第50話 野望成就の時
繭を突き破って姿を現した新生ドラゴニア・キメラに対し、百数人の退魔師達が武器を構えながら立ち向かっていく。相手は恐ろしい邪気と殺気を纏っていて、普段ならば足が竦んでしまうところだが、王都を破滅に追いやった怨敵に対して誰も退かない。
「ヤツはココで倒すぞ! ステラテルに続け!」
局長に代わって前線指揮を執るガネーシュは、自らの魔弓による射撃を開戦の号砲とし仲間達を鼓舞する。
「相手は一体なんだから、包囲して潰してしまえば……なんだ!?」
ガネーシュが驚くのも無理はなく、ドラゴニア・キメラの足元に積もった繭の残骸が急に動き始めたのだ。もはやタダのゴミで無意味な存在としか思えなかったのだが、
「アレは魔物に変化していっているのか?」
無数の繭の残骸は、四足歩行型の獣のような姿を次々に形作っていく。まるで魔龍を二メートル程に小型化したかような外観で、背中には繭の周囲を覆っていた触手を背負っている。
その触手の先端は魔道砲の砲口となっており、接近してくる退魔師達に向けて魔弾を発射してきた。
「チッ! あんな風に魔物を増やす手段もあるなんて」
生み出される魔物の数はドンドン増えていき、やがて繭の残骸全てが変異して立ちはだかる。総数は二百体を優に超えており、あっという間に退魔師側を上回っていた。
「ドラゴニア・キメラは目前なのに!」
魔物は退魔師を排除するべく進撃を開始し、王宮の手前にある広場は瞬く間に戦場と化す。魔弾や刃が入り乱れ、怒号と断末魔が響き渡る。
「ステラテル、ここは我々に任せて! 二人はドラゴニア・キメラを!」
「ガネーシュさん、でも!」
「ヤツに有効打を与えられるのはキミ達だけだ! 繭から変化した魔物はどうにかするから、行け! カリンは二人の前に立ち塞がる敵の露払いを!」
「了解です!」
ステラはガネーシュらに魔物の撃破を託し、エステルを引き連れて広場を通り抜ける。背後から二人に追いすがろうとした魔物もいたが、それらはガネーシュによって叩き落とされていった。
「きちんとキメてきなさいよね! 手柄は譲ってやるんだから!」
ステラテルの進む道を塞ごうとする魔物をカリンが切り捨てて、敵味方が入り乱れる戦場に活路を作り出す。ドラゴニア・キメラと全力で戦うためには雑魚相手に消耗するわけにいかず、だからこそカリンが対処して二人を護衛しているのだ。
「任せなさい、カリン・ドミテール。アナタが道を切り拓いてくれているのだから、それは無駄にはしないと誓うわよ。ま、私の手に掛かればあんなの瞬殺してやるから」
「そういう自信があるところ、嫌いじゃないわ。ともかく、きちんとアンタ達をデカブツのもとまで送り届けてやる!」
カリンはほとんど一方的にエステルをライバル視しているが、同時に実力を認めてもいた。自分と渡り合えるだけの技量を持ち、だからこそ強敵を任せられると。
そうしてカリンの先導を受け、ステラテルはドラゴニア・キメラを捉えられる距離まで近づいた。
「ドラゴニア・キメラは動いていない…?」
「姉様、頭部にメルリアが!」
肝心のドラゴニア・キメラは動きを止めたままで、攻撃をしてくる兆候はなかった。というのも、いつの間にか頭部の上にメルリアが立ち、頭頂部のコックピットハッチを破壊していたためである。
「コイツのコントロール権は返してもらうよ」
コックピット内で廃人と化していた女王を引きずり出し、メルリアは操縦桿代わりの杖を手にした。
「ほう……繭の中である程度肉体の再生を行っていたようだけど、退魔師を迎え撃つために中途半端な状態で出てきたのか」
本来ならば再生と肉体改造にもう少し時間が必要であったのだが、接近する敵を迎撃するために途中で再生を中断して姿を現したのだ。そのせいで不調なままの箇所もあり、全身に魔力を漲らせて身体機能を戦闘レベルに引き上げるには、操縦者のメルリアが調整を行わなければならない。これは兵器としての名残が残っているせいであった。
「ルナ、コイツの調整のために時間を稼いでほしい。キミに無茶をさせてしまうけど……」
「任せて、メルリア。私達の未来のためにも全力でやるわ」
「魔物を護衛に付けるよ」
ドラゴニア・キメラの前に浮遊するルナは、繭から生まれ出た魔物と共にステラテル、そしてカリンへと襲い掛かる。
「こうも邪魔だてをするなど! さっさとくたばってしまいなさいよ!」
「貴様こそ!」
ステラはメテオール・ユニット九機をベルトから射出し、脳波による遠隔操作をしてルナを狙い撃ちにする。それら小型の結晶体から飛び出す魔弾は光跡を残し、ルナに迫りゆくが、
「甘いわね!」
ルナもまたメテオール・ユニットでカウンター攻撃を行い、自身に向かってくる魔弾を叩き落とす。
「魔物はあたしがやるから、アンタはステラを助けてやりなさい」
「ええ、頼むわね」
エステルはカリンに促され、翼で上昇してルナに斬りかかった。こうして姉妹による挟撃をしてしまえば、さすがのルナであっても防戦一方にならざるを得ない。
「終わりよ、ルナ・ノヴァ。姉様の心を痛めつけるアナタには消えてもらうわ」
「出来損ないの人形風情が、よくもほざいたわね!」
「ふ、自らが命を吹き込んだ生物兵器に追い込まれるのは屈辱でしょうね?」
ルナの射撃を上手く回避しながら、一気に肉薄していく。姉による支援もあって、戦闘のアドバンテージは確実に姉妹側に傾いていた。
そんなルナの苦戦を見てとったメルリアは、杖によってコントロールしているドラゴニア・キメラの準備がようやく整ったことを確認した。体内中核部から流れる魔力が全身に渡り、いよいよ本当の目覚めの時を迎えたのだ。
「ルナ、待っていてくれ。今すぐキミを助け……」
メルリアはドラゴニア・キメラの攻撃でステラテルを排除しようとした。
しかし、命令を下す前に自身の意識が揺らいでコントロールどころではなくなってしまった。
「…何ッ!?」
「ご苦労だったな。あとは、ワタシが引き継がせてもらう」
「ガラシア…?」
ドラゴニア・キメラの頭部、コックピットブロックの近くに立ってメルリアを見下していたのはガラシアだ。彼女が投擲したナイフがメルリアの胴体に突き刺さり、血が溢れ出す。
密かにドラゴニア・キメラを獲得するべく、ガラシアは戦闘のどさくさに紛れて行方をくらましていたのだ。そうして繭に接近し、事態の推移を見守っていたのである。
やがてドラゴニア・キメラの調整をメルリアが行い、遂に本性を表して乗っ取ろうと画策していた。
「最初からこうするつもりだったのさ。ドラゴニア・キメラさえ完成すれば他には何もいらん。オマエ達のような目障りな者もな」
「クソッ…!」
メルリアはレイピアと盾を装備し、ガラシアに挑みかかる。
しかし、負傷していたことが災いして普段の精彩な動きではなかった。
「そんなではな!」
狙いの甘いレイピアの一撃を容易に回避したガラシアは、メルリアの脇腹に刺さっていたナイフを掴み、一気に振り抜いて胴体と胸部を大きく切断する。
いくら生命力の高い魔女であっても、これはさすがに致命傷だ。しかも、トドメとばかりに頭部にナイフを突き刺され、メルリアの意識は無に還ってドラゴニア・キメラの頭部から転落して地面へと激突した。
「メルリア!? いやぁぁぁああああ!!」
そんなパートナーの最期を目撃したルナは正気を失い、もはや理性やら冷静な思考を捨てて狂気に身を任せる。完全に精神が壊れて、少し前のドラゴニア・キメラのような暴走状態に陥っていた。
「お婆ちゃんが魔女を倒してくれた…?」
ステラの視点では、ガラシアがメルリアの不意を突いて討伐したようにしか見えておらず、まさかドラゴニア・キメラを独占しようとしての行動だとは想像も出来ない。
「エステル! 危ない!」
ルナのメテオールは周囲に魔弾を撒き散らしながら飛び交い、その内の一機がエステルへと接近していく。もはや意思のない殺戮マシーンと化したメテオールの機動は予測できず、エステルであっても対処は困難だ。
「エステルをやらせるわけには!」
ステラはルナ・ノヴァに火線を集中させる。メテオールの操り主を倒すしか、この事態を収める方法がなかった。
そして、
「うぐ…ぅあぁああ……」
ルナの全身にステラのメテオールから放たれた魔弾が直撃し、風穴を開けた。目を真開き血反吐を吐きながら、呻くようにしてメルリアの近くへと落着していく。
「エステル、傷は無い?」
「はい、私は平気です。姉様、ルナは……」
ステラとエステルは降下し、ルナとメルリアが倒れている地点へと降り立つ。二人は数分前までは強敵として立ちはだかった敵だが、メルリアは既に息絶え、ルナも死にかけていた。
「私は……ただメルリアと永遠に生きたかっただけなのに……」
「その気持ちは分かるけど、こうも道を踏み外さなければ……そうすれば、アナタとは本当に親子になれていたかもしれない」
「親子、ね……ガラシアに裏切られた今となっては、血の繋がりなど虚しいわ……」
ルナはメルリアに寄り添いながら、手元に落ちていたリスブロンシールドを手繰り寄せてステラへと転がす。
「なんのつもり?」
「コレは私が製作した、心の繋がった者同士が使うことで真価を発揮する盾……アナタとエステルなら、私とメルリアのように使えるでしょうね……」
「どうしてわたし達に?」
「母親面をするわけじゃないわよ……私が生み出したステラテル、そしてリスブロンシールドという兵器がどのような相乗効果をもたらすか知りたかったのよ……ふふふ、これでデータを取って今後の研究に……私と、メルリアの……」
だが、ルナが自らの手によって世に生み出した兵器達から得たデータを活かす場は二度と来ない。薄れゆく意識の中で妄想のような幻覚を見つつ、メルリアの手を握った直後に事切れて目を閉じた。
「…姉様、いきましょう。ドラゴニア・キメラを処分しなければ」
エステルは近くに立つドラゴニア・キメラの巨体を見上げつつ、最後の仕上げに取り掛かるべく魔力を漲らせる。双星のペンタグラムを発動し、今度こそ消滅させようとしているのだ。
しかし、そんなステラテルを見下ろすガラシアは、杖を通じて魔龍型兵器のコントロールを獲得しながら不敵に微笑んでいた。
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