第31話 ルナ・ノヴァと心通わせる異種族
娘との対面を果たしたルナ・ノヴァは、ハープーンの中にある一軒のカフェテラスへと足を運ぶ。別にコーヒーを飲みたくなったわけではなく、ここで待ち合わせをしているのだ。
「待たせたわね、メルリア」
「やぁ、ルナ。ステラとの再会はどうだったんだい?」
テラス席にて優雅にカップを片手に持ちつつルナを待っていたのは、メルリアと呼ばれる一人の妖艶な美女であった。白銀の長髪をアンダーポニーテールとして纏め、黒いローブのような服装に身を包んでいる彼女はどこか人ならざる雰囲気を醸し出している。
ルナはメルリアの対面の席に座り、ふぅとため息をつく。
「その様子じゃ良いコミュニケーションは取れなかったようだね?」
「話の通じない低能と会話するのは疲れるわ。やはり出来損ないは出来損ないのまま成長することはないのね。この国に帰って来て早々に会えたのは幸運だったけど……」
「ルナの優秀さは引き継がなかったんだね」
「あの娘は私の遺伝子は勿論、あなたの細胞も取り込ませて製作したのよ。なのに、ああも性能の低いものとなるなど……生物というのは難しいわ」
ステラとメルリアの細胞を掛け合わせて産み出されたのがステラのようだ。つまり、この二人が彼女の両親となる。
「そういえば、彼女は魔女であるわたしの要素も引き継いでいるとは知らないのだろ?」
「言っても理解できないと思ったからね。事実、知能レベルは私に到底及ばない低さのまま成長していたようだし」
なんとメルリアは魔女であり、人ではなかったのだ。しかし、割と自然に町に溶け込んでいて、同じく魔女であるパラニアのような狂気は感じられない。
そして、ステラは魔女の一部を体内に取り込んでいることを知らなかった。ルナのみが唯一の親であると信じているのだ。
「まったく、役に立たない粗大ごみを作ってしまうなんて情けないわ……」
「失敗もあるからこそ研究のやりがいもあるだろうさ。ルナの目指す不老不死のためにも、な」
「ええ、まあね。私はこのままでは老いぼれて死を免れられない。魔女であるあなたと共に生きるためには、こんな脆弱な体では……ステラという実験体をすり潰してでも研究を完成させ、その成果を私の体にフィードバックしなければならないわ。そうしてあなたも同じように不老不死に強化してあげる……二人で永遠の時を生きましょうね」
ルナは恋慕の目つきでメルリアを見つめ、優しい声色になる。その態度は、娘に対するものとは真逆であった。
「そうだね。しかし、今のわたしには他に気になる事があるんだよ」
メルリアはカップをテーブルに置き、両手を組みつつ真剣な表情を作る。
「なにかしら?」
「船で近づいている時から薄々感じていたんだけど、この国には魔龍が放出する特異な魔素が漂っている」
「魔龍の?」
「間違いないよ」
メルリアはパラニアと同じように魔龍種が放つ特殊な魔素を感じ取っていた。これは空気中に含まれる普通の魔素とは異なり、魔の種を活性化させる力を秘めていて、メルリアもまた肉体の奥底から力が湧き上がるような感覚を覚えている。
「でも魔龍は小国くらいならば瞬時に滅ぼせる強大な破壊能力を持っているのよ? そのような存在がいるのならば、こうも平和なわけがないでしょう? この周りにいる市民の会話からも魔龍なんて単語は出てこないし」
アストライア王国は決して平和ではなく、むしろ魔物の侵略を絶えず受けている状態だ。とはいえ国家機能を喪失しておらず、退魔師の活躍もあって一般市民の生活は守られている。もし魔龍が国土内にいるのならば、もっと国家全体に戦火が拡大してマトモな日常など送れるわけがない。
ルナの指摘にメルリアは思考を巡らせ、一つの仮説を立てる。
「魔龍が万全の状態ではないとか……それでアストライア王国内か、国の近辺に身を潜めて表には出てきていないのかも」
「ふむ……まあともかく、あなたが言うのならば魔龍が近くにいるのは間違いない事実ね。これはチャンスだわ」
「そうだね。魔龍は魔女以上の生命力を秘めている。それを解析、もしくは配下に置ければルナの研究に役立つはずさ」
「ふふ、魔女なのに魔龍をも私の糧にしか過ぎないと考えているのね」
「常日頃言っているだろう? わたしは魔女だけど、きみの味方だ。ルナのためならば、わたしは魔龍だって怖くない」
そう言って笑みを浮かべるメルリア。まるで恋人に向けるような温かさを含んでいて、ルナもつられて頬が緩んでいた。
魔女と人間は似ている姿をしているが完全な別種で、基本的には敵対関係にある。だが、この二人は別であり、種族を超えて確かな絆で結ばれているようだ。
「ルナとの出会いは今でも鮮明に思い出せる。本当に衝撃的だった……」
「懐かしいわねぇ。私がまだ退魔師として現場に出ていた頃……あなたを討伐するために派遣されたのに、まさか討伐対象に一目惚れしてしまうなんて」
「あの時、わたしもルナに運命的なモノを感じたんだ。一気に戦意は失せて、この人間だけは殺してはいけないと分かった」
「私も……だから戦地で保護した人間だと偽って連れて帰ったわけだけど、その行動は正解だった。こうしてかけがえのないパートナーになれたのだものね」
二人は戦地にて出会い、お互いを自らにとって必要な相手だと直感して武器を収めた。この現象をルナは一目惚れと表現したが間違いではなく、二人は一瞬で惹かれ合ったのだ。
当時のルナはメルリアを連れて王都へ帰還し、保護したと偽り自らの傍に置いた。ルナと共に魔物討伐に派遣された他の退魔師達は戦死していたため、誰も彼女の嘘を告発する者がいなかったのでスムーズに事は進んだようだ。
「だからこそ、何を利用してでも私はメルリアと共に生きる。そのためにも王都へ向かいましょう。まずは私の母であるガラシアに会い、この国の技術がどれほど進歩しているかを探るわ」
娘との再会を果たし無事を確認できたので、次は王都の魔道研究所について探りを入れる算段であった。この十数年で研究所のレベルが上がっていればルナの研究に活用できるかもしれないし、メルリアを連れてハープーンを後にする。
海に漂っていたギガント・プルモーの残骸の回収は無事終わったが、ステラの心は嵐に掻き混ぜられたように渦巻いていた。その原因は実の母親であるルナ・ノヴァであり、今となっては憎悪の対象のような相手である。
「姉様、そろそろ宿へ行きましょう。カリン・ドミテール達も後から来るとのことです」
時刻は既に夕刻を超えて日は沈んで、空には星々の輝きが瞬き始めていた。そのため、港町ハープーンの宿で一晩過ごすことになったのである。
しかし、ルナは双子の祖母であるガラシアに会うと言っていて、そのことが気になっていたために早く王都に帰りたいという気持ちがあった。
「お婆ちゃんはお母さんを許すのかな……」
「どうでしょうね。お婆ちゃんはルナは酷い人間だと言っていましたし、今更和解するかどうか……ただ、血を分けた実の子となれば情が移る可能性はありますよね」
「お婆ちゃんの判断にわたしが文句を言う筋合いも資格もないけど、わたしは絶対にお母さんを許したりはしない。アレは…悪魔だよ」
ステラの中にあるルナへの憎悪の感情は消せるものではない。しかも、今日の再会で彼女の異常性が変わっていないことが分かったし、近づきたくもない相手である。
「ダークな雰囲気の姉様もステキですよ、ふふふ」
そう呟くエステルは、自身の出生の秘密が明かされた後だというのに心は乱れていないようだ。普段通りにステラの魅力を存分に味わい、トボトボと宿へ歩いていく姉とは対照的であった。
先日から宿泊している宿に帰って来たステラは、戦闘着を脱いで宿が用意した浴衣に着替える。こうして、ようやく忙しかった一日も終わりゆっくりできる時間になったのだが、ため息が自然と出て部屋の窓から夜空を見上げていた。
「まだガネーシュさん達は戻っていないようですね。魔物の残骸を荷車に乗せる作業が難航しているのかもしれませんね」
「任せきりにしてしまって悪いことをしちゃったな……」
「あの二人が私達を気遣ってくれたのですから、ありがたくご厚意を受け取っておいて損はありませんよ」
ガネーシュはステラとルナの会話を聞いていたわけではないが、ステラの様子がおかしい事に気が付いて休むよう促したのだ。そういう気遣いが出来るからこそガネーシュは慕われる退魔師であり、カリンも素直にガネーシュには従っている。
窓際に座るステラの隣にエステルも並び、そっと身を寄せた。
「でもまさか私はルナ・ノヴァの子供ではなかったなんて、本当に驚きですよ。しかも純粋な人類種ですらないのですから」
「エステル……」
「姉様は、そんな私の真実を知りながらも大切にしていてくれた。だからでしょうね、まさか過ぎる情報でも呑み込めましたし、陰鬱な気持ちにならずに済んだのは」
大抵の人間ならば、親だと信じていた相手が違っていたり、しかも自分は人造人間だなどと言われれば混乱してしまうだろう。
だが、エステルは素直にルナの話を頭に入れられたし、感情が乱されもしなかった。
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