第30話 母の帰還と双子姉妹の秘密
海上に浮かぶギガント・プルモーの死骸を回収するべく、ステラやカリン達が海へと飛び込んでいった。その彼女達を泳ぎが得意でないステラが浜で見守るのだが、奇妙な視線を感じて振り返る。
「ん…?」
そこには、ステラやエステルと同じ赤髪をした一人の女性が立っていた。年齢にして四十歳近い女性で、何故か笑みを浮かべてステラへとゆっくり近づいてくる。
今この浜辺一帯は閉鎖されているハズなのだが、どこからか侵入してきたらしい。
「久しぶりね、ステラ」
「…ッ! アナタは、お母さん…!?」
女性の声を聞き、容姿をしっかりと見た事で古い記憶がステラの脳内にフラッシュバックする。幼い頃、まだ母親がいた時の記憶が……
そう、ステラの目の前にいるのは他でもない実母、ルナ・ノヴァであった。別離から十五年近い年月が経過していたこともあり少し老いてはいるものの、ステラは間違いないと確信する。
「大きくなったわねぇ。私に似て美人になって。ふふ、誇らしいわ」
「何故今になって帰ってきたの!? 幼い子を捨てていった人間が!」
ステラは激怒し、これまでに見せたことのない憎しみや嫌悪の感情を爆発させていた。エステルにも言っていなかったが、ステラにとってルナは許せる相手ではない。二度と会いたくないとすら思っているのだ。
「そう怒らなくてもいいじゃない。せっかくの感動の対面なのだから」
「感情は確かに動かされたよ……こうもイライラするなんて、自分でも驚くくらいに」
「人間らしさを失っていない証左ね。まぁ及第点と言えるかしら」
「なに…?」
ルナは満足そうに一人頷き、ステラに対して手を差し伸べた。
「何故帰ってきたのかと聞かれたから返答をするけれど、それはアナタを迎えに来たからよ」
「迎えに?」
「そう。娘と母親が共に過ごすのは自然な事でしょう?」
「よく言えたもんだね。じゃあどうして捨てて出ていった?」
「アナタが私の望む性能を満たしていない欠陥品だったからよ。それに、アストライア王国の貧相な研究設備では、これ以上の発展は見込めなかったしね。けれど、この十年近い研究の結果、アナタはまだ優秀な部類であると分かったの。アナタをベースとすれば、より私の期待する結果と成果を引き寄せられるはず」
呆気にとられるステラと違い、ルナは至って平静に言葉を紡ぐ。ルナもまたガラシアと同じように研究者であり、ステラを使った生体実験を行っていたらしい。
「私の目的は不老不死……いずれ自分の肉体を改造し、その極地を目指すの。そのためには研究を重ね、実証試験も行わなければならないわ。アナタには私の理論に基づいた調整を施したけれど、理想の域には達していない。でも、他の実験体と比較すれば完成度が高く、今後も改良を加えることで改善できると判断した」
「…だから、私を迎えにきたと」
「それもあるけど……実は、この国を出た後で隣の大陸にある強国メタゼオス帝国へと渡り、そこの研究所に所属していたの。でも最近になって皇帝が死に、即位した次の皇帝が実施した国家浄化の余波を受けて私の研究も凍結されてしまって……簡単に言えば、追い出されてしまったのよ。で、船による航海を経て今日ハープーンに着いたってわけ」
「あっそう。実の娘を実験材料にするような女だから、どうせ非道な研究方法をしていたんでしょう」
「技術と魔道の進展には犠牲は付き物。生易しい方法では衰退するのみよ」
転職先での長年の研究でステラを超える個体を生み出すことが出来ず、しかもクビになったために故郷に帰ってきたらしい。聞いてもいない事柄までベラベラと喋り、ステラをより不愉快な気分にさせていく。
「それに、アナタ自身も私に与えられた力を有り難いと思っているんでしょ? 常人には不可能な空中飛行、圧倒的な魔力量による攻防力。しかも、失敗作とはいえアナタは人間の域を超えた不老長寿でもあるのよ? まるで魔女のように」
「不老長寿の身だとは知らなかったな……確かに、他の退魔師とは違う力を持つおかげで活躍できている。それは感謝してもいい」
「でしょう? 私の手で改良すれば、もっと強化できるかもしれない。だからこそアナタは私に従うべきよ」
「それは断る。アナタとは袂を別ったの」
「頑固ねぇ。何が気に入らないの?」
ルナは呆れ、ステラの怒りがなんなのか理解できず頭にクエスチョンマークを浮かべていた。顎に片手を当てつつ、問いかける視線がステラに刺さる。
「エステルのことだよ。アナタは、エステルを……」
ステラが言葉を途切ったのは、今まさに名前を口にしたエステル本人が近くに来ていたからだ。既に魔物の残骸を回収し、浜まで戻ってきていたらしい。
「姉様…? この方は?」
珍しく怒気を纏う姉に相対する人物に目を移し、その人物がルナであることをエステルも直感する。
「まさかお母さん…?」
「ヤメてちょうだい、アナタにお母さんと呼ばれる筋合いはないわ。私の娘はステラのみよ」
「えっ?」
これにはエステルも困惑せざるを得ない。ステラとエステルは双子姉妹であり、ならばエステルだってルナの子供であるはずだ。
だが、ルナはエステルに対してキッパリと言い切り、心底どうでもよさそうな目をしている。
「まがい物のクセにまだ生きていたのね。そういう点では、アナタも成功作とも言えるかしら」
「まがい物とはどういう…?」
聞き返すエステルであったがステラが両者の間に割って入り、ルナに鋭い敵意を剥き出しにして遮った。
「それ以上言わないで! もう帰って!」
「あら、ステラはエステルに真実を話していないの?」
「……」
「ふふ、酷いのねステラは」
反論できないステラを嘲笑するルナ。母親が娘にそういう態度を取るのはいかがなものかと思うが、ルナは常識という観点では計り得ない人間のようだ。
「あの、姉様……私は……」
「私から話してあげるわよ、エステル。アナタは私の子供ではないし、ステラと姉妹でもない。私が作り出した人造人間なのよ」
「人造人間…?」
「ステラの細胞を用いたコピー体、それがアナタ。欠陥品とはいえ、そこそこの性能を持つステラを量産化するべく作ったのよ。実験材料は多い方がいいし、データも取れるからね。とはいえ完全なコピーを作るのはアストライア王国の設備レベルでは不可能だったので、誤差とも言える差異はあるけれどね」
ルナが言うにはエステルは純粋な人間ではなく、人工的に作られた生命体らしい。外見上にはそう見えないが……
そして、この事実をステラは知っていたようで、俯いたまま黙っている。
「アナタと同じような個体を合計十二体は作ったわ。アナタは何番目のエステルなのかしらね?」
「そんなに作られて……ン、他の個体もエステルという名前だったの?」
「名前を考えるのが面倒だったから、エステル型一号、二号と番号付きにしていたの」
「他のエステル型とやらはどうしたの?」
「不具合を起こして死んだわ。もしかしたら、アナタは十二番目の最後の個体かもしれない。一番マトモだったから」
トンデモな話ではあるが、ルナは平然と説明して眉一つ動かさない。この女には倫理観やら理性やらは無いのだろうか。
「丁度いいわ。アナタもステラと共に私の実験台に使えそうね」
「…これ以上エステルに触れさせない。アナタの実験の犠牲にさせるわけにはいかないんだ!」
「エステルは人ではないのよ、ステラ? ましてやアナタの妹でもない。なのに、なんでそうも拒むの?」
「エステルはわたしの大切な愛する妹……この事実は変わらない。エステルを傷つけるのなら、わたしは何者であろうと許さない」
怒りが頂点に達しているステラは、メテオール・ユニットを呼び出した。十機の無線誘導兵器がステラの前に展開し、内臓された魔道砲の銃口を全てルナへと向ける。
「母親に武器を突きつけるなんて、やはり欠陥品ねぇ」
「すぐにこの場から消えて。さもなくば、本当に撃つ」
ステラの目には間違いなく殺気が宿っていて、エステルを守るためならば実母さえ撃つという覚悟が出来ていた。
「まあいいわ。一旦退いてあげる。挨拶をしなければならない相手はもう一人いるしね」
「お婆ちゃんのこと?」
「そうよ、私の母、ガラシア・ノヴァの顔も拝まなくっちゃあね」
「お婆ちゃんだってアンタなんかを許しはしないよ!」
「どうかしらね? 親子というものは、案外似た者同士なものよ」
そう言い残し、ルナ・ノヴァはステラ達の前から立ち退いていく。このまま王都へ行き、双子姉妹の祖母であるガラシアに会いにいくつもりのようだ。
「エステル、ごめんなさい。わたしは……」
「姉様が謝る必要はありません。色々とご承知であったのを私に内緒にしていたのも、私を慮ってのことなのですよね?」
「けれど……」
「姉様の優しさは誰よりも知っています。なんだか情報量の多い会話だったので整理する時間が欲しいですが、まずは魔物の残骸を片付けてしまいましょう」
エステルは普段通りの小さな笑みでステラの手を引く。だが、ステラは申し訳なさのあまりに気分は沈んだままで、その足取りは重かった。
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