第44話 王都壊滅
ステラテルの苦戦を後方から見ていたメルリアは、ドラゴニア・キメラを追いかけようとしていた彼女達を引き留めて一つ提案する。
「キミ達二人掛かりでも倒せない相手だ。ここで無理をするよりも、他の退魔師と合流して対策するのはどうかな?」
メルリアに対してのルナの指示は、ステラテルを妨害してドラゴニア・キメラを守るというものであった。そのため、このまま戦闘を続行されるのは具合が悪く、時間を稼ごうとしているようだ。
「しかし……確かにコチラの魔力も減ってしまっているしな……」
ステラテルの翼は魔力消費量が大きい。展開していればその時間の分だけ減っていき、実際にステラテルの体内魔力量は少なくなっていた。
ガネーシュらに託されたというのに、任務を果たせない不甲斐なさに歯噛みしながらも、ステラは一度陸に降りる決断をした。
「エステルも刀を落としてしまったし、わたし達の魔力も回復しないとですから、一旦追撃は中断します。その間にアナタはドラゴニア・キメラを追ってください」
「ああ、そうするよ」
メルリアは頷き、地上に降下するステラテルを見下しながらも王都へ向かう。
ここでステラテルを殺す事も出来たのだが、そうしなかったのは双子姉妹にまだ利用価値があるからだ。それこそ人体実験の材料としては最適で、ルナの目標のための土台として活用する余地はある。
「さて、ドラゴニア・キメラを取り戻さないとな」
コックピットにいる女王さえ引っ張り出してしまえば、暴走を食い止められるはずだ。そしてメルリアが改めて乗り込み、制御を行えば正常に戻るだろう。
メルリアはステラテル達が到着する前に事態を収拾するべく、全速で王都へ飛び去っていった。
ステラテルを置き去りにしたメルリアは、王都へと辿り着きハタと止まって滞空する。ドラゴニア・キメラよりも派手な物が目に入ったからだ。
「なんだ、あの魔法陣は?」
王都の上空を覆うように、巨大な円形の魔法陣が展開されていた。真っ赤に光るソレは、神々しさと禍禍しさの両方を併せ持ってメルリアの興味をそそる。
「強い魔力を感じるね……」
魔女のカンというものか、少し離れた距離からでも分かるくらいに強力な魔力反応を感じ取った。
メルリアはひとまず王都の様子を確認するべく、滑空しながら街に目線を落とす。
「人間が至る所で倒れているな」
上空に奇怪な魔法陣が現れたとなれば、人々は恐怖し逃げ惑うものだろう。
だが、悲鳴などは一切聞こえないし、住人達が折り重なるようにして路地などに倒れているのだ。避難しようとしている途中に何かあったらしい。
翼を格納したメルリアは降下し、その倒れている人間達に近づく。
「これは…?」
うつ伏せになっていた一人を仰向けにして顔を確認する。すると、まるで干物のように干からびており、さながらミイラのような状態になって絶命していた。
近くに倒れていた者達も同じように死んでいて、このような死体が瞬時に出来上がるのは魔法陣と無関係ではないだろう。
「ン、生きている人間がいる?」
死体を調べていると足音が聞こえてきて、ソチラに目を向けると少し離れた民家の傍にて動く人影があった。こんな異常の中では生存者は貴重であり、メルリアは走り寄って声を掛ける。
「そこのキミ、一体何があったんだい? 王都に帰ってきたらこんなでさ、状況を知りたいんだ」
「わ、私にもよく分かりません……魔龍のような魔物が現れて、上空で魔法陣を作り出したんですよ。今も上にありますが……」
退魔師用の戦闘服を着込んだその少女は、泣いていたのか目を赤くしながらもメルリアに応対して空を指さした。
「ほう、魔龍型……で、魔法陣が現れてどうなったの?」
「そうしたら皆がバタバタと倒れたんですよ。でも、無事な人もいて……私は退魔師なので魔道管理局にいったんですけど、退魔師の仲間達は生きていたんです」
「なるほど。魔力を扱える退魔師には効かないが、魔力に耐性の無い普通の人間だけを殺す魔法陣とでもいうのか」
退魔師は身体能力や対魔力性能が高く、そのことが魔法陣の影響を受けなかった理由なのかもしれない。逆に一般人は普段魔力と接する機会もないので、不用意に体内に吸収したりすると毒のように蝕まれて危険なのだ。
「魔龍がやったと言ったね? その魔龍はドコにいるんだ?」
「ヤツは王都の中心区画にいます。私は退魔師の仲間と一緒に戦ったのですが、全く歯が立たず……それで退却をしつつ、生きている人を探していたのです」
「そうか、教えてくれてありがとう。じゃ、わたしはこれで」
「そっちは例の中心区画の方角ですよ! 早くアナタも逃げたほうがいいです!」
「わたしのことは気にしないでくれ」
と、メルリアはドラゴニア・キメラの居場所を聞き、出会った退魔師の少女と別れて中心区画を目指す。
その彼女の顔は、純粋なワクワク感に満ちていた。
道中に誰ともすれ違うことなく進んでいたパラニアは、女王が暮らしている王宮近くで紫色の巨大な繭を発見した。全高十数メートルにも及び、いかにも異質であると分かる。
しかも、上空の魔法陣から一筋の赤い光の柱が突き刺さっており、繭に何か送り込まれているようだった。
「あの中にドラゴニア・キメラが入っているのか? 魔法陣からナニかが流れ込んでいる……」
遠くから観察するパラニア。というのも、繭の周囲には無数の触手が生えていて、近づく者を排除する防衛機構として機能しているため、いくら魔女とはいえ安易に接近するのは危ないと判断したのだ。
「街中の死体と合せて考えると、あの魔法陣は人間の生命力そのものを吸い取る力があるのかも。そして、その生命力を己に取り込み、少しでも元の姿を取り戻そうとしていると考えられるか」
ドラゴニア・キメラは骨格こそ本物であるが、外殻などは本来の形状ではなくガラシア達によって形作られている。
そのため、パラニアの推測のように元の姿を取り戻すべく、外部からエネルギーを集めようとしているのかもしれない。
だが、それはおかしな話である。ドラゴニア・キメラに意思も思考能力も無く、ただの兵器として再生されたのだ。なのに、まるで”本能”が残っていたかのように行動しているのだから。
「これは興味深いな。もう少し観察しておこうか……おや?」
メルリアは建物の物陰に隠れたまま、どのような変化をもたらすか観測を続けることにしたのだが、何か気配を感じて振り返る。
そこには……
一方、魔力を回復したステラテルは一路王都へと急行していた。ドラゴニア・キメラによる被害もそうだが、メルリアという魔女を信用しているわけではないので、とのかく全力で飛行していく。
「メルリアと名乗る魔女は、ルナ・ノヴァのために力を尽くすと……けれど、裏切らないとは限りません。本来、人間と魔女は相容れる存在ではありませんから」
「そうだね。言葉ではルナ・ノヴァに従順に装っても、心には野望を隠してルナ・ノヴァのことを利用しているだけに過ぎないのかも」
そもそも二人はルナを信用しておらず、となればルナと行動を共にするメルリアを信じるというのは無理がある。これは種族がどうこうという問題ではない。
「わたし達に出来るのは王都の窮地を救うこと。その邪魔をするのならば、何者であろうと排除するだけだよ」
エステルはステラの言葉に頷き、やがて視界に入ってきた王都の異常を目撃して目を細める。
「姉様、遅かったのかもしれません……」
「くっ…! なんなの、あの大きな魔法陣は」
「さぁ……あ、王都の近くに人が集まっていますよ」
エステルが指さす先には、数十人規模の人だかりが出来ていた。皆一様に戦闘服を着込み、退魔師の一団であると分かる。
その退魔師達もステラテルに気が付いたようで手を振り、合流するように促していた。
「局長もいらっしゃるようですよ」
「話を聞いてみよう。わたし達が来る前に何があったのかを」
二人が降下する中、管理局局長が一団の前に出て出迎える。ステラテルの無事を確認して心底安堵しているようであった。
「お前さん達が戻ってきてくれて良かった。あの魔龍型の兵器に一体何があったの?」
「女王陛下が乗り込んで制御を担当した直後、暴走を始めたんです。そして、ひとしきり暴れたあと、王都に向かって離脱していったんですよ」
「なるほど……そのドラゴニア・キメラとかいう兵器は少し前に王都に戻ってきてね、まぁ酷い有様なんだよ……」
局長はメルリアが目撃したような悲惨な現状を二人に話し始め、それを聞くステラテルの表情は次第に曇っていくのであった。
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