第41話 魔女対魔女

 動きを停止したドラゴニア・キメラの近くで死闘を演じるエステルとパラニア。互いの武器が激しくかち合い、飛び散る火花が二人の服を焦がす。


「このままでは押し切られるわね……」


 お世辞にも互角に渡り合えているとは言えず、パラニアが優勢になってエステルを押し込んでいた。このまま劣勢の戦いを続ければ、あと数分後には殺されていることだろう。

 唇を噛むエステルとは対照的に、パラニアは勝機を見出したかのように口角を上げる。


「さぁ、アタシ達の因縁にケリを付けようじゃないか!」


「それには同感だけれども…!」


「死ぬのは貴様だがな! だが安心しろよ。貴様の片割れもスグに死者の世界とやらに送ってやるわ!」


 ランスの質量を活かした打突を避けてエステルは急降下。ドラゴニア・キメラの胴体を足場にして再跳躍し、追撃してきた魔女に斬りかかる。


「この一撃で!」


「甘いな!」


 しかし、パラニアの反射神経はダテではない。反転攻勢に打って出たエステルの刃を掠めながらもギリギリで回避し、逆にエステルの脇腹に蹴りを叩きこむ。


「うぐっ…!」


 大きなダメージではなかったものの、姿勢を崩したエステルは地上へと落下していく。


「終わりだな、これで!」


 ライバルの落下を見て快哉を叫ぶパラニアは、トドメとばかりにランスに魔力をチャージして射撃の体勢に入る。

 対するエステルは地上付近で翼の制御を取り戻したが、完全に隙だらけだ。


「やられる…ッ!」


 魔女パラニアのランスの先端は砲口にもなって、強力な魔弾を撃ち放つことが出来るのを知っているエステルは、来たるべき砲撃に備えようとするが間に合わないと悟る。刀では防御できないし、脇腹に走る痛みのせいで動きが鈍っているために回避行動も取れそうになかった。


「じゃあな!」


 ターゲットであるエステルと、その近くにいる人間をも巻き込んで抹殺を試みたパラニアは、大出力の拡散魔道弾を発射する。この戦いの始まりの号砲としても使用した技で、シャワーのように小さな魔弾を放射状に飛ばして広範囲にダメージを与えるのだ。


「ハチの巣にして……なに!?」


 パラニアは勝ちを確信したのだが、まさかな事態が発生して顔を引き攣らせる。


「光の盾とでもいうのか!?」


 拡散された魔弾は、地上付近に突如現れた発光体によって防がれてしまった。それはかなり広い範囲に展開して、パラニアの攻撃からエステルや周囲にいた人間を守ってみせたのである。


「姉様…ではないわね。これは一体…?」


「わたしがやったんだよ。ルナが作ってくれた特性のシールド、リスブロンシールドの性能でね」


「アナタは、ルナ・ノヴァの助手の…?」


 エステルに声を掛けたのは魔女メルリアであった。その手にはユリの花の形状を模したシールドが握られていて、そのリスブロンシールドと名付けられた装備を使って光の防御膜を精製したらしい。


「別にキミを守ったわけじゃないよ。キミが私達の近くに落ちて来たせいで、ルナが危機に晒されたからシールドを使ったんだ」


 彼女とルナはエステルの落下地点の傍に居て、パラニアの砲撃に巻き込まれそうになっていたのだ。そのため、ルナを守る目的で使用したに過ぎず、エステルを救ったのは結果的にそうなっただけの事であった。


「まったく、私とメルリアに迷惑をかけないでちょうだい」


 メルリアの隣に立つルナは、面倒そうに首を振りながらそう呟く。当然というか、エステルに対して親子の情など感じさせないモノの言い方であった。


「言ってくれるわね……アナタの用意したドラゴニア・キメラが活躍してくれれば、もっと楽に戦いを進められたのだけれど?」


「今回の事態は女王のせいで、私のせいではないわ。ほら、あの魔女をさっさと倒しなさい。ステラも苦戦して役に立ちそうにないし、本当に欠陥品には困るわね」


 ルナが目線で示した先、パラニアが上空から強襲を仕掛けてきた。射撃がダメなら直に仕留めようとしているのだ。

 それに対し、エステルは地上で迎撃の姿勢を取る。本当なら翼で飛び上がって再び空中戦に移行できるのだが、姉を侮辱するルナの言葉に苛立っていたこともあり、ワザと二人の近くで戦闘をして巻き込んでやろうと画策したようだ。


「貴様達はここで叩く! もう誰にもアタシの邪魔はさせん!」


 人間側の事情などお構いなしに、パラニアはランスを振り回してエステルを襲う。この攻撃を刀で弾くのは無理があるので、エステルはサイドステップの要領で退避し、しかもルナの至近距離に着地した。


「ちょっと、コッチに来ないでちょうだい」


「あら、アナタも引退したとはいえ退魔師なのだから戦ったらどうかしら? それに、私達が敗北したらドラゴニア・キメラは魔女に奪われてしまうのよ? 少しは危機感を持ってほしいものね」


「クッ…! メルリア、頼めるかしら?」


 煽りにも取れるエステルの言い草に眉を吊り上げながら、ルナはメルリアに敵の対処を頼む。


「勿論さ。ルナが危険を冒す必要はない。ルナに降りかかる火の粉は、このわたしが振り払うと決めたんだ」


 ルナも魔力を扱えるので戦う事は可能だが、メルリアが戦闘を引き受ける。命のやり取りというリスクからルナを遠ざけ、戦闘力も生命力も高い自分が盾となればいいと考えていた。

 

「魔女と魔女の戦い…面白そうだと思わないか?」


「なんだ、コイツ……?」


 右手にレイピアを、左手にリスブロンシールドを装備したメルリアは、優雅な足取りでパラニアに対峙する。静かに殺気を携え、本来なら同族である二人の魔女は睨み合っていた。


「魔女同士の戦い? ということは、アナタは!」


「そうさ。わたしは魔女メルリア……ただし魔物の味方ではなく、人間ルナ・ノヴァの味方だけどね」


 異質な雰囲気を纏うメルリアは常人ではないと感じてはいたものの、まさか魔女だとはエステルには予想出来なかった。しかも、本来は敵である人間と協力するなど不可解な事である。


「魔女のクセして人間と共に戦うなど! まあいいさ、魔のモノだからと仲間というわけではない! 貴様らを倒し、この醜い魔龍モドキも配下に加えてやるわ!」


 苛立ちながら吶喊するパラニアは、メルリアを串刺しにするべくランスを突き出す。残像を描く高速の一撃であったが、


「能力が高まっているのはソチラだけではないよ」


 魔龍の魔素はメルリアにも作用しているのだ。通常時よりも強化された肉体は軽やかな機動を行い、見事ランスから逃れてみせる。


「貴様…!」


「負けるわけにはいかないんだ、ルナのためにもね」


 更にはレイピアによる反撃をして、パラニアの腕を掠めた。皮膚が薄く裂けて血が飛び散る。


「コイツ…ッ!」


「その程度か、パラニアとやら」


「ナメるんじゃないよ!」


 刺突では捉えきれないと判断し、ランスを横薙ぎに払った。空気を振動させ、重い一撃としてメルリアに迫る。


「ふん、甘いな」


 しかし、メルリアはリスブロンシールドのパワーを全開にして受け止めてみせた。腕に衝撃が走るが、脚で踏ん張って耐えきる。


「チィ!」


 シールドの表層に展開された魔力の防壁と、ランスに纏われた魔力コーティングが激突干渉して暴発。磁力の反発のように両者は弾かれ、しかも虹色の閃光がオーロラのように拡散された。

 その時、


”グォォォオオオ……”


 と、低い唸り声のような音が戦場に響いた。まるで地獄の底から轟くように、異質で人の魂に恐怖を刻みつけるような咆哮である。


「なんだ!?」


「ドラゴニア・キメラが…!」


 その咆哮の発生源は、他でもないドラゴニア・キメラだ。完全に停止したと思われていたのだが、再起動をして全身に力を漲らせ始めていた。


「二人の魔女の、過度な魔力のぶつかり合いがショックを与えたのかしら……?」


 こんな状況でもルナは冷静で、理由を推測している。そもそも、自身らで作り出した兵器なのに、どのような原理で稼働しているのか完全に理解していないのは如何なものなのか。

 ともかく、戦乱の中で目覚めた魔龍ベースの兵器はズシンと一歩を踏み出した。


「女王が制御を取り戻したのかしら……いえ、どうやら違うようね」


 ドラゴニア・キメラは胴体の側面から多数の触手を生やし、それは双子姉妹が以前戦ったサンドローム・トータスの触手に似ている物であった。回収した魔物の残骸を再利用しているので、取り込んだ要素を自らの力として再現出来るのかもしれない。

 そして、触手は四方八方に魔弾を放ち、人間と魔物の区別なく攻撃を仕掛ける。


「無差別に狙っている!? クッ、暴走をしているのね……」


 近づく者を拒絶するように、ドラゴニア・キメラは激しい射撃を繰り返す。

 

 混沌を極める戦闘の、その行く末は……

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