第32話 幻影のエステル

 月の光が窓から差し、身を寄せ合うステラとエステルのシルエットを浮かび上がらせる。

 そんな静かな夜の中で、エステルは昼間に聞いたルナの話を思い返していた。


「ルナ・ノヴァによれば、私と同型である姉様のコピー体を十二人作ったとのことでした。姉様はそれをご存じだったのですか?」


「…知っていた。幼い頃、五歳くらいの時のことだけど、ルナはわたしの妹達を作ったのだと興奮しながら紹介してきたんだ」


「それが、いわゆるエステル型の試験体ですね?」


「うん……そのエステル達の姉として皆を導くよう言われたの。でも、エステル達は次から次へと亡くなっていった……一か月後には三人くらいにまで減ってしまったわ」


「そんなに生存率が低かったのですか」


 人工的な生命を作るというのは困難を極める。特に人間は複雑な構造をしていて、ベースとなる人間をコピーしても完全に機能するとは限らないのだ。


「そうして最後に残ったのが私なのですね。他の私の同型は死んでしまって。でも、これで得心できたことがあります」


「ン?」


「姉様は昔、私と丘の上の公園にある塔に昇ったと仰っていたでしょう? それを私は記憶していませんでしたが、その時に塔に昇ったのは別のエステルなのですね」


「……ということになるね。ゴメンね……ルナは番号付きで呼んでいたけど、当時のわたしは数字をイマイチ理解していなくて……エステル達が皆同じように見えて区別出来ていなかった……」


「それは仕方のないことでしょう。幼児の認知機能は大人ほど発達していませんし、似たような姿の人物が何人もいれば皆同じように見えてしまうものです」


 幼少時の認知機能については諸説あり、学者によっては既に大人レベルの高度さを持ち合わせていると説く者もいるので一概には言えないが、ともかく当時のステラはエステル型の個々の区別はついていなかった。ほぼ同一規格で量産されたため、エステル型のコピー体は似通っていたのだろう。


「で、多くのエステルが死んだことでルナ・ノヴァは他国に渡ったということですか。アストライア王国の研究所レベルでは、これ以上の進歩は不可能だと考えて」


「だろうね。人の命を道具程度にしか考えてないから、平然とそういうことをするんだ…!」


 ステラは怒りがぶり返してきたのか、拳を握り絞めて小さく震わせている。

 

「その後、唯一生き残ったあなたと共に過ごしていく内に、あなたへの愛情が強くなっていく程に、わたしはルナの所業が恐ろしいものであったと気づいた。沢山のエステルを犠牲にしてしまったのだから……」


 今度は悲しみと恐怖の感情に憑りつかれ、もはや情緒不安定なステラ。今まで抱えてきた秘密がルナによって露見し、考えないようにしていた過去について明確に再認識させられればこうもなろう。


「だから誓ったんだ。わたしは、もうエステルを死なせはしないと。この命に代えても絶対に守ってみせると」


「姉様……」


「あの悪鬼とも言える女の業と罪をわたしも背負う。エステル達を見殺しにしてしまったわたしには、そういう義務がある」


 もしあの時、母の狂気を止められる勇気や知能があればと後悔をしていた。であるこそ、何も出来なかった自分は母と同罪なのだと考えているし、エステルを意地でも守るという責務を自らに課している。


「だから、あなたには本当は戦いになんて出てほしくないの。退魔師なんて辞めて、平穏に暮らしてほしい」


 それがステラの心からの願いであった。いくらエステルの戦闘力が高いとはいえ、いざ戦場に出れば死の危険は常に付き纏う。


「姉様も引退なされるのであれば」


「わたしは退くわけには……魔物の脅威を取り除かなければ、どこにも平和なんてないもの」


「なら、私も退魔師を辞めるわけにはいきません。私の居場所は姉様の隣ですから。姉様と共に生きて、姉様と共に散る……それが私の幸せですよ」


 エステルはそう言いながら、姉にしか見せないニカッとした歳相応の笑みを浮かべる。

 ステラの気遣いは勿論嬉しいのだが、エステルにとっての喜びとは姉と一緒に歩むことなのだ。他に望むモノもなく、ただステラさえいればいい。


「分かった。これまで通り一緒に戦おう。アストライア王国最強の双子姉妹として」


「うふふ、ちゃんと私を妹だと思って下さっているのですね」


「当然だよ。かけがえのない大切な妹だよ。これまでも、これからも」


「尚更にヤる気が出てきました。魔女でもなんでも、姉様の敵は全て私が切り伏せてみせますから」


 二人の絆はこの程度で失われたりはしない。むしろ、お互いの真実が分かったからこそ逆に繋がりは強くなっていた。

 ステラはエステルの頭を抱き寄せ、優しくゆっくりと撫でる。その手つきは愛撫そのものであった。


「……アンタら、ホントに気持ち悪いほど仲が良いわね」


「カリンちゃん!?」


 と、暗がりの部屋の中に一つの影が揺らめく。お化けにも見えるそれはカリンで、いつの間にかに入ってきていたようだ。

 戦場であれば敵の気配を察知したりも出来るのだが、完全に気を抜いていたステラは全く気が付いていなかった。


「い、いつからソコに!? いつ帰ってきたの!?」


「今さっき帰ってきたばかりだけど……まったく、アンタが調子悪そうだっていうから、どうしたもんかと思ったけど全然元気じゃないの」


「ちょっと前まで欝々真っ盛りだったのは本当だよ。でも気力を取り戻したんだ」


「どーせ妹の感触で元気になったとか言うんでしょ?」


「正解!」


 事実、エステルがステラの癒しになったのは間違いない。もし孤独の身であったら、現在のステラのような穏やかな性格は形成されず、邪気と恨みだけを放つ人間になっていただろう。

 カリンはヤレヤレと首を振りつつ着替えを始める。もはや双子に突っ込むのは無駄だと理解してきた。


「てか、心配してくれたんだね?」


「はあ!? 誰がアンタなんか心配するのよ! べ、別に戦闘でダメージを受けたんじゃないかとか全く思ってもなかったんだからね!」


「そっかそっか。ありがとうね」


「ふ、ふん! なにを勘違いしているのやらっ。打ち倒すべきライバルが不調ではツマラナイだけよ」


 カリンはツンと顔を背けて戦闘着を脱ぎ散らかす。これは単純に恥ずかしさを誤魔化すためで、言葉では否定しながらも一応は心配してはいた。


「カリン・ドミテール、アナタ最近狂犬感が無いけれど大丈夫? アイデンティティを失ってしまっているのではなくて?」


「うるさいわね! 油断した隙に奇襲を仕掛けてブッ潰してやるんだから、覚悟しておきなさいエステル・ノヴァ!」


 プリプリとしながら風呂へ行くカリンを見送り、ステラとエステルは彼女のおかげで和めたことに感謝し睡眠の支度を始めるのであった。






 その夜、睡眠を取っていたエステルの意識は夢の中で覚醒した。夢の中で覚醒というのもヘンな話だが、自在に体を動かすことが出来るし、思考もしっかりと行えるのだ。


「ン…一体どういう……?」


 エステルの意識は謎の研究室にいて、ここは王都魔道研究所の一室なのだと推測する。簡素ながらも妙な設備が置かれた部屋は記憶の片隅にあったものと合致するし、エステルはこの場所でルナによって作られたのだろう。


「ルナ・ノヴァの話を聞いて、昔の記憶がフラッシュバックしたというのかしら?」


 頭の奥に仕舞いこんでいた誕生当時の情景が鮮明になってくる。エステルは自らの”姉妹達”が産みだされた大型の試験管に似た器具に触れ、ちょっとしたセンチメンタルに陥っていた。


「こうして製造されれば人間だとは思えないわね」


 人間の定義は何かという問いは、答えるのは意外と難しい問題だ。生物学的観点、宗教的観点など人によって視点が異なるためである。

 しかし、明らかに人工的且つ、人間以外の要素も組み合わせたであろう存在が人間かと訊かれたら首を捻るしかない。見た目には人間そのものだが……


「そう、私達は人間じゃないわ」


「誰…?」


 突如、背後から声が聞こえてエステルは振り返る。そこにいたのは幼女で、エステルに似ていた。


「アナタは…いえ、分かったわ。姉様のコピー体ね?」


「正解。私と、皆も」


 気が付くと幼女は十一人に増えていて、エステルを取り囲んでいる。皆一様に似た容姿をしており、彼女達もまたステラのコピーであるエステル型であった。


「私と共に産まれた人造人間……」


「私達は死んで、アナタだけが生き残った。ようやく思い出したのね」


「ええ。もしかして、私もソッチ側に連れていこうとしているの?」


「バカを言わないでちょうだい。逆にアナタに託したいの」


 エステル似の幼女達は一人を中心に集まり、ジッと視線を浴びせてくる。


「託す?」


「そう。今、姉様の傍にいるのはアナタなのよ。私達だって本当は姉様と生きたかったけれど、叶わなかった。だから、私達の分まで姉様に尽くしてほしい」


「…勿論よ。アナタ達の命を無かったことにはしない。私が全てを引き継ぐ。姉様は私が必ず守り抜くわ」


「ふふ、言われるまでもなかったかしらね。ま、精々頑張ってちょうだい。もしアナタが適任でないと分かったら、また夢に出てやるから」


「なら二度と会うことはないわね。なんてったって、姉様の守護者として最適なのは私だもの」


 それを聞いた幼女達は満足したようにスッと消えていく。それと同時に研究室も崩れていき、エステルの意識は暗闇に落ちていった。


 これは夢であったのか、それとも他の超常現象だったのか……

 正解はエステル本人にも分からなかった。


 だが、ステラを守るという決心が更に強くなったのは間違いない。

 自らと共に産まれながらも、生きる事の叶わなかったエステル達のため……

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