第40話 復讐に燃える魔女と沈黙の女王

 ドラゴニア・キメラの頭部内コックピットに収まった女王は、メルリアの用意した杖を介して巨大な魔龍型兵器と同調する。まるで自分の体が拡張されたかのような感覚と共に、絶大な力をも感じて高揚していた。


「フッハッハ!! こんな凄い魔力を操れるのか!!」


 女王はさっそくと攻撃準備に取り掛かり、第二射目の魔弾を精製する。ドラゴニア・キメラの口が鈍い光を纏って、崩壊しつつあるビラナントに狙いを定めた。


「これで消え去れ!! バケモノめが!!」


 一直線に照射される魔弾は、衝撃波を伴い地面を抉りながら進んでいく。退魔師達やガラシアは巻き込まれないようドラゴニア・キメラの後方に控えているのだが、それでも吹き飛ばされそうになって足を踏ん張って耐えている。


「どうだ…?」


 第一射目で炎上していたビラナントの街は、今度こそ完全に粉砕されて残骸の山となった。当初目的の街奪還は達成不可能となったものの、女王にとっては全く問題ではない。自分とドラゴニア・キメラさえ健在ならば、あとは何とでもなると考えているからだ。

 しかし、ビラナントを犠牲にしながらも、これで戦いは決着とはならなかった……




「まったく、なんて馬鹿げた火力なんだい。着弾地点を焼き払うなど……けど、当たらなければね!」


 魔女パラニアは翼で空に舞い上がり、余裕そうに口角を上げていた。一見すると劣勢に追い込まれているように思えるが、まだまだ魔物の軍勢は戦力を充分に保っているのだ。


「一撃目の後、街の防衛を捨てて魔物どもを散開させておいて正解だったな」


 彼女の配下の魔物達は、パラニアの指示を受けて分散し街から退避していたため、第二射目の魔弾による損失を最低限に抑えることが出来たのだ。街の中心部に残っていた魔物は消し炭になってしまったが、大きな打撃ではない。

 人間側の想定とは異なり迅速に立て直したパラニアは、守りではなく攻めの手に転じる。


「コチラとて、人間が来るのを予期して待っていたんだ。そう簡単にゃやられんさ……お前達、左右と空から展開して敵を挟み撃ちにするぞ!」


 残存する魔物の総数は百体近くに上り、それらは大きく三つの隊へと再編成された。敵の左右に回り込んで接近する二つの陸戦部隊と、空中から強襲する空戦部隊である。

 こうしてバラバラに進軍させることにより全滅のリスクを避け、しかも敵の攻撃をも分散させる効果もあるのだ。


「ワクワクするよなぁ、全力での戦争ってのはさぁ!」


 空戦部隊を直接率いて大空を滑空していくパラニアもまた、女王のように純粋に戦いを楽しんでいた。




 退魔師達は魔物が三方向から突撃してくるのを視認し、それらを女王の駆る魔龍型魔道兵器が撃破してくれると期待したのだが、


「機能を停止している…?」


 先程の魔弾を撃ち終わった直後、ドラゴニア・キメラは一切の動きを停止してしまった。氷漬けになってしまったかのように固まり、攻撃を行う気配は無い。


「お婆ちゃん、一体どうなって…?」


 ステラは祖母ガラシアに問うが、代わりに答えたのはルナであった。特に焦る様子もなく冷静に分析した結果を皆に伝える。


「杖を介し、この兵器に搭乗者の意識を同調させることで制御が可能になる。つまり、ドラゴニア・キメラと一体化したような状態となるわけね。でも、この行為には危険も伴う。異種族の肉体がキャッチした情報や感覚がフィードバックされ、それに耐えうる精神力や体力がなければショック死する可能性もあるわ」


 人体の構造しか理解していない脳に、異種族の巨体から未知とも言える情報感覚が流れ込んでくるのだ。この時に発生する負荷は想像を絶するものであり、通常の人間では耐えられるものではない。


「つまり、女王陛下はこの負荷に耐え切れず、ショック状態に陥っているのでしょうね」


 それを聞いた女王直衛のロイヤルガードに所属する退魔師は慌てふためき、ルナやメルリアらに救出を要請。ヤレヤレと呆れながらメルリアが頭部コックピットに近づくが、


「搭乗口が開かないな。内部からロックがかけられているようだ」


 脳天部にある乗り降りするためのハッチは固く閉ざされ、メルリアが力任せにこじ開けようとするも微動だにしない。


「む、こうなれば武器で破壊するしかないかな。その剣を貸して」


 傍で作業を見守っていたロイヤルガードに剣を借り、ハッチの隙間に突き立てようと刃を向けた。

 しかし、


「邪魔をしてくるか…!」


 上空から殺気を感じ取り、メルリアは防御の姿勢を取る。直後、複数の魔弾が拡散ビームのように降り注ぎ、ドラゴニア・キメラの頭部付近に次々と着弾したのだ。

 

「その魔龍は動けないみたいだね!」


 この攻撃は、飛行型の魔物を率いて強襲してきたパラニアが放ったものである。既に彼女達の射程距離内にあり、後続のガーゴイル達もパラニアに倣うように魔弾による砲撃を仕掛けてきた。


「魔女か……ま、ルナの敵となるのならば、わたしの敵であるけど」


 メルリアにとって、パラニアは魔女という同族の存在だ。本来であれば共闘するべき相手なのだが、ルナという人間のために生きるメルリアにとっては障害物でしかなかった。


「女王陛下の救出は!?」


「この状況では無理だよ。ロイヤルガードのキミ達が無茶をしてまで助けるのは構わないけど、わたしはルナを守ることに専念させてもらう」


 魔弾を防いだメルリアはドラゴニア・キメラから飛び降り、ルナの近くに着地して守りを固める。別に女王がどうなろうと知ったことではない。

 そんな中で、左右から迫る陸戦型の魔物達も近づいてきていた。こうなった以上、退魔師の力のみで状況を打破しなければならない。


「空を飛べるステラテルは空中の魔物を頼む! 我々で陸の魔物に対処するから」


 ガネーシュに託されたステラテルは、魔力の翼を展開して飛翔。ガーゴイルやパラニアに対峙した。


「今度こそ決着を付けてやるわ」


「それはコッチのセリフだ、羽付きめ! いい加減鬱陶しいんだよ!」


 再び戦端を開いたパラニアとエステルは激しく切り結んだ。お互いに憎悪と殺意を武器に乗せて敵を狙う。


「この魔龍がアタシ達好みの魔素を振り撒いていたんだな。ソイツをアタシにプレゼントしに来てくれたってのかい」


「アンタにくれてやるのは死のみよ」


「言うじゃないか。だがね、この魔龍から生み出されている魔素は、アタシ達を更に元気づけてくれるんだよ!」


 以前戦った時よりもパラニアのパワーは高く、エステルを軽々しく弾いた。

 というのも、魔物を強化する特殊魔素を生んでいる魔龍が近距離にいるため、より多くの魔素を吸収することが出来るのだ。それによって、パラニアだけではなく他の魔物達も強くなっている。


「チィ! パワー負けしている…!」


「所詮は人間のクセしてなぁ! 魔女に張り合おうというのが間違いなんだよ!」


「多少優位に立てたからと調子に乗って!」


 単純な力押しで負けていても、スピード勝負ならば劣ってはいない。突き出された敵のランスを回避し肉薄する。


「こうも至近距離ならば、大振りなランスでは!」


「しゃらくさいわッ!」


 刀の方が至近距離での戦闘では有利に思えたが、パラニアは強引にランスを引き戻して刀を受け止めてみせた。

 

「フフ、貴様の片割れによる支援も期待できんな!?」


 パラニアは厄介なステラを封じ込めるべく、配下のガーゴイル型魔物らに集中攻撃を仕掛けさせていた。物量と絶え間ない連携によって翻弄し、メテオールをパラニアに向けさせない。


「姉様が…!」


 ステラは特攻のような突撃を繰り返すガーゴイルの対処で精一杯で、少しずつ敵を撃墜しているとはいえ苦戦している。これでは暫くは一人で魔女を相手にするしかないだろう。

 しかも、陸戦型魔物の急襲により、他の退魔師による支援も飛んではこない。


「人間如きに散々苦戦してきたからな……これだけの魔物を準備するのも大変だったが、その成果はあったというものだな!」


 アストライア王国における戦績は芳しくなく、せっかく用意した大型の魔物さえも失ってきたパラニア。その主たる原因はステラテルなのだが、とにかく悔しい思いをしてきたのだ。

 その失態を挽回するべく、出来得る限りの戦力を整えて再侵攻し、その努力は実を結びそうであった。


「しかも魔龍のおかげで強化されていれば、これは勝ちも同然だな! 貴様を殺し、あの魔龍をも頂いていく!」


「させるわけには!」


 血走った眼でパラニアは連撃を繰り出し、徐々にエステルを追い詰めていく。


 復讐に燃える魔女との戦いの行方は、果たして…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る