第46話 交錯する流星

 ステラが見つめる先、ドラゴニア・キメラが変質した繭は王宮の傍で静かに佇んでいる。邪気のようなオーラを纏っていて、良からぬ物であるのは確かだ。


「アレを破壊すれば、魔法陣も消せるかもしれない」


「ステラ、キミとエステルで行ってちょうだい。コッチは私やカリンに任せて」


 物見やぐらに昇ってステラの示す繭を見たガネーシュは、双子姉妹に対処を指示する。人型魔物はガネーシュらでも戦える相手だが、ドラゴニア・キメラ関連の敵はステラテルでもなければマトモにやり合うのは不可能だ。


「しかし……」


「こんな風に王都は壊滅状態になってしまったけど、更なる被害拡大を防ぐには迅速な対応が必要だろう? あの繭が何かは分からないけど、魔法陣と繋がっているのだから排除すべき対象だ。それが出来るのも、キミ達だけさ」


「了解しました。行ってきます」


「人型の魔物はスグに片付けてみせるよ。キミ達の支援のために絶対に行くからな!」


 ステラは頷き、エステルを伴って訓練場を離れた。幸い、人型の魔物はガネーシュらをターゲットに定めていて、ステラとエステルを追ってくる様子は無い。


「あのデカブツを破壊すれば、ひとまず魔法陣は破壊できそうですね」


「うん。恐らく、あの中にドラゴニア・キメラが入っているんだ。サイズ的にも合致するし」


「まったく、あんな兵器のために王都は……」


「行き過ぎたチカラを制御するには、人間という存在は脆弱なのかもしれない。精神的にも肉体的にも……もっと成熟しなければならないのは、わたしも同じだね」


「確かに私達の能力は普通ではありません。でも、暴走もしないし悪用したりもしない。それは、確固たる強い意思があるからでしょう。お互いを守ろうという意思が」


「そうだね」


 強すぎる力は、時として災いに転ずる。実際にドラゴニア・キメラという兵器に翻弄され、国を揺るがす一大事となっているのだ。

 その点で言えばステラテルも普通とは違う退魔師であるが、彼女達が道を踏み外すことはないだろう。お互いを守り、こんな世界の中でも共に支え合っていくという信条は決して失われたりはしない。


「アレか…!」


 訓練場から離れたステラは、いよいよ繭との距離を詰めていく。もう少しでメテオール・ユニットの有効射程範囲に入るので、腰のベルトに装着されているメテオール十機を全て射出した。


「まずは様子を見てみようか。いけ!」


 気合いの号令を受けたメテオール十機は虹色の残光を描きながら直進し、巨大な繭を囲んで砲撃しようとしたが、


「邪気が来る!?」


 進んでいたステラのメテオールに対し、光の筋が向かい飛ぶ。これは繭の側面に生えている触手からの迎撃ではなく、完全に別方向からの魔弾による射撃であった。

 鋭いカンで攻撃を察知していたステラは、脳波コントロールでメテオールに回避機動を取らせ、自らのもとへと帰還させる。


「なんだ、敵の増援…?」


「いや、わたし達は第三勢力だよ」


「!?」


 声がしたのは、王宮に隣接する政府機関の議事堂であった。五階建ての一階部分から二つの影が現れて、ゆっくりとステラテルへと歩み寄る。


「アナタはメルリア! そして……」


 ステラの睨みつける先にいるのは魔女メルリアと、もう一人はルナ・ノヴァだ。不愉快そうに腕を組み、周囲には結晶体数個が浮遊している。


「まったく…邪魔をしてくると思ったわ。けれど、そうはさせない。このドラゴニア・キメラを破壊させるわけにはいかないのよ」


「ルナ・ノヴァ、貴様…! いつの間にココまで……」


「アナタ達が魔物となった人々を引き付けておいてくれたおかげでね。それより、ここから立ち去りなさい」


「あのドラゴニア・キメラとかいう兵器は潰さなきゃならないでしょうが!」


 怒鳴るステラに対し、ルナはため息をつきながら冷めた目で見つめ返す。もはや両者の間に取り持つ仲など見いだせない。


「アレは無限の可能性を秘めた代物よ。潰させはしないわ」


「これ程に多大な犠牲を出した危険な存在なんだよ……製作者のオマエ達には事態を収める義務があるのに、なにを言うの!」


「いくら何人が死のうと知ったことじゃないわ。私とメルリアの未来のため、全ては踏み台に過ぎないのよ」


「コイツ…ッ!」


 ステラは怒りに駆られながらも、しかし冷静さを少し取り戻した。


「まあいいよ……なら、やる事は一つ」


「なに?」


「オマエを殺す」


 ステラはメテオールをルナとメルリアに飛ばし、その遠隔無線操作端末から魔弾を一斉射する。容赦のない殺意の籠められた攻撃で、ルナとメルリアの頭部や四肢を狙っていた。

 それらをメルリアはリスブロンシールドと呼ばれる盾で防ぎ、ルナもまた軽い身のこなしで回避する。


「ステラ……親殺しをやろうというの?」


「オマエは叛逆者だ。アストライア王国の治安を守る退魔師として、オマエのような危険分子は排除する!」


「邪魔をするなど……親孝行という言葉を知らないのかしら?」


「親らしい行いをしたことのない女が言えたことか!」


「産んであげたのよ。私のおかげで世に出たという事実だけで感謝されて当然よ!」


 ルナは我慢ならないと、自身の周囲に浮かんでいた総数十機の結晶体を操りステラのメテオールを迎撃する。この結晶体もまたメテオール・ユニットのようで、ルナにも操作能力があるようだ。


「それらもメテオールだというの!?」


「アナタの特殊能力を開発したのは私よ。なら、それに関する技術は私の発案であったとどうして想像できないの?」


 ルナが考案したメテオール・ユニットの設計図が研究室に残され、ガラシアが引き継いで完成させたというのが真実らしい。

 だが、メテオールはステラの特殊な脳波に反応し、攻撃イメージを受信して動くのだ。つまり、並みの退魔師では扱えない代物で、どうしてルナまでもが行使できるのかステラには分からなかった。


「私も自分をある程度改良したのよ。アナタの体から得られたデータを元にしてね」


「なんだと…!」


「だから、こういう事も出来る!」


 ルナはステラやエステルと同じような魔力の翼を背中に生やし、トンと地面を蹴って浮上する。そして、ステラの上空からメテオールによる砲撃を開始した。


「チィ! 厄介な敵だ、本当に…!」


「姉様、魔女メルリアは私が相手をします。ルナ・ノヴァはお任せしても?」


「うん、あの女はこの手で殺る。必ず確実に息の根を止めてやる」


「無茶はなさいませんように」


 頷くステラは、ルナを追い飛翔していく。エステルには無茶をしないよう言われたが、この戦いこそが人生で最大の力の出しどころだと死力を尽くす覚悟であった。


「アイツはわたしとエステルを不幸にするヤツだから……わたし達にとっての、いや、人類にとっての障害であるヤツを仕留めるためには全力でいかないとね」


 ステラにとってルナ・ノヴァの叛逆は考え得る行動の一つであり、怒りさえ覚えても驚きは少ない。この女は自分の欲求を指針として倫理などは微塵も考えておらず、だからこそ自身の子供を検体にする発想が出来るのだ。

 そして、こうして敵対するのは好都合である。今までの鬱憤を晴らすように、殺意に満ちた鋭い射線で攻撃していく。


「ルナ・ノヴァ! 止まれ!」


「ステラ…! アンタなんか産むんじゃなかった!」


「自分にとって都合のいい手駒にできないからと…! 母親の言う言葉ではないよ!」


「子供は親の言う事だけを聞いておけばいいのよ!」


「人でなしの言う事を聞けるか!」


 両者のメテオールが空中で交錯する。光の尾が様々な角度で入り交じり、キラキラと煌めく星の瞬きのようで美しさすら感じる光景だ。

 だが、ここにあるのは狂気と憎悪と殺意のみ。結晶先端部から魔弾が次々と発射されて、お互いのメテオールを落とそうと激しい攻防を続けていた。


「ルナめ、こうも上手く扱えるのか!」


 ステラは沢山の場数を踏んで、その中の経験で高度なコントロール能力を培ってきたのだ。だからこそ、ルナが互角に渡り合ってくるのは予想外だった。

 しかし、気後れはしない。


「そこだ! 当たれ!」


 敵のメテオールの後ろに回り込み、背後から魔弾を直撃させた。このメテオール同士による長時間のドッグファイトにて初めての撃墜である。

 だが、すかさずルナの反撃が飛ぶ。


「的確に反撃して撃破してくるとは…!」


「まだまだ甘いわね、ステラ。そもそも、子が親を超えられるわけないでしょう?」


「そういう高慢な言い方が気に入らないと言っている!」


 この時点でステラのメテオールが九機、ルナのメテオールも九機と同数だ。

 ステラはルナとの空中戦をこなしながらも、まだ不気味に鎮座する繭を一瞥して早急な決着を付けるべく攻勢を強めた。

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