第51話 ノヴァ家と生物兵器達

 ステラはエステルとの連携技、双星のペンタグラムを使ってドラゴニア・キメラを討伐すべく魔力を籠めようとした。双子姉妹の体を淡い光が包み込み、大規模魔法陣を展開する準備を整える。

 だが、そのドラゴニア・キメラの頭部コックピットに収まる祖母ガラシアを見て、一度攻撃の手を止めた。


「お婆ちゃん、一体何を…?」


「悪いがね、この魔道兵器は壊させるわけにはいかないんだよ」


「でも、この魔龍型の兵器は危険過ぎる存在なんだ! 破壊しないと、また暴走して他の町を襲うかもしれない!」


「ワタシが扱えば暴走などせんわ」


 コックピット内に杖を差し込み、ガラシアは自らの思考とドラゴニア・キメラを同期させる。意識が拡張されていく感覚を感じ、魔龍型兵器と同化していくのだ。


「才能の無い女王は、これで精神を崩壊させたが……ワタシは同じようにはならん」


 強靭な精神力と、高度な脳処理能力の無い者がドラゴニア・キメラと精神同調を行った場合、女王のように気が狂って暴走状態となり操縦の主導権を失ってしまう。

 だが、ガラシアは違った。強い意思で屈服させるようにドラゴニア・キメラの全てを支配下に置いたのだ。


「もともと魔龍種だったコレを完全に解析出来れば永遠の命に近づける。もう老いに恐怖する事はない!」


「お婆ちゃん……」


「やがては世界そのものをワタシの実験場にしてやるわ。この星も、宇宙だって解明し、常識も理論も超えた生命体として君臨する……ワタシの目指す不老不死の第一歩なのだよ、コレは!」


 興奮気味に夢を語るガラシアの目は充血し、頬も紅潮していた。老いた彼女の声帯から若かりし頃のような張りのある叫び声が放たれ、荒廃した王宮広場に響き渡る。


「ステラテル、オマエ達もワタシの実験材料としてやろう。そのためにワザワザ今まで面倒を見てやったのだからな」


「なに…っ!?」


「でなければ、人工生命などという気色の悪い存在と家族ゴッコなどするものかい」


「そんな気持ちで今まで!」


 ステラは、祖母の言葉を信じたくはなかった。幼い頃から慕っていた相手がこのような本心を抱いていたなど……

 挫けてしまったステラは地面に膝をつき、もはや涙すらもなく目から生気が消えていく。


「アンタを本当に尊敬していたのに見損なったわ! ガラシア・ノヴァなら、なんでそんな事を言うの!?」


 と、激怒して怒鳴り声を上げるのはカリンだ。彼女はガラシアを敬愛し、ステラテルを差し置いて後継者を名乗ろうと画策していたほどなのに、このような人の心の無い言動を聞いて心底軽蔑しているようであった。


「貴様の心からの尊敬にはどうもありがとう。だがね、勝手に憧れておいて、理想と違ったからと非難するなど迷惑なんだよ!」


「迷惑行為を働こうとしているのはアンタでしょ! アンタが夢を追うのは自由だけど、周囲を不幸にするやり方なんてヤメなさいよ!」


「不幸なのは、貴様達のような能無しが偉人の邪魔をすることだ。ワタシはね、誰も成し得なかった偉業に挑む者なのだよ。それを阻む貴様達こそ排除されなければならない」


 ガラシアは問答無用と、ドラゴニア・キメラの魔力を充填していく。このままでは、間もなく攻撃が開始されるであろう。


「…お婆ちゃん、このドラゴニア・キメラは魔物が好む魔素を放っていると魔女パラニアが言っていた……コイツを破壊しないと、アストライア王国を見舞ったような悲劇は終わらないんだよ…?」


 エステルに支えながら立ち上がるステラは、震える声でガラシアに訴えかける。パラニアが語っていた特異魔素の発生源は目の前の巨影であり、アストライア王国を苦しめた元凶なのだ。


「どれほどの犠牲が出ようが知ったことか。むしろ、生命として魅力のある魔物を研究するにはうってつけだよ」


 もうガラシアに何を言っても無駄なようだ。自分の考え方を曲げる気などなく、他者の意見など受け入れない姿勢である。


「さあ、そこをどけ」


「……現時点をもって、ガラシア・ノヴァを討伐対象とする。ルナ・ノヴァらと共に叛逆者とみなし、やむを得ないが攻撃を行う」


 そう宣言したステラは、メテオール・ユニットを射出してドラゴニア・キメラの頭部へ殺到させる。胴体部は頑強でダメージが通りにくいので、操縦者である祖母を殺害して機能を停止させるという考えであった。


「恩を仇で返すなど!」


 しかし、ガラシアはステラの狙いなどお見通しだ。コックピットハッチが失われているために露天状態だが、その弱点となる部位に魔力障壁を展開したのである。


「簡単にやられはせんよ! ワタシ自身の力で弾いてみせる!」 


 半透明のバリアとも言うべき障壁によって、ステラのメテオールから放たれる魔弾を防ぎ切る。これはドラゴニア・キメラの能力というより、ガラシアの魔力を用いた技のようだ。


「お任せください、姉様。あの魔力障壁は私が斬りつけて破壊してやりますよ」


「エステル、お婆ちゃんが相手だけど、やれるね?」


「悲しいという気持ちはありますが、私と姉様の障害となるのであれば容赦はしません。それに、アレはもう祖母ではない。魔龍に魂を売った化け物です」


 エステルにとってもガラシアは姉の次に大切な存在ではあったが、こうして敵となるのであれば話は変わってくる。もはや親族とは思えず、倒すべき対象でしかない。

 魔力の翼で上昇するエステルは、ドラゴニア・キメラの背中から伸びる触手を躱しつつ、頭部へと迫っていく。


「悪いけれど、ここで死んでもらうわ」


「エステル……オマエも妨害するのか」


「姉様の敵は私の敵。そもそも、姉様に対して無礼な物言いをしたアナタを許すワケがないでしょう?」


「そんなにステラが好きなのか!?」


「好きだからこうしている!」


「そういうところが気持ち悪いんだよ!」


 接近をさせまいと、ガラシアはドラゴニア・キメラの翼を動かして離陸する。コントロールは多少ピーキーではあったものの、エステルを遠ざけつつ触手から魔弾を発射して迎撃した。


「しかも、こういう攻撃も出来る!」


 ガラシアが視線を送る先は上空の魔法陣。王都全体を覆う規模に広がるこの魔法陣もガラシアの支配下に置かれていて、ドラゴニア・キメラを通じて何か指令を送ったようだ。

 その直後、魔法陣が赤く発光し、雨あられの如く魔弾が王都へと降り注ぐ。


「なにッ!?」


「ふははは! この威力を前にすればオマエ達とて!」


 エステルは急降下しつつ回避して、避けきれないと判断した魔弾に対しては刀で防御する。さすがの反射神経ではあるが、一発が足を掠めて戦闘服を焦がした。


「姉様は!?」


 ようやく魔弾の雨が終わり、なんとかやり過ごしたエステルは地上にいる姉を探す。


「無事のようだけど、カリン・ドミテールが…?」


 ステラに抱えられているカリンは、直撃こそしなかったものの魔弾の爆発に巻き込まれて怪我をしているようだ。腹部を手で押さえ、苦しそうに顔を歪めている。


「カリンちゃん、大丈夫!?」


「しくじったわ…あんなに激しいのをやってくるとはね」


「エステル、わたしはカリンちゃんを背負ってガネーシュさん達のもとに送り届ける。そうして王都から退避をしてもらってから、コッチも本気でヤツに挑むよ」


 と、エステルに叫び、ステラはカリンを背負ってガネーシュらが戦っていた地点へと走り出す。恐らくは、ソチラでも多数の負傷者が出ているだろうし、もはやドラゴニア・キメラとマトモに戦えるのはステラテルのみだろう。


「分かりました。その間、ガラシアの気は私が引いておきます」


 頷くエステルは再び上昇して、ドラゴニア・キメラに対して突撃していく。


「アンタ、どうするつもりなの? いくらステラテルといっても、あんな化け物を倒すには二人きりなんて無理よ」


「でも、やるしかない。それにね、わたしには考えがあるんだ」


「どうすんの?」


「ルナ・ノヴァが残したリスブロン・シールドを使うの。コレは、心の繋がったパートナー同士で使うと、お互いの魔力を同調させて未知なる力を発揮するのよ。実際に、このシールドを介してルナとメルリアはわたし達の双星のペンタグラムを防ぐほどの魔法陣を展開してみせた」


 リスブロン・シールドの性能を熟知しているわけではないが、ルナらの例を見ればタダモノではないと分かる。それを応用し、自分達で有効活用すればドラゴニア・キメラにも充分に対抗可能だと考えたのだ。


「わたしとエステルは相性がいいから、魔力の同調率も高いの」


「だから双星のペンタグラムなんて大技だって出せるんだもんね」


「魔力の性質も普通の退魔師とは異なるし、そのわたし達がリスブロン・シールドで力をブーストさせれば、あの魔龍みたいなヤツだって撃破できるはず。まあ確証は無いんだケドね」


 不確定要素が強いため、確実な作戦とはならない。しかし、亡き母親が残した遺産に懸けるしかないのが現状である。


「生物兵器として生み出されたわたしと、そのわたしを支援するためにコピーされたエステル……そこに加わる特殊兵装の真価を発揮する時だ」


 カリンを背負いながら走るステラは、ガネーシュや友軍の退魔師の姿を捉える。魔物を殲滅することには成功したものの、彼女達も疲労やダメージのせいで戦闘継続は不可能な状態のようだ。

 こうなれば、やはり自分とエステルで全てを終わらせなければならないと、ステラはこれまでにない程の覚悟を決めていた。

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