第39話 ビラナント奪還戦
翌日、ステラテルも所属する遊撃隊の退魔師が招集され、一同は魔道管理局のブリーフィングルームに集う。王国は新型魔道兵器ドラゴニア・キメラを中核とした作戦を控えており、彼女達はその露払いと護衛を任されることになるのだ。
局長が皆の前に立ち、コホンと咳払いをして任務概要を話し始める。
「先日、王国南東部にあるビラナンドの街が魔物に占拠された。我が管理局の退魔師も動員したのだけれど力及ばずね……生存者の話によれば、魔物の一団を指揮していたのは魔女だそうだよ」
「魔女……パラニアかな」
幾度にも渡り激戦を繰り広げた宿敵、魔女パラニア。ステラテルと互角以上の力を持つ強大な相手であり、並みの退魔師では勝てる敵ではない。
恐らくは、そのパラニアが指揮してビラナントを襲撃したのだろう。前回の戦いから約一ヵ月が経ち、姿をくらましていた期間に戦力を再び整えてきたのである。
「女王陛下はビラナント奪還のため、魔道兵器の投入を決定された。王都近郊に鎮座する、あのドラゴニア・キメラを使ってね」
いよいよ国土を奪われたとなれば、これを奪還するのは急務だ。仲間や民を守るという決意で戦ってきた退魔師達も一層気合いが入っていた。
しかし、女王の語る目的は詭弁でしかないということは、この場にいる誰も知りはしない。
あくまでドラゴニア・キメラというオモチャを試せる場を求めていたのである。
「皆には、魔道兵器がスムーズに作戦行動に移れるよう露払いをしてもらいたいの。魔女や大型魔物はドラゴニア・キメラが相手をし、キミ達は小型の魔物が邪魔をしないよう蹴散らしてくれ」
「なるほど。魔物をドラゴニア・キメラに近づけなければいいんですね」
「うむ。しかも、今回の作戦には女王陛下も同行するのよ。だから、その護衛もお願いね」
「女王陛下がわざわざ前線に?」
「指揮を執るわけではないらしいわね。あの兵器の出来栄えを直接見たいのでしょ」
そんな理由で前線に出るというのは、ハッキリ言って迷惑だ。遊び感覚で現場に出るなど言語道断であり、しかし女王は事を深刻に考えていない。
「此度の戦いは異例ずくしで申し訳ないけれど、頼んだわね」
退魔師達は頷き、出撃のためドラゴニア・キメラが置かれている王都の外へと向かう。
女王やガラシア達は既に待機をしており、退魔師の合流をもって作戦は開始された。
低空飛行するドラゴニア・キメラを先頭に、王国南東部のビラナントを目指して進軍していく。
「お婆ちゃん、ルナと一緒にコックピットに乗り込んで操縦している人は誰なの? かなりルナと親しいみたいだけど」
ステラはエステルと共に馬を駆り、その彼女達と並走するガラシアに問いかけた。
「ああ、彼女はメルリアという者だ。ルナの共同研究者だよ」
「そう……昔にも会った事がある気がするんだけど……」
細胞提供者であるメルリアもステラの親と言える存在だが、魔女である素性を隠すために表舞台に出ることは少なかった。そのため、幼い頃のステラと接点を持たなかったし、名乗り出る気も無かったのだ。
それは、あくまでメルリアにとってもステラは実験体で、自らの子などと思ってもいないためでもある。
かくいうガラシアも真実を伝えようとせず、共同研究者という事実だけを口にして濁していた。
「それより、今日は頼んだよ。あの兵器はワタシの…王国の未来を懸けるに値するモノだからな」
「うん、分かってる。あのさ、この戦いが終わって一段落したら、私とエステルとお婆ちゃんで休暇を取ろうよ。最近忙しかったし、困惑するような事態ばっかりだしさ……久しぶりに家族で静かな時間を過ごすのも悪くないと思うんだ」
「…そうさね。ま、そのためには生き残らんとな」
孫からの提案に頷くガラシアは、やはり複雑な心境である。自身の野望、ルナとステラテルとの関係など考えるべき事は山積みで、悠長に過ごしている場合ではないのだ。
だが、そんな心境をステラは知らない。
そうして進軍していたステラテル達は、いよいよビラナントを目視できる距離まで近づき、一旦停止して街の様子を確認する。
「姉様、やはり街は魔物に制圧されてしまったようですね。街の周囲に魔物がうろついています」
「上空にも飛行型の魔物がいるね……アッチがわたし達を発見するのも時間の問題か」
ビラナントの近郊には多数の魔物が蔓延り、外敵の侵入を阻止するかのように防衛線を築き上げていた。しかも、街の上空にはガーゴイル型の飛行可能な魔物が飛んでおり、人間の接近を警戒している。
そして、ステラの呟き通りにガーゴイル達が人間の侵攻を察知した。ドラゴニア・キメラなどという目立つ巨体がいるので当然ではあるが。
「ふん、あの程度の魔物など恐れる必要はない! ドラゴニア・キメラの攻撃で全て粉砕するのだ!」
臨戦態勢に入る魔物の軍勢に対し、攻撃を指示する女王。だが、このまま大火力で焼き払ってしまえば、ビラナントという街自体を破壊しかねない。
「しかし、我々は奪還をしに来たのですから、街に被害が及んでしまっては……それに、あそこにはまだ生存者もいるかもしれません」
遊撃隊を束ねる年長者のガネーシュが懸念を表明するが、女王は聞く耳をもたない。
「女王たる余の命令は、絶対的だと分からんか? 余がやれと言ったのならば、それは確実に実行されなければならない」
と、女王はルナとメルリアへと顔を向けて命令を下す。
そのメルリアらは特にアストライア王国に愛着があるわけではないので、一切の躊躇も無しに射撃準備に取り掛かり、ドラゴニア・キメラの口に魔力をチャージしていく……
一方、ビラナントの背の高い建物屋上にて、一人の魔女が襲来する敵軍を観察していた。大型のランスを構える彼女はパラニアに相違無く、戦いの予感に胸を躍らせている。
「街の制圧は容易かったからねぇ。今度は骨のある敵を所望したいところだけど……ありゃ魔龍かい?」
目を細めるパラニアは、敵軍の中核となる魔龍型に釘づけとなっていた。
「魔龍種由来の特殊な魔素の気配が強くなってきたと思ったが、アレが近づいてきたからなのかね。しかし、何故に人間の味方をしているんだい……体の制御を乗っ取られているのか…?」
魔龍といえば魔物の頂点に立つ最強の種族であり、当然ながら人間に付き従うわけがない。そんな魔女をも超える存在が敵対的になって現れるとなれば、何かしらの手段で思考や体の制御を乗っ取られているとしか考えられなかった。
「ふん、まあいいさ。この人間の国を覆う特殊な魔素を放っているのはアレで確定だし、となれば奪取すればいいだけだ」
魔物達はアストライア王国に充満する魔龍由来の魔素を求めて侵攻を続けていたのだ。
その特異点である存在が目の前に迫る魔龍種だと確信し、パラニアは強奪することを企てる。
「よし、あの魔龍をアタシ達で頂くよ! 最強の軍団となり、この星の覇者となってやるわ!」
パラニアは檄を飛ばし、魔物達は気合に満ち溢れて迎撃の準備を整える。
魔物の咆哮が街に轟く中、ドラゴニア・キメラの魔力チャージが完了した。
メルリアは頭部コックピット内に突き刺してある杖を介し、思念を流して攻撃指示を出す。
「私とルナの未来のため、同族であろうと死んでもらうよ」
ドラゴニア・キメラの口腔内がカッと発光し、灼熱を帯びた魔弾が照射される。このビームのような光の奔流は瞬く間にビラナントへ迫り、射線上に存在していた魔物達を塵へと変えていく。
そしてガネーシュの危惧した通りに街をも焼き尽くし、稼働試験を行った森のようにゴウゴウと炎上して、まるで地獄のような情景が広がった。
これで街に潜伏している魔物を炙り出し、敵軍が混乱に陥っている隙に叩く事が可能だ。
「街が……これ程までの火力ならば魔物の殲滅も容易いかもだけど……」
ビラナントに馴染みは無いものの、ステラは街が灰になっていく様子を悲しみの感情を籠めた目で見つめている。
しかし、女王は勝気になって次なる提案を持ち出した。
「ルナ、そしてメルリアよ。その席を余と交代しろ!」
なんと、自分でドラゴニア・キメラを操縦すると言い出したのだ。
「コレの制御には肉体と精神に大きな負荷がかかります。だからメルリアという適合者に任せているのですが……」
「心配は無用だ、ガラシアよ。あのような小娘に出来て、余に出来ない道理はない。余はこの国の女王、選ばれし存在なのだよ」
というナゾの自信を持ち、ガラシアの心配を無碍にしてメルリアらに降りるようジェスチャーを送る。
メルリアは仕方なしにコックピットとなっている頭部内から出て、制御に用いる杖を女王へ手渡した。
「扱い方はお分かりですか?」
「この杖を介してドラゴニア・キメラと精神同調を行い、思考コントロールをするのだろう? 要するに、頭で考えた通りにコイツは動くと」
「はい、まあそのような感じです」
リスクなどの説明は省き、メルリアは女王を背負ってジャンプし頭部に届ける。
この時、魔女なのだから翼を使えばいいと思うのだが、魔女という事実を極力隠し通しておきたかったために使用を見送ったのだ。
「さあ、始めようぞ! 魔物どもめ、余が直々に葬り去ってくれるわ!」
そう高らかに叫ぶ女王は、ある意味で子供のような無邪気さである。
圧倒的な力を自らの物にしたという勘違いをしながら、新兵器の操縦に集中するのであった。
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