第45話 傀儡の死者

 管理局局長から話を聞いたステラテルは、これ以上の被害を出さないためにも王都への突入を決意する。退魔師ではない一般人が全滅し、女王が不在となった今となっては王都を放棄するのも手であるが、ドラゴニア・キメラの暴走を止めなければ他の街も同じような終末を迎えることになってしまうのだ。


「局長、わたしとエステルは行きます! もう少ししたら遊撃隊の仲間や、お婆ちゃんが来ると思いますから、そうしたら同じ話をしてあげて下さい」


「分かった。気を付けるんだよ」


「はい。あの化け物を倒し、必ず戻ってきますから」


「ああ、絶対に帰ってきなさい。よし、動ける者はステラテルに続け!」


 まだ戦闘続行可能な退魔師十数人を引き連れ、ステラテルは王都の門を開いて敷地内に入り込む。恐らくドラゴニア・キメラは中心区画におり、これを撃破して上空の魔法陣を消さなければならない。

 人気の消えた住宅街を通って、順調に進軍していく一行。だが、新手の脅威が彼女達の前に立ち塞がった。


「なんだろう……人…?」


 商業区画に差し掛かった時、フラフラと上体を揺らしながら近づいてくる数人の人を目撃してステラは目を凝らす。ミイラ、もしくはゾンビのような挙動で、口からはヨダレを垂らし、目は焦点が合っていない。


「姉様、向こうからも来ます」


「ん、囲まれているね。服装を見るに、王都で暮らしていた人達のように見えるけど……」


「ですが様子がおかしいです。あんな妙な動き、生気の無い人形のようで……」


 ステラが呟いた直後、エステルが人形と称した人々が一斉に駆け出してきた。凶暴性を露わにし、退魔師達を餌や獲物として狩ろうとしているようだ。

 

「並みの身体能力ではない!?」


 その人々は退魔師にも迫るスピードを出し、大きく跳躍してくる。


「どうして襲ってくるの!?」


「ヤツら、ドラゴニア・キメラに操られているのでは?」


「人形、か……死者の肉体を使役し、自分の戦力として使うという力があると……」


 あくまでステラの推測に過ぎないが、その可能性は高いだろう。生命力を奪った人間の死体を駒として戦力を増やすようだ。


「もはや人ではない……こうなった以上、魔物として対処する!」


 ステラに迷いは無い。相手が元人間であったとしても、今は魔の存在として敵になるのならば倒さなければならないのが退魔師だ。

 人型の魔物は様々な方向から襲い掛かり、退魔師の一人に飛びついて激しい暴力を浴びせた。腕と脚が折れ、皮膚を裂かれて内臓を抉られる。

 瞬時に体が千切れて絶命し、魔物達は次のターゲットに攻撃を敢行した。


「コイツら、なんて野蛮なやり方を…! 姉様、私の後ろに下がってください!」


 理性など一切感じさせない獰猛さを持つ敵に対し、エステルは果敢に立ち向かう。刀を横薙ぎに一閃して、人型魔物の胴体を腰から上下に真っ二つにしたが、


「なにッ!?」


 上半身は動きを停止せず、両腕で這いながらエステルに向かってきた。もはや痛覚だとかも無く、ただひたすらに獲物を狩るマシーンのようだ。

 エステルはその個体の頭部を踏みつけ、ようやく絶命させる。


「こういう敵ならば!」


 ステラは翼で浮きあがり、空中からメテオールで人型魔物を射撃で仕留めようと狙いを付ける。これならば一方的に撃てるアドバンテージがあるのだが、しかし考え通りにはいかなかった。


「飛んだ!?」


 人型魔物の一部の個体がステラをマネするように、背中に翼を生やして飛び上がったのだ。

 だが、これはステラテルのような魔力による翼ではなく、背中の皮膚をグチャッと突き破った体内の骨と肉を変質させているのでグロテスクな外観である。

 

「これもドラゴニア・キメラがやっていることなの…? けれど、負けるわけにはいかない!」


 ステラは飛翔してきた人型魔物を蹴り飛ばし、メテオールによる集中砲火を浴びせる。この攻撃にはさすがに耐えられず、頭部や胴体を粉砕され地上へと落下していった。

 そうして戦闘を続けるステラテルと味方の退魔師達であったが、敵の数は減るどころか増えているようだ。


「私達の戦闘音を聞きつけたのか、この周囲の人型魔物だけでなく遠方からもやって来ているようですね」


「倒しても倒しても減らない理由か……王都の人口の多くが敵の戦力になったと考えると、わたし達だけじゃ対処しきれないな」


「多勢に無勢というヤツですね」


 王都に住まう人口がどれ程かは知らないが、千人は優に超えているだろう。それだけの敵を相手にするのは簡単なことではなく、退魔師側にも増援が欲しいところだ。


「ふ、もう泣き言を言ってんの? まだまだ甘ちゃんねぇ」


「え?」


 どこからともなく声が聞こえてエステルがキョロキョロと見回すと、何者かの影が跳躍してエステルの頭上を飛び越え、着地と同時に人型魔物を真っ二つに切り裂いた。


「カリン・ドミテール、戻ってきたのね」


 その人物はカリンで、遠征先で別れて以来の再会である。どうやら現地の魔物の残党狩りを終えて、救援に駆け付けてくれたらしい。


「丁度いいタイミングだわ。姉様と増援が欲しいわねっていう会話をしていたところなのよ」


「あっそう。なら、このカリン様に感謝してちょうだいな」


「ええ、そうね。この戦いに生き残れたら感謝の言葉を伝えてあげてもいいわよ」


「今言いなさいよ!」


「それどころではないでしょう?」


 二人が話している間にも、敵の数はどんどん増えていくのだ。しかも四方八方から寄ってくるため、このままでは身動きが取れず完全に囲まれてしまう。


「一度移動をして、包囲されるのを防いだ方がいいかもね」


 と、カリンに続いてガネーシュも参戦し、魔弓による射撃で敵の接近を阻む。


「この商業区画は路地が狭く戦いには向いていない。魔道管理局に隣接する訓練場のように開けた場所ならまだ戦いやすいな」


 マーケットを中心とした商業区画は、道が狭く戦闘には適していない。特に退魔師は強靭な脚力を活かした機動戦を得意とするわけで、出店などの障害物も多い中では不利であった。

 このまま物量差で押し切られるわけにはいかず、魔道管理局までの距離も遠くないことから退魔師達は移動を選択する。


「上空から援護しますから、行ってください!」


 翼を持つ人型魔物を蹴散らしつつ、ステラは仲間の援護もしてみせた。こういう器用さはステラの能力故であり、他の者にマネできるものではない。

 ガネーシュとエステルが殿を務め、カリンを先頭とした退魔師一行は建物の屋上などを伝いながら死の充満する王都を駆けていく。


「こんな事になるとはね……私達が守ってきたものが一瞬にして崩れていく光景は目にしてられないよ。そうは思わないかい、エステル?」


「ガネーシュさん、まだ終わりじゃないです。私達は生きている…なら、やれる事はあります」


「フ、その前向きさはステラにソックリだね?」


「姉様ならこう言うと思ったまでです。私としても、このまま死ぬなんて御免ですし」


「そうだね」


 短い半生を懸けて守ってきた王都はガネーシュの眼前で終焉を迎えつつある。背後から迫ってくる人型魔物の中には、知り合いだった人物の成れの果ても混じっているだろうし、やるせない気持ちであった。

 だが、まだ彼女達は生きている。ならば、退魔師としての使命を果たすのみだという覚悟を決めて走るのみだ。

 一方、カリンは前方に立ち塞がる敵を切り捨てつつ、味方の退路を見出していく。まさに無双とも言うべき活躍で、両手に持つ刀剣で敵を次々と切り捨てた。


「人間を斬るというのは退魔師の仕事じゃないけど……押し通らせてもらうわよ!」


 元人間とはいえ、人型を斬るというのは躊躇いを覚えるものだ。しかし泣き言を言っている場合でも、退く場面でもない。

 こうして、なんとか切り抜けた一同は魔道管理局まで辿り着いた。その建物に隣接された訓練場で陣を構える。


「こんだけ広けりゃやりやすい」


 団体訓練も行える開けた場所で、退魔師の力を活かして存分に動き回れる。ガネーシュの言う通り、戦うにはもってこいのフィールドだ。


「カリン・ドミテール、アナタとやり合ったのを思い出すわね」


「ハッ、もうちょっとでアタシが勝てそうだった勝負ね」


「記憶の捏造はヤメてちょうだい。ほとんど一方的だったじゃないの」


 ここはエステルとカリンが一対一で勝負をした場所であり、それも遠い過去のように感じる。双子には、色々な出来事があり過ぎたのだ。

 そんな会話をエステル達がしている中、上空から援護をしていたステラは異質な存在を目の当たりにしてソチラを凝視した。


「なんだ、アレ…? 繭、なのかな」


 メルリアが発見した物と同じ、紫色の奇怪な繭である。空の魔法陣と柱で連結されていて、王都の異常事態の中心であるのは間違いない。

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