第43話 追撃戦、空中にて

 遂に魔女パラニアを討ち滅ぼしたものの、暴走するドラゴニア・キメラは戦場を離れて王都へと飛び去ってしまった。無差別攻撃を行うこの魔道兵器を止めなければ、王都が火の海になってアストライア王国自体が存亡の危機に立たされてしまう。


「お婆ちゃん、ドラゴニア・キメラはどうなってるの? 女王陛下も無事なのかどうか……」


 ステラは物陰から出てきた祖母ガラシアと合流し、飛行していく巨大な有翼兵器を指さしながら問う。


「恐らく、女王陛下の能力では制御しきれなかったんだ。あの兵器を操るには強い精神力や、高度な脳内処理力が必要になってくるのでな。今の女王陛下は廃人のようになって、ただ本能のままにドラゴニア・キメラを動かしていると考えられる」


「本能のままの行動? であるならば、いわゆる帰巣本能のようなモノに従って王都を目指している?」


「ああ、帰りたいのだろうな。故郷へと……」


 帰巣本能とは、本来は鳥などの動物が保有しているもので、遠出をしても縄張りや巣に帰る事が出来る能力を指す。そのため、ステラの用途は厳密に言えば間違いである。

 だが、人間だって故郷や慣れ親しんだ地域へ帰りたくなる衝動はあるし、実際に女王は自身がずっと暮らしてきた王都への帰還を望み、正常な思考能力が失われても彼女の記憶に基づいてドラゴニア・キメラは動いているのだ。


「けれど、破壊衝動や闘争本能も目覚めてしまっているように見えるよ。あのままヤツを放置すれば大変なことになっちゃうよ」


「ああ、そうだな……」


「こうなったら、あの兵器を破壊するしかないと思うんだ。女王陛下を救えるか分からないけど、もはや手段を選んではいられない」


 ステラの言葉にガラシアは押し黙る。ドラゴニア・キメラはガラシアの人生において最大の成果であり、彼女の不老不死の夢を実現するための道具でもあるためだ。決して女王の身を案じているわけではない。


「あ、ガネーシュさんとカリンちゃんも無事だったんだね」


 周囲の混乱は落ち着きつつあり、どうにか生き延びていたガネーシュとカリンも合流する。泥に汚れながらも大きな負傷はないようだ。


「あの新型の魔道兵器を止められるのはステラテル、キミ達だけだ。魔物どもの残存戦力は少ないし、この周囲の敵は私とカリン達で倒すから二人はアレを追ってくれ! 私達もコッチが片付いたらスグに支援に向かうからさ!」


 大量に迫ってきていた魔物の軍勢は指揮官のパラニアを失ったうえ、ドラゴニア・キメラの暴走砲撃に巻き込まれて壊滅状態になっていた。これならばガネーシュや他の退魔師でも対処可能であり、ステラテルに飛行する巨影の追撃を促す。


「ちゃっちゃと撃ち落としてきなさいよね!」


「任せてカリンちゃん。よしエステル、いくよ。アイツを止める!」


 頷くエステルを従え、ステラは再び飛翔していく。飛行速度は双子の方が少し速いため、出遅れたとはいえ王都に辿り着く前に追いつけそうだ。

 その姿をガラシアだけではなく、ルナとメルリアも見送る。


「ステラめ、余計なことを……」


 ルナは軽く舌打ちをしながら眉を下げる。ドラゴニア・キメラは二人にとっても重要な研究物であるので、ステラテルが仕留めてしまうのは困るのだ。


「どうするルナ? わたしなら追えるけど?」


「頼むわ。援護するフリをしながら、上手く妨害もしてみせて」


「難しいオーダーだけど、ルナのためならやってみるさ。なんなら、あの姉妹は殺してしまえばいいんじゃないか?」


「あの二人は出来損ないだけど、実験台として優秀な素材となるはず。だから、まだ殺さずに生かしておいて」


「分かったよ」


 軽くウインクをし、メルリアも漆黒の翼を生やして双子を追尾していく。魔女であることを隠してはいたのだが、このような事態になってしまっては仕方がない。




 そうして暫く高速飛行をし、ステラテルはようやくドラゴニア・キメラに追いついた。巨体で鈍重でありながらも、どのような原理なのか思った以上の機動性能を有していて、もう王都までの距離も残り少なくなっている。


「わたしが先にメテオールでヤツを撃つね!」


 ステラは腰に巻いたベルトから、遠隔操作装備のメテオール・ユニット十機を射出。脳波コントロールで目の前を飛ぶ魔龍型兵器に差し向けた。


「当たれっ!」


 ババッと俊敏な展開をして、目標を取り囲んだメテオールは一斉射を行う。

 だが、メテオールの火力ではドラゴニア・キメラの外殻を貫く事は出来なかった。頑強な表皮に着弾して爆発するも、多少抉るだけで有効なダメージにはならない。


「やっぱり防御力は普通じゃないね」


 と、ドラゴニア・キメラは急制動を掛けて旋回し、後方から迫っていたステラテルを正面に捉えた。


「…くる!」


 ステラは強い魔力反応を感知し、その感覚は間違いではなく、ドラゴニア・キメラの口から大きな魔弾が放たれたのだ。

 双子は瞬時に回避行動を取ったので直撃は避けられたが、撒き散らされる衝撃波と熱波の影響を受けて翼の制御を乱される。


「当たらなくても厄介な攻撃ですね。しかし、接近してしまえば!」


 エステルは姉と違い遠距離戦は不得手で、こうも距離が離れていては一方的に射撃されてしまう。そのため、姉のメテオールが敵の気を引いている内に接近をかけた。


「その首、私が貰い受けるわ!」


 長い首に支えられた頭部こそがコントロールルームであり、その内部にブレイン装置として機能する女王もいるのだ。頭部を胴体から切り離してしまえば、この魔道兵器を停止させられるはずだとエステルは考える。


「斬る!!」


 猛スピードで相手の懐に突っ込み、首を目掛けて刀を振り下ろした。


「クッ! なんて頑丈なの!?」


 退魔師の扱う武器には魔力が流れ、常識では考えられない破壊力や切断力を発揮できるのだが、ドラゴニア・キメラの装甲とも言える表皮に弾かれてしまう。

 メテオール、そしてエステルの刃すらもマトモに通用せず、やはり双星のペンタグラムのような技でも使わなければ勝てそうにない。


「けれども、双星のペンタグラムの発動には大きな隙ができてしまう……それではコイツに逃げられてしまうか、逆に攻撃を受けることになってしまうわね」


 エステルの懸念は最もで、機動力のある相手を仕留めるには分が悪い技である。どうにかして動きを封じればチャンスもあるだろうが……


「ッ!?」


 思案していたエステルに対し、ドラゴニア・キメラは背中から何かを複数射出する。それは全長三メートルの棘のような物体で、まるでホーミングミサイルのようにエステルを襲ってきたのだ。


「プレアデス・エレファンテのような攻撃ね…!」


 魔女パラニアが用意した象型魔物のプレアデス・エレファンテは、胴体から無数の棘を撃ち出す能力を持っていた。ドラゴニア・キメラはプレアデス・エレファンテの死骸をも取り込んでいるため、その能力を継承しているようだ。


「任せて、エステル!」


 エステルを襲う棘を破壊するべく、メテオールで迎撃する。

 しかし、棘の数は二十個ほどであり、メテオールの十機を上回っていた。そのため全てを撃墜するのは不可能で、エステル自身も対応せざるを得ない。


「しまった…!」


 いくつかを刀で切断したものの、背後から接近してきた一発への反応が遅れてしまった。


「チッ…!」


 身を捻り、ギリギリで回避することに成功するも、それで終わりではなかった。エステルの傍を通過した直後、ドッと爆散したのである。


「エステル!?」


 爆発自体は規模の大きなものではなかったが、撒き散らされる破片が厄介であった。鉄板のような残骸が四方八方に飛び、内一つがエステルに当たってしまう。

 破片を受けたエステルは弾き飛ばされ、落下していく。


「死なせはしないから!」


 ステラはすぐさまエステルを追い、お姫様抱っこの要領でキャッチした。


「大丈夫!?」


「はい…申し訳ありません、姉様。ご迷惑をおかけしてしまいました……」


「迷惑なわけないでしょ。エステルを守るのがわたしの使命だからね」


「私だって姉様をお守りすると姉妹達に約束したのに、こんなでは……」


「姉妹達?」


「あ、いえ……」


 夢の中の話であるが、エステルは自らと同型のステラコピー体に誓ったのだ。ステラを守ると。

 しかし、逆にステラに助けられているようでは、その約束を反故にしていると叱られても仕方がない。


「姉様、それよりドラゴニア・キメラが!」


「逃がしたか……」


 ドラゴニア・キメラは、ステラテルを退けて飛び去っていく。距離を離され、そのシルエットはどんどん小さくなっていった。


「エステル、動ける? もし体が痛むなら、一度陸に降りて休んだほうがいいよ」


「いえ、この程度なら問題ありません」


 体の痛みはすぐに引き、傷もない。これならば戦闘に復帰するのに問題はなかった。

 だが、追撃に入ろうとした時、


「やあ、大変だったようだね」


 と、二人の後から付けてきたメルリアが声を掛ける。かなりノンキな態度で、王国がピンチになっているなど微塵も思っていないような明るい笑顔であった。

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