双星のペンタグラム ～王国最強の退魔師コンビは双子姉妹【しっかり者の姉とシスコン妹】～

第52話 双星のペンタグラム

　ステラは怪我をしたカリンをガネーシュに託し、エステルを支援するべく戦場へと戻ろうと魔力の翼を背中から展開する。激しい空中戦をしている両者に追従出来るのは、この場ではもうステラ以外にはいなかった。

「ガネーシュさん達は王都の外へ退避していてください」

「どうするんだ？　いくらなんでもキミ達でアレを仕留めるのは……」

「勝てる可能性はあります。このリスブロン・シールドでわたしとエステルの必殺技の威力を増幅させれば……しかし、どれ程の威力となるか分かりません。制御不能となって王都にも大きな被害を生みだすかもしれない。だから、皆さんには少しでも距離を取っていてほしいんです」

　ただでさえ広範囲に大規模な魔法陣を展開し、巨大な魔物さえ潰してしまう威力を持つのが双星のペンタグラムなのだ。そこにリスブロン・シールドの魔力増幅機能が加わって、それこそ未知なる攻撃力を発揮するだろう。

　だが、これはリスクも伴う。ステラの予想も出来ない威力となれば、どれくらいの範囲を巻き込んでしまうかも分からない。

「キミ達が安心して技を使うためにも、か」

「ガネーシュ先輩、ここはステラ・ノヴァの言う通りにしましょう」

「…そうだな。ステラ、わたし達は王都の外に出る。だから全開で双星のペンタグラムを使い、あの化け物を倒してくれ」

　ガネーシュの言葉にステラは頷き、地面を蹴って飛翔していく。目指すは最愛の妹が舞う空域だ。

「エステル、待たせたね」

　ドラゴニア・キメラの魔弾を高速機動で回避するエステルの支援に入り、ステラはメテオール・ユニットを射出して敵を砲撃する。ドラゴニア・キメラの背中から生える多数の触手さえ破壊してしまえば、ある程度は攻撃手段を塞ぐことができるはずだ。

「そこだ！」

　巨体に近づいたメテオールは、ステラの意思に導かれて触手を打ち砕いていく。ドラゴニア・キメラは本体の防御力こそ無敵にも思える硬さであるが、触手自体は並みの魔物程度の耐久性しかなく、次々と消し炭になっていった。

「ステラめ…！」

　魔龍の体は巨大で重量がある故に旋回性能が低く、後方から至近距離まで迫って来た敵へと振り向くには動きが緩慢だ。だからこそ、触手のように全方位に顔を向けられる武器を装備して自衛に用いていたのである。

　ガラシアはメテオールの小賢しい機動に苛立ちながらも、次なる手段を講じる。大きな翼をはためかせ、圧倒的な風圧でメテオールを振り払ったのだ。

「やはり厄介なのはステラだね……オマエの力、もっと有効活用できるはずなのに！」

「有効活用をしている！　こうして、わたし達の敵を倒すためにも！」

　言い返すステラであったが、このままの消耗戦は避けたいところであった。魔力を失えば必殺技どころではなくなるし、そもそもドラゴニア・キメラという魔龍種ベースの兵器とでは保有魔力量が違う。戦闘が長引けば、完全に不利なのはステラテルだ。

「リスブロンシールド……やってみるか」

「姉様？」

「エステル、このシールドのグリップを握って！」

　ステラが手に持つリスブロンシールド背面のグリップを、エステルも同じように握る。そして、両者は双星のペンタグラムを発動する時のように、シールドに対して魔力を流して同調させた。

「こうやって使うモノらしいけど……」

「何か大きな力を感じますね」

　純白のリスブロンシールドは、魔力に反応するように徐々に虹色の光を帯びていく。

「なんなのだ！？　そんな小手先だけの武器と技で、このドラゴニア・キメラを倒せるものか！！」

　ガラシアもまたドラゴニア・キメラの感覚器官を通じ、ステラテルの周囲から創出されるナゾの力を感じ取っていた。

　明らかに厄介そうだと、ドラゴニア・キメラの体内魔力を動員し口へと集中させる。

「散れ、忌み子どもめ！」

　魔力は大きな火球へと変換され、太陽のように王都や大地を照らす。しかも、距離が離れているにも関わらず灼熱が周囲を襲って、建物の屋上が融解するほどであった。

　この全力全開の必殺技を、忌み子とまで蔑んだステラテル達目掛けて発射した。

「姉様…！」

「防げるか…？　何！？」

　もはや回避もままならないと、ステラはリスブロンシールドに懸ける。だが、盾とは言え上半身を隠すくらいが精一杯の大きさで、とても二人の人間を守れるとは思えなかった。

　しかしステラの想像を超えて、シールドに纏っていた虹色の閃光が放射されて二人の体を包み込んだ。

「なんだろう、この温かさは…？」

　光に包まれたステラは、心の底からホッとするような安心感を感じていた。目の前には巨大な火球が迫っていたのだが、その火球の脅威を忘れられるくらいのものである。

「エステル、無事？」

「はい、私達は光の防壁に守られているようですね」

　ステラの隣に浮かぶエステルも何が起きたのかを正確には理解しておらず、自分達はシールドが生み出したバリアのようなフィールドに守られているのだなと想像する。

　実際にはタダのバリアなどではなかったのだが。

「なんだ！？　大きな百合の蕾が浮いている！？」

　その現象を間近で目撃したガラシアは驚愕して目を真開いていた。というのも、植物の白百合のような蕾がステラテル達の居た位置に浮遊していたのだ。

　しかも全高五メートルにも及ぶ蕾は、ゆっくりと開花していく。

「どういうんだ…！？」

　空中に咲く満開の百合の花、その中央部には大きな窪みがあって、ステラテルの二人が手を繋ぎ発光している。

　これは二人の魔力が共鳴し、リスブロンシールドという兵装が力を増幅させて起きた神秘なのだろうか。

　ルナも想定していなかったような現象が引き起こされてガラシアも動揺を隠せなかったが、すぐに意識を切り替えてドラゴニア・キメラの能力を引き出そうと同調率を強めた。

「う、ぐ……キサマら、ヨクもこんなフザけた事ヲ…！」

「お婆ちゃん、それ以上無理をすると、いよいよ魔龍に取り込まれて人間に戻れなくなるよ」

「ダマれ！　ワタシは…クックック……」

　血の涙を流すガラシアの様子はどんどんオカシクなっていく。目の焦点も合わなくなっていくし、皮膚が干からびてシワが深くなっているのだ。

「もはや人のカタチを捨ててしまっている……こうなれば、倒す他に選択肢は無いな」

「フフ、ククク……人間がモウ一度倒せるカ？　このワタシヲ！」

「何を言って…？　ドラゴニア・キメラの残留思念か？」

　ガラシアの口から出る言葉は、ドラゴニア・キメラの言い様に聞こえた。この新型兵器のベースとなった魔龍種の思念が肉体が死した後も残っていて、ガラシアに憑りついているのだと。

「消えサレ！」

　再び火球が形成されて、百合の花に叩きこまれる。最初の一発にも匹敵する大火力の攻撃であるが、

「花が守ってくれた！」

　花には一切のキズは無く、前方に現れた光の膜が火球を弾いたのだ。

　その様子を見たステラは勝負を決めるべく、エステルを抱き寄せて体内の魔力全てを解放した。

「エステル、今ならアイツに勝てる！　一気に終わらせよう、ノヴァ家の因縁を！」

「はい、姉様！」

　エステルも同じように魔力を放出する。

　と、王都全域を囲うように、上空と地面に双星のペンタグラム発動時と同様の五芒星型魔法陣が現れたのだ。

「なンダ？　コの魔法陣ハ？」

　ドラゴニア・キメラは強大なプレッシャーを感じ取り、本能的に危機的な状況に置かれていると察知する。そして生存本能に従い、王都からの脱出を試みた。

「逃がしはしないわ！」

　ここで逃走を許してしまえば、もう二度と追い詰めるチャンスは来ないかもしれない。いくらリスブロンシールドを持っているとはいえ、同じような能力を再現出来るという保証はないのだ。

　エステルが地面に描かれたペンタグラムを操作し、強い重力を発生させる。空間をも歪ますほどの規模で、ステラテルを守護する百合の花以外は影響を受けた。

「シマッタ…！」

　当然ながらドラゴニア・キメラも無事では済まない。魔龍種の対魔力性能を上回る威力を受け翼の動きを封じられて、そのまま地面へと墜落していった。

「この一撃で…！」

　次にステラが上空のペンタグラムを降下させる。ドラゴニア・キメラの展開した赤褐色の魔法陣を余波で破壊しつつ、大地へと迫っていった。

　百合の花は王都から引き下がり、直後、全てを呑み込む勢いで地面のスレスレまで近づいた。

　が、

「マダダ！　マだ終わッテない！」

　ドラゴニア・キメラもフルパワーでペンタグラムを迎えうった。全身から魔力を放出して、ペンタグラムに激突させて直撃を防ごうとしているのである。

「ワタシの夢を……再ビ世ニ戻レル機会ヲ……小娘めガぁァ！！」

　ガラシア、ドラゴニア・キメラの意識が完全に同調して怒りの咆哮を上げた。地獄からの怨念を体現したかのような恐ろしい声は、しかし双子に届くことはない。

　徐々に押し負けて、遂にペンタグラムはドラゴニア・キメラの防御を突破した。

「あァ……」

　頭部コックピットに立っていたガラシアは真っ先に潰され、一瞬にして肉体が消失した。更にドラゴニア・キメラの本体もひしゃげ、ようやく再生されたばかりの巨体も塵へと還っていく。

　これが激闘を終わらせる決定打となり、ようやく戦闘音が鳴りやんだ。

　それから暫くの後、荒野にて。

「姉様、王国が壊滅して以来の、久しぶりの魔物狩りですが体調などは問題ありませんか？」

「ふふ、大丈夫だよ。多少ナマなってるかもだけど、こんなところで負けたりしない。せっかくあの惨劇をエステルと共に生き残ったんだし、まだまだ一緒にいたいからね」

「ですね。添い遂げて最期の時を迎えるには早すぎます。姉様ともっとイチャイチャするためにも、頑張らねば！」

　そう意気込むエステルを伴い、ステラは自分達の前方にある丘を越えて突撃してくる魔物を見据える。かなりの大型種であるが、魔龍ベースの強敵を倒した今となっては恐怖する相手ではなかった。

「あの程度であれば余裕だね」

　ドラゴニア・キメラを討伐したとはいえ、魔物がいなくなったわけではない。人間の脅威として立ちはだかり、この世界にいる限りは無視できない存在なのだ。

　だが、この先も続くであろう魔物との戦いを想像しても、ステラテルは悲観はしていない。誰よりも信頼している唯一無二のパートナーとならば、どんな苦難をも乗り越えられると信じている。

「始めるよ、エステル」

「お任せください、姉様」

　ステラテルの魔力が同調を開始し、光を纏っていった。

「「双星のペンタグラム！！」」

　一撃必殺の奥義が荒野に炸裂して、一対の五芒星が魔物を粉砕していく。

　煌めく星の輝きは巻き上がる粉塵の中に消えて、もう、見えなかった。