第17話 大地に沈む魔象

 片腕を失った魔女パラニアは、ピンチを切り抜けるべく配下のプレアデス・エレファンテに人間の街へ突撃するよう指示した。この巨大なゾウ型魔物は重火力も有しており、単体でも街を破壊できるだけの力がある。

 これを止めるべくステラとエステルは追撃し、一度パラニアは無視することにした。


「姉様、アレを仕留めるには双星のペンタグラムしかありませんね」


「だね。でも、あの勢いを殺して足止めをしなければ結界に捕らえられない」


 双子の必殺奥義でもある双星のペンタグラムは広域結界を展開し、その範囲内の全てを圧殺する技である。この結界には魔物を束縛する能力もあるが絶対的なものではなく、相手が強力且つ消耗していなければ突破されてしまう可能性が高い。


「ヤツの前脚に集中攻撃を叩きこもう。あんなに太い脚だと完全に破壊するのは難しいけれど、一時的に機動力を減衰させればいい」


「はい。では、前左脚を狙いましょう」


 エステルの言葉に頷くステラはメテオールを放ち、プレアデス・エレファンテの左脚の膝部分に一点集中砲火を浴びせる。しかし、肉厚で防御力が高いため多少抉るだけで砕いたりはできない。

 そこにステラが飛び込み、刀で傷口に強烈な斬撃を叩きこんだ。メテオールの魔弾で灼けた部位が引き裂かれ、血が噴き出して肉が飛び散る。


「動きが止まった! エステル、敵が回復する前にケリを付けよう!」


 ダメージを受けた部分は既に修復が始まっており、魔物の凄まじい生命力の高さを見せつける。このままでは傷を完治して突進を再開するのは時間の問題だ。


「対空砲火をまたやってくる…!」


 プレアデス・エレファンテは邪魔者であるステラテルを排除するべく、長い鼻の先端から照射状の魔弾を撃ち出す。


「こうなればコッチは動きながら術を発動するしかない。やりにくいだろうけど……」


「やってみせましょう。大丈夫ですよ、私と姉様なら」


 双星のペンタグラムを展開するには双子の魔力を同調させる必要がある。そのためには物理的に両者がくっつかなければならず、意識も集中させなければ成功しないのだ。

 相手の攻撃に晒されている状況では難易度が高いが、それでもやるしかない。


「エステル!」


 叫ぶステラの手をエステルが掴み、指を絡ませるようにしてガッチリとホールドした。


「このまま同調させる!」


 魔物の対空射撃から逃れながら二人は並んで飛翔し、淡く輝いていく。同調自体は順調に行われていき、技の発動準備は完了しようとしていた。


「姉様、魔物が回復を終えたようです。また足を踏み出していく……」


「逃がすわけには!」


 傷の修復を終えたプレアデス・エレファンテは、ドシンとまた一歩を踏み出し移動を開始する。


「いきます…双星のペンタグラム!」


 敵が加速を終える前に仕留めるべく、エステルが魔物の足元に五芒星型の結界を展開した。彼女の五芒星には強い重力を発生させる力があり、この重力の井戸に呑み込まれるようにプレアデス・エレファンテは動きを鈍らせる。


「敵も魔力を消耗しているハズですが、まだあんなにパワーが残っている…!」


 生命の危機を察知したのか脱出しようと必死に抵抗し、震えながらも前進を試みていた。さすがに強力な魔物はダテではなく、完全な拘束にはならない。


「任せて。わたしが始末するから」


 だが既にステラの五芒星がプレアデス・エレファンテの上に展開され、大地に張られたエステルの五芒星目掛けて降下していく。このまま落ちていき、二人の五芒星の間に挟まる障害物は消し去られる運命を辿ることになるのだ。


「まだ抗うというの!?」


 しかし、プレアデス・エレファンテも死をただ待っているだけではなかった。残る体内の魔力全てを動員し、頭上から迫る敵の術を跳ね返そうと踏ん張っている。


「姉様の邪魔をさせるわけにはいかないわ! さっさとブッ潰れなさい」


 エステルが重力場を更に強め、魔物の抵抗力を削ぎ落した。五芒星の結界を行使するには体力と精神力双方に負荷がかかり、エステルの顔には疲弊が色濃く表れている。

 そんな妹の懸命な援護を受け、ステラもまた振り絞るように力の全てを五芒星に送り込む。


「終わらせる!」


 二人の気合に呼応するように双星のペンタグラムは虹色に発光し、雷撃のような光の筋が何条も迸る。


「いけます、姉様!」


 この圧倒的な死の儀式を前に、遂にプレアデス・エレファンテの守りは崩壊した。重力に縛られた足が折れて擱座し、上からプレス機のように対象を圧する五芒星によって胴体が砕けていく。

 プレアデス・エレファンテは最期の足掻きとして鼻から魔弾を照射しようとしたが、すでに手遅れだった。もう動員できる魔力は無く、光の翼を生やす双子に照準を定めつつも、攻撃を行えないまま全身を潰されて肉塊へと還る。


「やっと倒せた……」


 魔物を押し潰した双星のペンタグラムは役目を終えて消滅し、双子は力を使い果たして地面へと降り立った。もう戦闘を継続することは困難で、その場に座り込んでエステルがステラに寄りかかる。


「これで一件落着だね。いや、魔女が残っているか……」


「ですがヤツを倒せるだけの余力はありません。もし今襲われたら、二人共死は免れられないでしょうね」


「エステルと一緒なら死ぬのも怖くないよ」


「ふふ、私もです。ですがヤツも腕を失って戦闘どころではないでしょう」


 周囲には魔物の姿もなく、魔女パラニアの追撃もなかった。ひとまずはコニカの街にとっても脅威は去ったのだ。




 その一連の戦いを後方から見ていたパラニアは、エステルに落とされた腕を拾い上げて切断面にくっつけた。すると、骨やら肉などが接合されて元通りに復活する。この異常な回復力は流石は魔女といったところか。


「クソが…アタシがせっかく用意したプレアデス・エレファンテを殺してくれちゃって……あんな人間がいるなんてね」


 パラニアは悔しそうに唇を噛み、遠くで寄り添いながら座り込む双子退魔師を睨みつけている。


「こっちも戦闘と回復で魔力を失ったから追撃は出来ん……まあいい。オマエ達のことは覚えたからな、覚悟しておけ」


 次こそはリベンジを果たすと宣言し、パラニアは飛び去った。配下の魔物の軍勢は一瞬にして壊滅してしまったため、もう一度勢力を整えて逆襲の機会を窺うことにしたのだ。






 魔物を撃滅したステラテルをもてなすべく、コニカでは急遽祝勝会が催されていた。街で最大の飲食店は貸し切りとなり、治安維持部門主催のもと退魔師やら職員が参加している。一時的とはいえ魔物の恐怖から解放されたことで皆テンションが高まっていて、さっそくと酔いが回っている者もいた。


「いやぁ~、本当にお二人には感謝しかありませんよ! アストライア王国最強クラスの退魔師という評判はダテではありませんな!」


 そんな中、治安維持部門を指揮するナレットは、心底安堵したというように高笑いしつつ双子と握手を交わす。街の防衛を任されている責任者として魔物の脅威に胃を痛めており、双子が街に来た時は弱気にもなっていたのだが、とりあえず目下の敵を排除できたことで有頂天になっているようだ。


「にしても魔女ですか? ありゃ伝承上の生き物ではなかったんですねぇ」


「かなりの強敵でした。しかも仕留めきれてはいませんから、またいずれ現れる可能性もあります」


「それまでには我々も戦力を立て直しておきますよ。ま、お二人がコニカ専属の退魔師になって頂ければ最良なのですがね?」


「わたし達は遊撃隊でありますから…他の街の救援も行わなければなりませんので……」


 ナレットがスカウトしたくなるのも当然で、ステラテルさえいれば安心感は絶大だ。実際に女王すら二人をロイヤルガードとして招きたいと考えているほどである。

 他にも街の役人などからも賛辞をもらい、まさしく英雄のような扱いを受ける双子。こうして宴会模様の祝勝会は深夜まで続くのであった。




 会はお開きとなったのだが、双子は飲食店のテラス席に座り優雅にココアを堪能していた。この街に彼女達の帰る場所などなく、しかも夜明けの近い時刻であったために宿泊施設も当然ながら閉まっていてチェックインなど出来ない。

 そのため、飲食店側の好意で簡易的な宿として利用していたのである。


「やはり姉様の入れてくださるココアは格別ですね。美味しさもそうですが、とても安らぐので実家のような安心感を感じられます」


 徐々に白み始めていく空と大地の境界線を眺めつつ、カップを両手で口元に運ぶエステル。その仕草が小動物のようで愛おしく、母性に満ち溢れた柔らかい表情でステラが見つめていた。


「今日はお疲れ様、エステル。王都に帰ったらゆっくり休もうね」


「ええ。魔物との戦いもそうですが、どちらかというと祝勝会のほうが疲れました」


 社交性の皆無なエステルにとって、人が多く集まる場所自体がストレスになる。しかもパーティーのような状況ともなれば尚更だ。


「姉様は流石ですよ。笑顔を絶やさず対応をなされる……姉様にばかり負担をかけてしまって申し訳ありません……」


「気にしなくていいんだよ。それに、わたしはエステルのためなら何だってするし、苦にならないよ」


「ああ、姉様……私の天使そのものです」


 エステルはステラが光り輝いているように見えたが、それは錯覚ではなく暁に照らされているからだ。暗闇を消すように陽が昇り、また新たな一日が始まる。

 この静かな二人きりの時間を味わいつつ、エステルは隣に座る姉と視線を交わして小さく微笑むのであった。

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