第42話 光に呑まれて

 一度は機能を停止したドラゴニア・キメラであったが、再び目を覚まして無差別な射撃を敢行する。自らを再生させた人間も、元々は同族であった魔物も関係なく焼き払っていく。

 こうして暴走した今になって、存分に戦闘力を発揮しているようだった。


「姉様!」


 ガーゴイル状の飛行型魔物を蹴り飛ばしたエステルは、魔弾の光が炸裂する戦場の中で姉の姿を探していた。敵の襲撃で分断されていたこともあり、お互いの位置を見失っていたのだ。


「チッ、あの魔道兵器は一体なんなの!?」


 エステルは自分に向かって飛んできた魔弾を回避しながら、翼をはためかせる。




 そんな中、魔女パラニアは下唇を噛みしめながら事態を見守っていた。勝利まで後一歩といった優勢具合であったのに、ドラゴニア・キメラのせいでその優位性は完全に失われてしまっている。


「アタシが集めた魔物達が散って……アタシの苦労は一体なんだったんだ……」


 一ヵ月掛けて、苦労しながら掻き集めた配下の魔物達が次々と消し炭になっていく。もはや壊滅状態であり、残った味方を呼び戻そうにも指揮は不可能であった。


「あの魔女め、メルリアとかいったか。ヤツは人間社会に溶け込み、内部から侵略をしていたのだな。その成果があの魔龍で、ドサクサに紛れて自分の敵全てを消し去る算段なのか!」


 パラニアの推測は間違っていて単なる思い込みだが、ここにそれを訂正してくれる者はいない。近くを飛んでいく魔弾に目もくれず、こんなハズではなかったと悲嘆に暮れていた。


「この魔龍もヤツが用意した物だってンなら、アタシはバカを見たって話だな……しかしな、こうもコケにされて黙っていられるか!」


 ランスを構えたパラニアは阿鼻叫喚の戦場に舞い戻り、ヤケになったように吶喊していく。


「こういう時こそ脅威を取り除く絶好の機会だってね!」


 ヘタをすれば自身の身も危険なのだがパラニアは勇敢であった。単に頭に血が上って冷静さを失っているとも言えるが。

 暴れるドラゴニア・キメラの攻撃をくぐり抜け、パラニアは一人の人間を視界に入れる。その人物は翼を用いて巧みに魔弾を避け、いくつかの結晶体を駆使してガーゴイル型の魔物を撃破していた。


「羽付きの片割れかい。オールレンジ攻撃をするコイツなら、近接戦で仕留められるな!」


 狙われたのは双子の姉、ステラである。彼女も妹を探して飛び回っていたのだ。

 そのステラも頭上から迫る強烈なプレッシャーを感じ、ハッとして目を向けた。


「魔女パラニア!?」


「貴様の命、ここで頂く!」


 ステラは遠距離戦を得意とする退魔師で、エステル程に近接戦に長けてはいない。この事実はステラ本人も理解しており、パラニアの接近に舌打ちをしていた。

 だが、乱戦をも超える地獄のような状況では、パラニアの考え通りに事は進まない。


「クソッ! ランスがッ…!」


 側面から飛んできたドラゴニア・キメラの大きな魔弾が直撃し、右手に握っていたランスが半壊してしまった。これでは武器としての能力は発揮できない。


「しかしな!」


 壊れたランスを盾とし、ステラのメテオールによる攻撃を防御。何発かが着弾した後に遂に全壊し、パラニアはランスを放棄してステラの至近距離まで肉薄した。


「これまでだな、羽付きめ!」


「しまった!?」


「この魔龍種から放たれている特異魔素のおかげでコッチの戦闘力が上がっているんだよ! わざわざ近くまで持ってきてくれたことを感謝してやる!」


「なッ…!? それじゃあ、オマエ達が感じ取っていた特殊な魔素の元凶は、このドラゴニア・キメラなの…?」


 アストライア王国から魔物が好む特殊な魔素が放たれているとパラニアは以前語っていた。その魔素を自らのモノとすべく、魔物達は何度も侵攻しているのだ。

 つまり、このドラゴニア・キメラこそが全ての原因だったのだとステラは直感する。魔龍に似ているのではなく、魔龍をベースにして建造したからこそ特性を引き継いでしまっているのだと。


「これで終わりだな!」


 パラニアはショルダータックルを繰り出し、ステラの腹部に肩をぶつけ、そのままドラゴニア・キメラに突っ込んでいく。このままの勢いで魔龍型兵器に激突させて圧死させようという算段なのだろう。

 しかし、


「パラニア、貴様!」


 駆け付けたエステルが、パラニアの下方から急上昇してきたのだ。


「来たか!」


 エステルの怒号を耳にしたパラニアは一瞬動きが鈍り、その隙にステラが抵抗して蹴りを放つ。

 だが、パラニアの頑強な肉体の前には威力不足で痛みも感じず、逆にパラニアはステラの背後へと回り込んで首を絞めた。


「テメェの前でコイツは殺してやるよ!」


「貴様…!」


 魔女の腕力をもってすれば人間の首など容易く折る事が出来る。ステラの生き死にはパラニアの手に委ねられ、そして容赦なく力を籠めようとした。


「待って、パラニア! どちらかというと、アナタは私の方に恨みがあるハズよ。なら、私を先に殺せばいい!」


「確かにオマエに恨みはある。だからこそ、コイツをオマエの見ている前でブッ殺そうとしているんだよ!」


 ステラテルが強い絆で結ばれていることは、パラニアも察していた。そこで、エステルの前でステラを殺害し、心的ダメージも与えようと悪趣味な考えを抱いたのだ。

 しかし、この愉悦行為も長くは続かなかった。すぐさま命を奪えばよかったのに、エステルの言葉に耳を傾け僅かな猶予を与えてしまっていた事にパラニアは気が付いていない。


 そして、それは彼女にとって致命的であった。


「なんとっ!?」


 数条の光が走り、パラニアの両足と翼が吹き飛んでいく。これはドラゴニア・キメラからの魔弾ではなく、メテオール・ユニットから放たれた魔弾であった。

 拘束されながらも諦めていなかったステラは、五機のメテオールを脳波コントロールによってパラニアの死角に配置し、かなり精度の高い狙撃をしてみせたのだ。


「こんなバカなッ!」


 エステルは姉の作戦を見抜いており、だからこそ時間を稼ごうとした。そして、妹の力添えを無駄にはせず、ステラは自分に密着した魔女のみを攻撃したのである。

 

「クッ…!」


 一方のパラニアも、普段ならばメテオールからのプレッシャーを勘付けたであろう。魔力の流れを敏感に感じ取り、射撃方向を察知することさえ可能なのだから。

 しかし、ドラゴニア・キメラが高出力の魔弾を乱れ撃ちしているせいで多数の魔力反応が発生しており、これらを探知する感覚も麻痺して飽和状態のようになっていた。このために、メテオールの小さな魔力反応を見逃してしまっていたのだ。

 

「これで終わりね!」


 ステラを取り逃がしたパラニアに対し、エステルはトドメを刺すべく刀を突き刺した。腹部に深く突き刺さり、噴き出した鮮血がエステルの戦闘着を汚す。


「終わるものかよ…! アタシこそが魔龍をも支配し、この星を統治する資格のある魔女だというのに!」


「己惚れるのもいい加減にしなさいよ! そういう傲慢さを持つ者など、何より姉様に無礼を働いた者など消えてなくなりなさい!」


 エステルはそう叫び、パラニアを蹴り飛ばす。その先にはドラゴニア・キメラから飛んできた魔弾の光があった。


「光が、アタシに…?」


 パラニアの目には、全ての事象がスローモーションのように見えていた。極度の生命の危機に陥った時、それを脱するべく脳の処理機能が全開となってこのような現象を引き起こすと言われている。

 しかし、だからといって何が出来るというわけでもない。認知能力だけがフル稼働しても、損傷した肉体は動けたものではないのだ。


「まだ、何も成し遂げちゃいないんだ! アタシは…ッ!」


 最期の言葉を言い切る前に、パラニアの存在そのものが魔弾の中へと飲み込まれていく。業火に焼かれ血肉は一瞬にして蒸発し、魂さえも世界から焼却されて……

 数度に渡りステラテルの前に立ちはだかった宿敵ともいうべき魔女は、こうして姿を消したのであった。


「姉様、ご無事ですか?」


「う、うん。わたしの作戦に合せてくれてありがとうね」


「フフ……姉様の考えならば、私には手に取るように分かりますから」


「さすがエステル。けど、ヤツをどうにかしないと」


 双子の視線の先で人間と魔物を砲撃するドラゴニア・キメラ。その暴走を食い止めなければ、被害は拡大し続けてしまう。


「我々の必殺技、双星のペンタグラムでヤツを潰してしまうのが確実に思えますね」


「並みの攻撃が通用する相手ではないだろうし、わたし達のチカラで破壊するしか方法はないかもね。けれど、それでは女王陛下を救出できないか……でも止めないと犠牲者が増えていくばかりだし……」


 双星のペンタグラムを使えばドラゴニア・キメラを撃破出来るだろうが、頭部コックピットに搭乗したままの女王をも巻き込んでしまう。女王の命を助けるともなれば、他の方法も模索しなければならない。


「姉様、ヤツは飛ぶつもりのようですよ」


「翼を展開した!?」


 双子が思案している中、ドラゴニア・キメラは翼をバッと広げ、その重い図体を地上から浮遊させた。物理法則を無視して、鈍重な巨体が空を目指していく。


「ドコに行くつもりなの…?」


「あの方角にあるのは王都ではありませんか?」


 ドラゴニア・キメラは上昇しつつ旋回し、王都の方向へと顔を向けた。そして、翼だけではなく魔力をも推進力として活用し前進していく。

 ひとまず双子は祖母ガラシアとの合流を目指し、爆撃にあったように抉れた大地へと降り立つのであった。

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