第48話 双子に匹敵する力

 ステラの怒りの砲撃によって、ルナとメルリアは議事堂の崩壊に巻き込まれて瓦礫の下に姿を消した。煙と炎が立ち上がり、まるで災害の後のような光景である。

 だが、これで戦いは終わりではなく、ドラゴニア・キメラが変異したと思われる巨大な繭を破壊しなければならない。そうしなければ、この王都のように他の町も滅亡に追いやられてしまうだろう。


「エステル、アレも倒さないとね」


「ですが、近づくのは危険そうですね。あの繭から多数の触手が生えていて、防衛装置として働いているようですので」


「なら、打つ手は一つ」


「私達の必殺技……双星のペンタグラムならば」


 ステラとエステルは向かい合って両手を正面から繋ぎ、お互いの魔力を同調させていく。虹色の淡い光が二人の体を包み込んだ。


「よし、同調は完璧だね。いつも通り、淀みなく」


「こうして姉様の温かさを感じると、生きている事を実感できます。永遠にこうしていたい……」


 しかし、いつまでも相手の魔力を感じ合っている場合ではない。まだ静かな繭も、いずれは覚醒して再び脅威となる時が来るわけで、その前に破壊しなければならないからだ。


「いくよ、エステル!」


「はい、姉様!」


「「双星のペンタグラム!!」」


 繭の真下と真上に巨大な五芒星、ペンタグラムが出現する。強敵相手でも効果抜群なこの技をもってすれば充分に破壊できるだろう。


 しかし、


「なんとッ!?」


 双子の必殺奥義に対抗するように、繭の周辺空間に別の大規模なペンタグラムが出現した。それは上空から降りてくるステラのペンタグラムを下から押さえつけ、激しい干渉波を放射しつつ激突している。


「なんてパワーなの…!」


「わたしとルナの力をナメるなよ」


「メルリア!?」


 倒壊した議事堂の瓦礫に立つ二つの影、それはメルリアとルナだ。ステラの砲撃を受けながらも生きていたらしい。


「あのペンタグラムは貴様達がやったというの!?」


「そうさ。ドラゴニア・キメラはあの繭の中にて、王都中の人間から奪った生命エネルギーを自らに吸収して真の姿を取り戻そうとしている。その邪魔をされるわけにはいかないと言ったろう?」


「やはり魔女の力はダテじゃないか……」


「わたしの力だけじゃない。このシールドのおかげさ」


 メルリアとルナが二人でグリップを握り構える百合の花を模した盾、リスブロンシールド。これはルナが開発したとメルリアが言っていた物で、ステラテルの技を妨害するペンタグラムはどうやらリスブロンシールドを介して出現したらしい。


「心の繋がった二人が魔力を同調させる事によって、このリスブロンシールドは起動する。完全に溶け合った魔力を更に増幅していき、未知なる力を発現するのさ。あのようにね」


 自慢げに語るメルリアが顎をしゃくって示す先、ペンタグラム同士が対消滅するように四散する。


「キミ達はある意味で大したものだよ。わたしとルナがリスブロンシールドを使って発動したペンタグラムと同等に力を発揮できるのだからね。戦闘面に関して言えば、かなりの高性能だ」


「貴様達…!」


 ステラは自らとエステルの絆の技を防がれた事に激しく憤りつつも、反撃の手段は無かった。先程の双星のペンタグラムに残存魔力のほとんどを使ってしまったため、ある程度回復するまでは戦闘を続けられない。

 これは同時に命の危機に直結する。相手を仕留めるとかどうかより、攻撃を防御することも回避することもままならないのだ。

 だが、魔力が枯渇しているのはメルリアとルナも同じであった。ステラテルに対抗するには全力を出す必要があり、彼女達もまた体内の魔力を使い果たしていた。


「さあ、どうする? このまま続けるかい?」


 しかし、メルリアはハッタリをかましてみせる。魔力切れであることをステラテルに悟られないようにしているのだ。


「チッ……」


「まあいい。こちらも一旦退かせてもらう」


 メルリアの瞳に、複数人の退魔師が駆け寄ってくる様子が映っていた。人間が変異した魔物に足止めされていたはずだが、どうやら魔物は討伐してステラテルの助けに現れたのだろう。

 さすがにこの状況では不利と悟ったメルリアはルナを抱えて跳躍、繭の攻撃範囲内に入らないようにしながらも王宮へと退避していく。暴走する繭にとってはメルリアも敵判定であり、触手の探知内には入るわけにはいかない。


「大丈夫か、二人とも」


「ああ、ガネーシュさん。申し訳ありません、繭の破壊には失敗しました……ルナ・ノヴァとメルリアの妨害さえなければ…!」


 駆け付けたガネーシュにステラが事情を説明する。ルナらが裏切り、そのために双星のペンタグラムが防がれてしまったことを。


「なんと……ルナさんはドラゴニア・キメラを失いたくない一心で攻撃してきたのか」


「はい。しかも、アイツと一緒にいるメルリアは魔女なんです」


「まさか魔女が人間と共闘するとはね……信じられないけど、もうこのような状況では何が起きても不思議じゃないか」


「あの魔女とルナの合体技は、わたしとエステルに匹敵する力があります。アイツらを倒さないと繭の破壊はままなりません」


 ステラテルも少しすれば魔力を回復し、再び双星のペンタグラムを発動することも可能になるが、メルリアとルナを放っておけば同じように阻害されるのは目に見えている。

 そのため、まずは叛逆者二人を仕留めなければ事態は進まない。


「だけど追撃しようにも、あの繭が今度は邪魔になるね」


 二人が逃亡したのは王宮内部で、その脇には繭が鎮座している。繭には自動防衛機構が備えられていて、近づく者を周囲に生えている触手で迎撃するのだ。

 メルリアはギリギリで触手の攻撃範囲から外れて待機しており、これを襲撃しようとなれば退魔師にもリスクが発生する。戦闘中に触手の範囲内に入ってしまったら、魔女と繭両方を相手にしなければならなくなってしまう。


「私やカリンも人型魔物との戦闘で消耗しているし、追いかけようにも魔力が……」


「自滅覚悟で特攻するのもアリですが……」


「刺し違える覚悟は大したものだけど、あのデカブツは絶対にここで破壊しないとならないし、少しでも勝率を上げるために一度後退しよう。幸い、魔道管理局の建物は無事だから」


 ガネーシュの指示に頷き、ステラテルは繭を一瞥しながら退く。確かにステラテル、ガネーシュとカリン他の退魔師達も激戦のせいで魔力が枯渇して、もはや追撃戦をやれるだけの体力は無いのだ。

 しかし、繭にいつ動きがあるかは分からない。急かされる気持ちもあるが、ひとまず自分達の回復に努めることにするのであった。






 魔道管理局の建物は中心区の外郭部に存在し、王宮との距離も比較的近いため、その屋上から繭の様子を観察しながら退魔師達はひとまず休息を取る。各地で人型魔物と交戦していた退魔師も合流して、決戦に向けた準備は着実に進められていた。


「この調子ならば、二時間後には総攻撃を掛けられると局長は仰っていました。それまでの間、私と姉様はしっかりと休むようにと」


 戦力の要となるステラテルには、特別に休憩室の一室が貸与された。ベッドなどが簡素に置かれているだけの部屋とはいえ、静かに休息を取るには充分な空間である。


「分かった。そういえば、お婆ちゃんはどうしたんだろう?」


「王都まではカリン・ドミテール達と一緒だったようですが、人型魔物との戦いの最中に行方不明になってしまったようです」


「そうか……人型魔物の数は多かったし、はぐれてしまったんだね。心配ではあるけど、探す時間もない……」


 王都内での乱戦時にガラシアはカリン達と離れ離れになってしまったらしい。若い頃は強者であったガラシアだが、さすがに老いた今となっては現役時代のように戦うのは困難で、かなり心配である。

 だが、ルナやメルリア、ドラゴニア・キメラなどという怪物との決戦が控えているので、街に探しに行きたい気持ちはあっても我慢するしかない。


「こんな事態を引き起こしたルナは絶対に許せない……ノヴァ家の中で迷惑行為を働くならまだしも、沢山の人々を巻き込んで不幸にするなど……」


「姉様、落ち着いてください。今は体も心も休めませんと」


「う、うん。ゴメン……」


 ベッドに腰かけるステラはエステルからお茶の入ったコップを受け取り、怒りで熱を帯びた体を冷やすべく一気に飲み干した。心身の調子を良好にしておかなければ、戦闘前に疲れてしまって継戦能力に支障が出てしまう。


「最近、戦いばかりでゆっくりする時間も少なかったもんね。まあ、あまりノンビリとはしてられないけどもさ……」


「最期のひと時かもしれませんね。だからこそ、大切に使わないと」


 エステルはステラの隣に座り、その手を優しく握る。

 その温もりに癒されながら、ステラはエステルの瞳を見つめ返した。

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