第10話 妹想いの姉

 王都の中心区近くの住宅街にステラとエステルの暮らす家がある。この周辺ではありきたりな二階建ての一軒家で、これといった特徴も無いが一番心安らぐ場所であることは間違いない。

 暗くシンと静まり返っていた室内にステラテルの足音が響き、柔らかな明かりが灯される。


「さてと、調理を始めようか」


 市場に寄って入手した食材を台所に運び、ステラは長い赤髪をポニーテールに結ってエプロンを身に着けた。それが様になっていて、流れるような動作で料理するための準備を進めていく。

 基本的に家事全般はステラが担当している。祖母のガラシアは家を出ていることが多いので家事当番をするのは無理があるからだ。

 ならばエステルもやればいいと思うが、実はかなりの不器用であるために料理は勿論のこと、洗濯すら悪戦苦闘する始末であった。クールでミステリアスな雰囲気を醸し出し、いざ戦いとなれば一騎当千の活躍を見せるエステルだが、他はてんでダメなのである。


「姉様、お手伝いをさせて頂きます」


 なので、エステルは姉のサポートに回ることしかできない。戦闘ではエステルが前衛を務め、ステラが支援を行うのだが日常においては真逆なのだ。


「食材を切るのはわたしがやるね。またエステルが指を切ったら大変だし」


「め、面目ありません……包丁はまだ怖いので……」


 刀捌きは華麗なのに包丁捌きは子供以下なエステルは、調理にチャレンジした際に指を軽く切る怪我をしたことがあった。それ以来トラウマになっており、包丁を見ると緊張してしまうらしい。一般人からすれば魔物の方がよほど怖いのだが、エステルにとっては包丁の方が恐怖度は上である。


「姉様、いつもありがとうございます。こんな不出来な妹を見捨てないでくださって……」


「大袈裟だよ。人には得意不得意があるわけだしさ、それに家族でしょ?」


「家族……そうではありますが、お母さんのこともあって気が気でないんです。まあ私自身のお母さんに関する記憶は曖昧ですが、もし姉様が私に幻滅していなくなってしまったらどうしようって……」


 エステルの心配も仕方がないことだろう。家族とはいえ無条件に繋がっているものではなく、何かしらの事情があって離別することも充分にあり得るのだから。

 人前では決して見せないであろう不安を募らせるような顔をするエステル。これはステラに心を開いているからであるが、弱い部分に失望されるかもしれないと怯えてもいる。


「おいで、エステル」


 ステラは調理器具を置き、隣に立つエステルを抱き寄せた。その柔らかく温かな感触がエステルのグチャグチャな心を癒していく。


「姉様……」


「前に言った通り、エステルを見捨てるなんて絶対にない。わたしはエステルのために生きる覚悟を完了しているのだから」


「私のため……」


「そう。人生の全てをあなたに捧げる。もし、わたしが裏切ったら…いや、疑うのならば今すぐ殺してくれてかまわないよ」


 その言葉はずっしりと重いように感じた。ステラの意思と覚悟が乗って、まるで言霊と呼ばれるモノのようである。

 エステルは姉の目を見つめ、それが嘘をついている人間の目には思えず、不安はどこかに消えていった。


「姉様もご存じの通り、私は嫉妬深いです。しかも…多少ヘンタイかもしれません。いいんですね、それでも?」


「そういうトコロも可愛いよ」


「ふふ、姉様ってば」


「笑ったエステルはもっと可愛いよ。ずっと笑顔でいてほしいな」


 はにかんだエステルの頭を優しく撫でる。そのステラは母親のようで、実の母のことなどエステルの思考から吹っ飛んでいた。






 翌日、双子の姿は政府機関の一つである魔道管理局にあった。祖母ガラシアの務める研究所の近くに施設があり、王都の魔導士達が所属している。つまりは、ここがステラとエステルの職場となるのだ。


「そういや、昨日は研究所から直帰したから戦果報告してなかったね……」


 本来、遠征を終えたのだから本部である管理局に成果を報告する義務がある。なのだが、研究所で祖母にあったことに満足して忘れていた。


「まあ大丈夫でしょう。きっとガネーシュさん達が報告してくれていますよ」


「一応局長のところに行こう」


 施設の形状は研究所に似ており大型で、魔導士用の待機室の他、武装類の保管室なども内部に存在している。まさに王都防衛の要とも言える組織であり、対魔物戦争の中核なのだ。

 ステラテルは最上階に向かい、組織を統括する局長室へ通された。


「失礼します、局長。先日の遠征に関する報告なのですが……」


「それならガネーシュらから聞いているわよ。キミ達は研究所のほうで忙しかったのでしょ?」


 おだやかな顔つきの初老の女性が接客用の長椅子に座り、ステラテルにも着席を促す。彼女が管理局の局長で、戦闘服ではなくカッチリとした黒いスーツを身に纏っていた。


「ええ、まあその……」


「伝説の退魔師ガラシアの孫ともなれば、各部門で引っ張りだこになるからねぇ。実は、キミ達をロイヤルガードとして採用したいと王宮は考えているらしい」


「ロイヤルガードといえば王族直属の護衛兵ですよね? しかし、それでは前線に出ることが出来ません」


「ああ、コチラとしてもキミ達双子の力を頼りにしているのだから、前線から退かれてしまうと困るわね」


 それはオトナの都合ではあるが、実際のところステラテルは戦力として重宝されている。強力な必殺技、空中飛行能力など戦士としての魅力が多すぎるのだ。

 だからこそ退魔師のエリートが抜擢される遊撃隊にも入れたし、各地に派遣されて酷使されてもいる。


「わたしとしては今のままでいたいですね。遊撃隊として戦力の必要な地域に赴き魔物を倒す……そうやって貢献するのが王国のためでもあると思いますし」


「私は姉様と一緒ならなんでも構いません」


 しかし、ステラはそんな扱いでも不満を感じてはいなかった。自分の力で何かを守れるなら嬉しいことだし、祖母のようになりたいという夢もあるからだ。


「頼もしい限りだねぇ。ガネーシュから聞いたけど、サンドローム・トータスなどの強敵も撃破したのでしょ? ああいうのが今度も増える可能性があるとなれば、ますますキミ達の出番は増えることになるよ。実際、キミ達に対処してほしい案件はまだあるし……」


「次の任務ですか?」


「帰ってきたばかりのところ申し訳ないんだけどね。アストライア王国南東にあるコニカという街の支援に向かってほしい。その街の近辺でも魔物との交戦が増えているらしくて、救援の要請が来ているんだよ」


「了解しました。早速出発しますね」


 せっかく帰還したばかりだというのに、もう次の任務である。一晩自宅で休めたとはいえ、これは激務と言って差し支えないだろう。


「まったく、なんでこんな世の中になってしまったのか……キミ達のような若者を死地に送り込む命令ばかりをしていれば、コッチも気が滅入ってくるよ」


「局長の胃痛を解消するためにも、サッサと魔物の脅威を取り除いてきますよ」


「気を遣わせてしまってすまないね……アストライア王国に再び平和が戻ってきたら、私は引退して年金生活を送らせてもらうことにするよ。キミ達も遠征時に発生する臨時ボーナス報酬を貯めておいて、穏やかな早期リタイア生活を送るのはどうだね?」


「確かに、エステルと隠居するのもアリですね。まあ考えておきますよ」


 ステラは一礼して退室し、エステルもそれに倣う。

 もう少し二人の時間を楽しみたかったが、退魔師としての本懐を遂げるべく仕事モードへ切り替えるのであった。

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