘薬とかいう胡散臭いヤツとかを」


「へっ、アタシは薬なんかキメてないよ。けどさぁ、ハイになれるんだよ。だからアタシはこの土地全部を奪いたいと考えているし、他の魔物共も同じなのさ」


「それが魔物の侵略が続いている原因だというの…?」


 近年の魔物による激しい侵略の理由がソレかと見当を付けるエステル。パラニアの言葉を信じるのならば、退魔師では感知できないがアストライア王国は魔物の好む特異な魔素に満ちているということになり、これを目的に来ているという事となる。


「アタシは他の魔物らを出し抜いてココを征服する。そうすりゃ、より強大なアタシだけの軍団を作り上げられるだろうし、名実ともに最強の魔女として君臨できるだろうさ。だから、アンタらに邪魔されるわけにゃいかねェのよ!」


「人間の生活を邪魔しておいてよく言う!」


「知らんがな! オマエ達人間は駆除されるべき害虫なんだよ!」


 いい加減に仕留めようとパラニアは全力でランスを振りかざし、エステルを叩き落とそうと攻撃を仕掛ける。

 そんな強烈な一撃を後退して避けつつも、エステルは反撃のチャンスを掴めないでいた。パラニアの戦闘力の高さも勿論だが、とにかく隙が無い。


「あんだけ重そうな武器をブン回しておきながらも余力がある……さて、どう攻めこもうかしら」


 と、エステルが思案をしている中、パラニアは追撃を中断して引き下がった。


「下がるの…? ッ!?」


 敵の動きが何故なのかと考える必要はなかった。空戦をしていたエステルは下からのプレッシャーを感じ取り、それがプレアデス・エレファンテの対空砲火であることは本能で理解している。

 魔力のチャージを終えたようで、プレアデス・エレファンテの鼻から照射される魔弾はむしろ苛烈さが増していた。


「アイツを倒さなければどうしようもないわね。ならば!」


 逃げるだけでは戦いは終わらない。エステルは照射攻撃を急降下して回避し、そのままの勢いでプレアデス・エレファンテへと接近をかける。


「ヤツの鼻っ柱を折ってさえしまえば!」


 砲撃さえ無力化すれば怖い相手ではない。トップスピードで巨大なゾウ型魔物の背後に回り込もうとしたが、


「なんとッ!?」


 プレアデス・エレファンテの胴体にはスパイク状の棘が多数生えているのだが、これらはただの飾りではなかった。肉薄してくるエステルを迎撃するように棘が撃ち出されたのである。

 一つ一つがパラニアの装備するランス並みの太さと鋭利さを有している棘の射出に驚くエステルは、上昇して退避を試みた。


「ダメか…!?」


 棘の一発がエステルを直撃するコースを取っていた。急激なターン回避をしたことで慣性を殺しきれず、少しよろけていたところに的確に飛んできているのだ。

 このままではエステルは体に大穴を開けることになる。しかし、


「エステルはわたしが守る!」


 ステラの叫びと共に棘が爆散していた。破片が撒き散らされ、エステルは難を逃れたのである。


「姉様のメテオール・ユニット…!」


 気が付けばエステルを守護するようにメテオール・ユニットが展開されており、魔弾を発射して棘を撃破していく。その守護神のような働きを指示するのは他でもないステラであり、プレアデス・エレファンテの棘による攻撃を阻止してエステルと合流した。


「お待たせ、エステル」


「ありがとうございます、姉様。魔力の回復は大丈夫なのですね?」


「うん、大丈夫。にしても、これは厄介な敵だね」


「ええ。どうします?」


「アレ、やるしかないね」


 ステラの言うアレとは、必殺奥義である”双星のペンタグラム”のことだ。圧倒的な攻撃力を誇り、巨大な魔物であっても撃破できる。

 しかし、確殺の技というものではない。強力な敵の場合、万全な状態では弾かれる可能性もあるのだ。


「となれば、あのゾウ型を消耗させる必要がありますね。それに、魔女という邪魔者がいますから排除しないと」


 双星のペンタグラムの発動には少し時間がかかるため、横やりを入れて妨害するのは容易い。

 ステラはメテオール・ユニットを射出し、上空のパラニアを狙わせた。


「またその小賢しい魔結晶かい。いくら囲われようと当たらなければ!」


 一度見た攻撃ならば見切るのも容易いと、パラニアは余裕そうにメテオールの射撃を悠遊と躱す。このままでは掠らせることもままならないが、


「私を忘れてもらっては困るわね」


 エステルもまた突撃を敢行し、パラニアと武器をかち合わせて鍔迫り合いを演じる。


「アンタがアタシを足止めして魔弾を当てさせようというのかい? だがね、数でアタシは倒せんよ!」


 言葉通りに四方から来る魔弾を最低限の身の捻りで避け、更にエステルを相手にするという高等テクニックを披露するパラニア。エステルとステラ二人の猛攻をものともせず、逆撃を叩きこもうとランスを突き出した。


「そうかしら?」


 だが、ステラテルの二人にも策はある。

 エステルは刺突をバク宙の要領で回避。しかし、これは背中を相手に見せることになり隙が大きく、パラニアは勝利を確信して連撃に移ろうとした。

 その瞬間、


「!?」


 勢いのまま不用意にエステルの至近距離に詰めたパラニアは、予想外のモノを目撃する。なんと、エステルの背中には一機のメテオールが張り付いていて、パラニアが近づいた直後に離脱して魔弾を放ったのだ。

 そう、エステルはワザと背中を晒したのである。普通の攻略法では倒せないと悟り、相手の鋭いカンをすり抜ける不意打ちをする必要があった。ステラがどさくさに紛れて一機をエステルにくっ付け、タイミングを見計らって敵が想定していない対処困難な決定打を叩きこもうと考えたのだ。

 この連携を言葉による意思疎通無しで実現するのだから、ステラテルの互いへの理解度は計り知れないものがある。


「やられた…ッ!」


 慌てて後退しようにも遅かった。パラニアの左腕の肘に着弾し、腕部が吹き飛んでいく。さすがの魔女とはいえ激痛に身を震わせ、ランスを落としてしまった。


「クソッ! なんたる不覚か……」


「ここまでね!」


「そうかな?」


 負傷して怒りに沸騰しながらも、パラニアは無謀な特攻はしない。エステルを蹴って引き離すと、眼下のプレアデス・エレファンテに何かしらの指示を飛ばした。


「あの魔物にどういう命令をしたの!?」


「見ていれば分かる!」


「ン…?」


 エステルはパラニアを捉えながらもプレアデス・エレファンテにも目を移す。すると、射撃を停止していた巨躯は足を踏み出し、コニカの街へ向けて進撃を始めたのだ。


「街に突撃しようというの!?」


「ハハッ! アタシにかまっていたんじゃ街は救えないねぇ。さっさと行ったらどうなんだい!」


「チッ! 貴様は絶対に倒すから憶えておきなさい!」


 後少しでパラニアを倒せそうではあるのだが、プレアデス・エレファンテを止めなければコニカは蹂躙されてしまう。このゾウ型は案外スピードが速く、出だしこそノッソリしていたが加速してエステル達と距離を離していく。

 まずは街を守ることが先決だとステラが敵を追い、エステルはパラニアを威嚇しながらも姉に続くのであった。

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