第33話 もう一つの再会、もう一組の母娘
王都の魔道研究所にて、双子の祖母であるガラシア・ノヴァは普段通りに仕事に勤しんでいたのだが、まさかの来客に手を止めざるを得なくなってしまった。
「久しぶりね、母さん」
「…お前かい。帰ってくるとはな」
「まあね。こんな国に帰る予定は無かったんだけど、身を寄せていたメタゼオス帝国を追い出されてしまったのでね」
ガラシアの研究室の扉を開いたのは彼女の娘、ルナだ。ハープーンにてステラと出会い、その後すぐに王都へと出向いたのである。
そしてルナの傍には魔女メルリアが控え、口を挟まずに黙って事の推移を見守っていた。
「まだピンピンしているわね、母さん。てっきり、もうくたばっていたかと思ってたわよ」
「ふん、残念だったな?」
「いえ、良かった。アナタには私の理念を理解してもらえているのだから、私とアナタなら上手くやっていけるわ」
「よく言えたものだな。私にも内密にしてエステルを作り、勝手に家を出たクセに……」
ガラシアは少しイラ立ったように棘のある言い方をして、ルナに鋭い視線を向ける。エステルの製造と家出は無断での行為であり、それを責めているようだった。
だが、対するルナはフフッと小さく笑うだけで受け流し、ガラシアが作業をしていたデスクの上に腰かける。
「それは目的のためなのよ。不老不死の力…母さんだって欲しがっているのでしょう?」
「…ああ。そうだが?」
「でも、そのことはステラには言っていないのね? だからステラはアナタを自分の味方だと思いこんでいる……利用価値があるから保護しているというアナタの本性も知らずにね」
「知らない方がいいこともある。そうでなければ、ステラはエステルを連れてこの国から去っていただろうさ」
ステラには残念なことだが、ガラシアはルナ側の人間であった。両者にはすれ違いこそあったものの、根本の部分では似た目標を持っていたのである。
「ええ、だからアナタには感謝しているの。まさか再利用することになるとは考えてもいなかったから」
「ステラは出来が悪かったんじゃないのか? 退魔師としては優秀だがね」
「そうだけども、予定が狂ったのだから仕方ないわ。アレでもそこそこの能力はあるのだから、改良を続ければ目標値に達するかもしれない。けれど、今の私の関心は別のところにある」
「どういうことだ?」
「分かるでしょう? 不老不死の研究に最適な材料……その心当たりは母さんにもあるはずよ」
問い詰めるようにルナは真剣な声色に変化させ、先程までの柔和な表情も崩す。ここからが彼女にとっての本題らしい。
「なにが言いたい?」
「この王都には魔龍が存在している。恐らくは不完全な状態でね」
「どういう根拠の推測だ、ソレは」
「魔龍の放つ独特な魔素で探知できたのよ。私ではなく、メルリアがだけど」
「……なるほどな」
魔龍から放たれる特殊な魔素は、専用の観測機でも使わなければ人間が探知することは出来ない。しかし魔物は嗅ぎ分けることが可能であり、魔女メルリアは王都から強く反応を感じ取っていた。
「メルリア……魔女でありながらも人間を裏切らずにいるとは」
「わたしはルナを愛していると言ったはずだよ、ガラシア・ノヴァ。だから裏切るなど有り得ないし、彼女の要望には応えたいんだ」
「ルナがお前を連れ帰って来た時には驚いたものだが……まさか魔女と人間が共存できるなど、それこそ世界の常識を覆すものだな」
ルナがメルリアを連れてきた時、ガラシアだけは直感で彼女が人外の者だと気が付いた。これは長年の現場経験からくる感覚で、実際にソレは当たっていたのだ。
そして同時にメルリアに敵意が無いことも分かった。ルナへ恋慕の眼差しを向ける彼女は本当に共存を選択したのである。
「わたしとルナの前に常識など通用しないよ。それに、わたしはルナという個人と共に歩む未来を選んだだけで、別に人類種の味方になったわけじゃない。わたし達の障害となるのならば、愚かしい人類などこの手で抹殺するのも辞さないさ」
「なら、ルナの希望に沿えないとワタシが言ったらどうするね?」
「たとえルナの産みの親でも容赦はしないよ。だから素直にルナの言う通りにすることをオススメする」
メルリアの言葉は嘘でも単なる脅しでもない。ルナのためならば何を敵に回してもいいという覚悟が彼女にはある。
「確かに、お前達の言うように魔龍を我々は保管している。当初は骨格だけであったものを修復しているんだ、数年前からな。様々な魔物の残骸をツギハギにし、我々の魔道技術も取り入れて」
「一説では魔龍は一定の成長を遂げて以降は不老の存在となり、その強力な生命力は不死の手前まで到達しているとされているものね。それを研究すれば、まさに不老不死を手に入れられるかもしれない。で、作業は上手くいっているの?」
「途中までは順調だった。けれど完全な復活までには至っていない。最低限の生命活動をしているようだが、意識は無いしな」
「中途半端な復元でも魔素を放つとは、さすがの魔龍といったところかしらね……ともかく、私達が力になれるわよ。そうでしょう、メルリア?」
その問いかけにメルリアは頷く。魔のモノに関して言えば人間より魔女の方が詳しいのは当然で、メルリアの知識を活用すれば進展するはずである。
「仕方ない……オマエ達も魔龍の復元に加えられるようワタシが取り計らってやる。ただし、勝手な行動はするなよ。ワタシの指示に従うんだ」
「ありがとう、母さん。アナタは話の分かる人で良かったわ」
「ステラにはワタシからうまく言っておく。研究を完成させたいのなら、彼女をあまり刺激しないことだな」
「ええ、そうね」
ルナは娘であるステラの頑固さを思い返しつつ、思い通りにガラシアを懐柔できたとほくそ笑む。自らの目的のために手段を選ばないと決めたルナには、母親さえ道具として扱うことに躊躇いなどなかった。
港町ハープーンから出たステラ達一行は、ギガント・プルモーの残骸を乗せた大きな荷車を馬に引かせながら王都を目指す。幸いにも天候は良好なのだが、荷車のせいで移動速度が大幅に落ちており、王都に到着するのは翌日となりそうだ。
「慌てても仕方がないけれど、ルナがお婆ちゃんのもとに行ったかが気になるな……」
最大の懸念対象であるルナの行動が気ががかりで、ステラは集中力を欠いていた。彼女の扱う馬の制御が多少乱れ、ステラの後ろに乗るエステルの体も揺らぐ。
「大丈夫ですよ、姉様。お婆ちゃんなら的確な判断を下してくれます」
その信頼が裏切られていると知らないエステルは、ステラにそう声を掛ける。姉の不安を和らげるのは自分の役割だと、姉を背後から優しく抱きしめた。
「そういえば、お婆ちゃんは姉様や私の出生については御存じなのでしょうか?」
「わたしの誕生には立ち会っていたと言っていた。でも……」
「私については違うのですね?」
「エステルが生まれた頃、お婆ちゃんは研究者としての勉学のために海外に行ってたの。その間にルナが好き勝手やって、それで……」
「なるホド。お婆ちゃんの目が無いトコロで自分の研究を強行していたと」
実際にガラシアはエステル型の誕生計画については認知していなかった。もし知っていたとしても、止めてはいなかっただろうが。
「そして、お婆ちゃんが帰国する前にルナは見切りをつけて出ていった。わたし達は魔道管理局の局長さん達のお世話になりながら生活して、お婆ちゃんが帰ってきた時に引き取られたんだ。ルナの研究についても、アイツの研究室に残されていた資料などから理解したってさ」
「お婆ちゃんもビックリしたでしょうね。自分の娘の所業に」
「まあ色々と驚きはあったと思うよ。ともかく、わたしとお婆ちゃんはエステルに対してルナについては口を閉ざすことにしたんだ……」
「わたしを慮っての配慮ですよね?」
「黙っていたこと、怒られると思っていた」
「怒るなんてとんでもない。むしろ、姉様の私を想ってくれる優しさに昂りますよ」
「な、なら良かった」
エステルを想っての行為であるのだから、それについて怒るなど有り得ない。ここで姉を責めるのも筋違いというものだろう。
「ほんとにルナ・ノヴァは非道というか……私が言うのもなんですが、オカシイ人間ですね」
「アレは異常者だよ。あんなのが自分の親だという事実にヘドが出る」
「でも、実は一応感謝はしているんです。ルナ・ノヴァが私を製作してくれたから姉様に出会えたので」
「まあ確かにね……」
ルナが存在しなかったら二人はこの世にいなかったのだ。そこだけは感謝していい点ではあるが、だからといってステラが彼女を受け入れるかは別の話である。
複雑な心境になりながら、ステラはひとまず祖母に会うべく王都を目指すのであった。
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