第47話 母と魔女

 エステルはメルリアと対峙して刀を向ける。この魔女を早急に排除し、母殺しを決意した姉を手伝うというのが今やるべき事であり、時間を掛けている場合ではなかった。


「アナタにはサッサと退場して頂くわ。姉様を援護しなければならないのでね」


「わたしとてルナを守らなければならないんだ。劣化品のステラにルナが後れを取るとは思わないが、戦いには万が一というものがある。勝利は確実なものにしたいのさ」


「お互いにやるべき事は同じか……なら、もう語る必要はないわね」


「そうだな。いくぞ!」


 メルリアは右手にレイピアを、左手にリスブロンシールドを構えて突撃する。そのスピードは全力時のエステルにも匹敵するもので、一瞬で間合いを詰めてきた。


「速いわね……だからと!」


 頭部を狙ってきたメルリアのレイピアの刺突を回避し、エステルは蹴りを放って敵の体勢を崩す。だが、この程度はダメージにはならず、メルリアはすぐさま次なる攻撃を繰り出した。


「甘いな! そんなんではね!」


 音速にも迫る高速の突きが再びエステルの顔を掠める。負傷はしなかったが髪が数本千切れ飛んでいく。


「クッ…! パラニアとは違う方向で厄介ね、コイツは!」


 パワーでゴリ押しするパラニアも手強かったが、メルリアは圧倒的な機動力で翻弄するタイプでこれまた強敵だ。

 エステルもまた高機動型の退魔師であるため、かろうじて喰いついている。


「負けるわけにはいかないのよ!」


 カウンターの刃がメルリアの肩に迫った。風をも切り裂く一撃で、並みの敵であれば防御も叶わず腕を切断されていたことだろう。

 しかし、メルリアは予期していたかのようリスブロンシールドを側面に移動させており、ガキンと弾き返してみせた。


「やるわね」


「言ったろう? ルナを守るため、わたしも勝たねばならないと。さあ、いい加減に死んでもらう!」


 シールドでエステルの刀をいなし、更なる追撃を繰り出すメルリア。ビュンと刃先がエステルの胸を捉える。

 しかし、エステルは軽く身を捻って回避した。バストサイズが大きいためヒットしかけたが、ギリギリで避けることに成功する。


「正確に弱点を狙う…それが分かってきた!」


 メルリアは確かに強者だ。人間の急所を把握し、的確に狙いを定めて一撃必殺にて仕留めようとしてくるのだから。

 だが、これを逆手に取ることも可能だ。狙いが正確なのならば予測もしやすくなる。エステル程の技量があれば、その予測をもとに躱すのも造作はない。


「よくコチラに対応してくるね…ステラの劣化コピー品でありながら、やるじゃないか」


「お褒めに預かり光栄だわ。でも!」


 エステルは、メルリアがレイピアを引き戻すよりも先に膝蹴りを繰り出した。至近距離であるため直撃するコースを取るが、


「させるか!」


 この打撃をメルリアはリスブロンシールドで防御する。高機動戦を得意とするだけあって反射神経もハイレベルであるらしい。

 しかし、膝蹴りはあくまで牽制と陽動でしかなかった。そのまま足を力強く踏み下ろし、メルリアの右足のつま先を潰す。


「ッ!」


 さすがに痛みを感じるようで、メルリアの動きが鈍った。つま先程度なら問題ないかと言えば決してそんな事はなく、指先は神経が鋭敏であるため痛みを特に感じやすいのだ。

 しかも、重心のバランスを取るのに必須の部位でもある。事実、メルリアは姿勢を崩してしまった。


「シールドばかりに頼っているから!」


 エステルはその隙を見逃さない。刀が一閃し、レイピアによる反撃が来る前にメルリアの腹部を切り裂いたのだ。


「浅いか!」


 だが、多少肉を抉るだけで決定打にはなっていない。死を直感したメルリアは気合を全開にしてなんとか身を反らしたのだ。

 吹き上がる鮮血が撒き散らされる中、メルリアは翼を用いて後方に退避する。


「やってくれるじゃないか。けれど……ン、ルナが苦戦をしている…?」


 傷口を抑えるメルリアは、視界の端でルナの苦戦を目撃した。メテオール・ユニットによる撃ち合いで押し負けているように見えたのだ。


「ルナをやらせるわけにはいかない…!」


 ルナが死んでしまっては元も子もない。自らの命を犠牲にしてでも守りたい相手であり、エステルを一旦無視して飛翔していく。


「逃がすか!」


 メルリアの参戦はステラを困らせることになる。本来、ここでメルリアを抑えておくのが役目であったが、その失敗を打開するためにもエステルもまた翼を展開して追撃した。




 遠隔攻撃端末であるメテオール・ユニットを駆使した撃ち合いは熾烈を極め、周囲にはメテオールから撒き散らされた魔弾の弾痕が次々と刻まれていく。本来、王国内で最も安全な場所であるはずの王宮近辺は、完全に戦場と化して少しずつ崩壊を始めていた。


「魔力を使い過ぎた……リチャージしないと」


 メテオールは結晶内に魔力を充填し、それを攻撃と推進剤に使用している。当然ながら使い過ぎればガス欠状態になるため、再充填が必要となるのだ。

 そして、ステラの手持ちである残りのメテオール九機は消耗し、もう魔力の残量はほとんど残っていなかった。このままでは戦闘を続行できないので、呼び戻して腰のベルトに装着する。


「ルナめ、こうも持ち堪えるとは……次はどうくるつもり…?」


 遠距離戦を主体とするステラは、メテオールを使用できない状況では無防備となってしまう。一応は自衛用のコンバットナイフを所持しているが、近接戦能力は並みであるため積極的に挑むことはしない。

 しかし、ルナも同様にメテオールの補給をせざるを得ないようで、議事堂の影に隠れてステラの視界から外れていた。


「いや、むしろ今が好機なのかもしれない。接近戦は得意ではないけど、やってみるか」


 ステラは身を隠していた議事堂の屋上から飛び上がり、魔力充填も半ばにメテオールを分離する。これでは短時間しか運用できないがルナをあぶり出すには充分だ。


「ルナ・ノヴァ、覚悟!」


 大体の位置は掴んでいたため、ステラは予測されるポイントに向けてメテオールを差し向けて射撃を行う。


「なにっ!? もう魔力充填を終えたというの!?」


 さすがのルナも驚いたようで、至近距離に弾が掠めて慌てて姿を現す。そんな中で反撃に移るべくステラを探そうとするも、肉薄してくる結晶体達の対処で手一杯になり見失っていた。


「だけど、この程度など!」


 ルナもメテオールを飛ばし、迎撃の姿勢を取る。自身への被弾を阻止しながらも確実に敵の魔弾を弾いた。

 このままなら押し負けることもないと勝気になって微笑すら携えていたが、


「気配が…ッ!?」


「ルナ!」


 メテオールを囮にして、いつの間にか接近していたステラ。右手にはコンバットナイフを握り、一気に加速してルナの懐に潜り込んだ。


「これで終わりだ!」


「どうかな!」


 しかし、この奇襲にも対応して見せるのがルナ・ノヴァだ。すぐさまステラのナイフを見切り、脇腹を薄く裂かれながらも致命傷を回避した。

 

「ステラッ!! 私とメルリアの未来を邪魔する邪鬼め、消えろ!!」


「消えるのは貴様だ!!」


 この至近距離での攻防は終わっておらず、ステラはルナが他の武具を抜く前に決着を付けるべく再度肉薄する。そして、今度こそ仕留めると刃を敵の首に向けた。

 しかし、


「させるか!」


「なっ!?」


 強いプレッシャーと共に、何者かが側面から現れる。それはルナの支援に来たメルリアであり、ステラをレイピアで襲う。


「邪魔をする…!」


 あと一歩という場面で邪魔をされたことに憤りつつ、ステラはレイピアの刃先から逃れてみせた。このままルナとの心中を狙おうにも、先にレイピアの餌食になって失敗していただろうし、まだ挽回できると考えたのだ。


「姉様、申し訳ありません。ソイツを逃してしまって……」


「大丈夫、むしろまとめて片付けるチャンスだよ」


「はい、私にお任せを!」


 ルナを背後にして庇う体勢となっているメルリアに対し、エステルは一気に突っ込んでいく。そして、刀をシールドで受け止められながらも強烈なタックルで追撃した。


「うぐっ……」


 後ろにいたルナを巻き込みつつ、メルリアは議事堂の窓を突き破り屋内へと叩き落とされる。普段の万全な状態ならこうも押される事はなかったが、浅いとはいえ負傷していたのが災いしてパワーダウンしていたのだ。

 

「姉様、今です!」


「うん!」


 ステラはメテオールによる集中砲火を仕掛ける。ユニット内の魔力を使い切るように、ありったけの火力を解放して光の奔流が議事堂内部に撃ち込まれていった。

 この猛攻撃によって爆発さえ生じ、ルナとメルリアは炎の中に消えて、議事堂の建物自体が崩れていく。


「これで潰れてくれれば……」


 盛大に煙を撒き散らしながら瓦礫を化した議事堂を見下ろしつつ、ステラは次のターゲットに視線を移す。

 その王宮の傍に佇む巨大な繭には、まだ動きはなかった。

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