第49話 交じり合う吐息、重なる体温

 再攻撃に備えて僅かな休息を取るステラテル。長時間の激戦で枯渇した魔力と体力を回復しなければドラゴニア・キメラに対して勝ち目は無く、ステラはベッドに横になって一息ついた。


「エステル、おいで」


 ポンポンと枕を叩いてエステルを隣に誘い、元々は一人用の狭いベッドの上で二人は寄り添い合う。至近距離で甘い吐息が混じり合い、姉妹の肉体の境界線さえ曖昧なように感じる。


「私、汗臭くないですかね? 魔道管理局にもお風呂があれば良かったのですが……」


「ううん、全然イイニオイだよ。ずっと嗅いでいたいくらい」


 と、ステラはエステルの髪を手で優しく掬いあげ、鼻に近づけてスゥと香りを楽しむように吸う。その淫靡な動きは見る者を虜にして、実際にエステルはウットリとしながら姉の所作を見ている。


「こうしていられるのも後少し……どっちみち、王都の民が失われた今となっては今後の事を考えられないしね」


 いくら王都という器が残存しても、国民がいなくなってしまっては墓標代わりにしかならない。アストライア王国領土内には併合したいくつかの町や村があるが、もはや王国としての体制を維持するのは不可能だ。なんとか再編をして新たな国家を築くか、他国に吸収されるしか道はない。

 どちらにせよ、最大の障害であるドラゴニア・キメラ、そしてルナやメルリアといった者達を排除しないことには話は始まらない。


「姉様と一緒ならば、別にどこでだって生きていけます。それこそ山の奥地でも谷底であっても。生きてさえいれば……」


「そうだね。わたしもエステルさえいてくれるなら、他には何もいらないよ」


 死んでしまったら一巻の終わりだが、命さえあれば未来を築くことができる。特にステラテルはお互いさえ手の届く範囲にいれば、他に欲望するモノもない。


「唯一のわたしの宝物だもの。本当に大好きだよ」


 ステラは目の前のエステルを抱き寄せ、自らの胸の谷間でエステルの頭を包み込む。柔らかく、温かな感触は極楽そのもので、エステルは自分達を脅かす敵の事など忘れてしまったほどだ。


「私もです、姉様。好きでは収まらないくらい、愛しているといっても過言ではありません」


「ふふ、嬉しいよ」


 上目遣いで好意を示す妹の後頭部を、愛撫の手つきで撫でるステラ。強い包容力も相まって、慈愛の女神のような様相である。


「ああ、姉様のお体たまりません……抱き心地が良過ぎます」


「ふ、太ったのかな…?」


「いえ、そうではありません。ウエスト周りや腕は引き締まりながらも、出るトコロはしっかりがっちり出ていて、最高にえっちな肉付きですよ」


「あ、ありがとう」


 知らない人に言われれば気色悪いだけだが、エステルに言われれば悪い気はしない。かくいうエステルの体型もステラと似ていて、抱き寄せて感触を楽しんでいるのはステラも同じだ。


「ふふ、いつも寝ている時みたいに裸になりますか?」


「そうしたいところだけど、さすがにココではマズいかな。急に呼び出しが来るかもだしさ」


「見せつけてやればいいではありませんか。私と姉様の距離感をね」


「ま、他人の目なんて今更気にしても仕方ないけど」


 こんな非常時なのだから、もはや多少の事では驚きもされないだろう。特にステラテルの仲の良さは魔道管理局に勤めている者なら誰しもが知っているので、裸で抱き合っていようが違和感なく受け入れてもらえそうだ。


「でも……この戦闘服を着ている姉様を押し倒すというのは、別の背徳感のようなものを感じますね」


 エステルはステラを仰向けにして、そのお腹の上に跨る。こうする事で支配欲が刺激され、首輪もあれば完璧だなとエステルは思う。


「姉様をこういう風に押し倒したいと欲望する者は多いでしょうが……実際にヤレるのは私だけ……」


「エステル以外に好き放題されるのはイヤだしね」


 幼い頃から体を弄られてきたからこそ、ステラは身持ちが硬いというか、あまり触れさせるような気安さはない。それこそエステルにのみ全てを許しているのである。


「なら時間の限り、私の好きにさせて頂いても?」


「いいよ」


 ステラは大の字になって完全な無防備状態となった。まるで恋人相手に身を委ねるような体勢で、見る者の理性を破壊する色っぽさを醸し出している。

 そんな姉の頬に手を滑らせるエステルは、これから来たるべき決戦を生き残るための元気成分をステラから吸い取るように額を合わせ、体温と魔力を共有して一つへと溶け合う感覚を味わうのであった。






 それから約二時間後、ベッドの軋む音と二人から放たれる熱気が満ちていた部屋は静まり返っていた。出撃の時が間近に迫っており、ステラテルは局長を探して管理局のロビーへと降りていたのだ。


「局長、もう間もなくですね」


「あら、ステラにエステル。魔力のほうは回復できたのかい?」


「はい、お気遣いいただきありがとうございます。わたし達の準備は万全ですよ」


「それは良かった。お肌もツヤがあって体調面も大丈夫そうだね」


「ええ、エステルに…イロイロと気持ちよくしてもらいましたから」


 と、妙にスッキリとした表情のステラがニヤけながら言う。休憩中の彼女達が一体ナニをしていたのかはともかく、今後の戦闘に挑むための調整は万全のようだ。


「またルナらが妨害をしてくるだろうけど、いけるね?」


「問題ありません。管理局の退魔師として、やるべき事をするだけです。あの繭の破壊を第一目標にし、邪魔だてする敵は全て排除します」


「キミ達には本当に苦労をかけるね。頼り切ってしまってすまない……」


「いえ、わたしの力を活かせる場が戦場ならば役立てるだけですもの。それに、エステルを守るために戦うと決意したので」


 自らに宿る特殊な力は、戦いの場以外で活用できるフィールドは無い。退魔師という職は天職とも言えるものだ。

 ステラは自分の生まれの経緯を呪いながらも、こうして現世にいる以上は利用するつもりであった。


「繭に動きがない今こそ、この場に集まった百人規模の退魔師によって総攻撃を仕掛ける。そうすれば、さすがのルナやメルリアにも止められないだろうし、キミ達が必殺の一撃を叩きこむ隙もできるだろう」


「では、行ってきますね。局長はココで俯瞰しながら戦況の把握をお願いします。もし異常があればお知らせください」


「ええ、老いぼれていなければ現場に立ちたいところだけど、これでは皆の足を引っ張ってしまうだけだからね……いいかい、絶対に生きて帰ってくるんだよ」


「必ず。まだエステルとしたい事や経験したい事がありますから」


 ウインクしてそう言葉を返すステラは、約百人の退魔師達によって形成された軍勢の先頭に立ち、魔道管理局の施設を発つ。目標地点である王宮との距離は近いので、それほど苦労する進軍ではないが、退魔師達は不安と闘志の入り混じった複雑な心持ちのまま歩を進めていく。


「アンタ達が繭を破壊する役割を担っているようだけれど、ちんたらしてるとコッチが手柄を奪ってやるんだから」


「カリン・ドミテール、別に私は戦果を競い合ってはいないと言ったでしょう? アナタがアレをブッ壊してくれても構わないのよ」


「ガラシア様の孫だというのに活力がないというか、なんというか……ああ、ガラシア様はドコに行ってしまわれたのでしょう……」


 カリンはいつも通りエステルに突っかかりつつも、依然として行方不明のガラシアの心配をしていた。いくら年取っているとはいえ、かつては王国最強クラスとも謳われた猛者である彼女が簡単に死ぬとは誰も思っていないが、それでも生死が分からない状況では”もしも”の事態も覚悟しなければならない。

 祖母を心配する気持ちはステラテルも同じであるものの、口にはせず今は生存を信じるしかなかった。


「ん、敵に動きがある…?」


 先行するステラは、繭が不気味に振動しているのを目撃した。各部にヒビが入り、幼虫から羽化する直前のような状態だ。


「眷属にしていた人型魔物を失った現状では、接近する我々を迎撃するために自ら戦場に立つつもりなのでしょうね」


 数千にも及んだ人型魔物は、退魔師の活躍で全滅していた。圧倒的に物量差で勝っていたものの、まさに決死の覚悟で戦う歴戦の戦士の軍に敗れたのである。

 配下の戦力を失ったドラゴニア・キメラは、いよいよ出陣を決意したようだ。


「繭が裂ける…!」


 バリバリと千切るような音を立て、巨大な繭が崩壊していく。地面に欠片と触手を撒き散らし、瓦礫のような山を積み上げながら。

 その中から現れたのは魔龍種そのもののシルエットで、以前よりも精悍な出で立ちとなっていた。王都中の人間から吸い上げた生命エネルギーを吸収したことにより、元の姿に近しい状態になったのだろう。

 だが、完璧な復活とは言えないようだ。一部の外殻は失われたままで、ボロボロに歪んだ皮膚部分も見受けられた。


「今度こそ仕留める!」


 再び相まみえた邪気を前に、ステラは突撃を敢行する…!

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