第38話 新型魔道兵器、ドラゴニア・キメラ
翌日、ステラテルを筆頭とした遊撃隊の面々は王都の近くに佇む森林地帯へと足を運んでいた。ここで新型の魔道兵器、ドラゴニア・キメラの稼働実験が行われ、それの護衛を務めるのが今回の任務内容である。
「でも、なんでこんな森の中でやるのでしょう?」
「人目につかないからという理由じゃないかな? いずれは国民にも披露するんだろうけど、実験段階では秘匿しておきたいのかもね」
ステラの疑問にガネーシュが推測で答える。この場に居る退魔師の誰も実験の詳細を伝えられていないので、ともかく事が始まらなければ何も分からなかった。
森の中心部まで到達すると、魔道研究所の面々が控えているのが見えた。
「お婆ちゃんは…いないのか」
「ガラシア様が実験のことを局長やキミに伝えたのだよね?」
てっきりガラシアがいるものと思ったのだが、研究員達の中にその姿はない。ついでにルナも探してみたものの、彼女もいないようだ。
ルナに会う事をストレスに感じていたステラがホッとしていると、研究員の一人が退魔師達に近づいてきた。
「やぁ、キミ達には森の中と周辺の警戒を頼みたい。不届き者による妨害などがあっては困るからね」
「はい、了解しました。人員の配置はコチラで決めてもいいので?」
「ああ、そこはガネーシュさんに一任しよう。だが、ステラテルには実験場となるこの周囲にいてほしいな。女王陛下も参加されるから、王国最強の退魔師にはロイヤルガードと共に女王陛下の護衛も行ってほしいんだ」
兵器の護衛もそうだが、国家としては女王の命を守ることが何よりも重要なのだ。だからこそ実力者集団の遊撃隊を動員したわけだし、王国最強クラスの退魔師ステラテルには直掩に当たってほしいのだろう。
ガネーシュの指示で退魔師達は森を囲うように展開し、いよいよ実験の時が来た。
「それで、一体ドコにドラゴニア・キメラという兵器が?」
「今から出てくるよ。見ていてくれ」
研究者が森の中心を指さすと同時に、その地点に光の点が現れる。やがて光は徐々に広がっていき、半径十数メートル程の魔法陣を形成していった。
「魔法陣……わたしとエステルのペンタグラムとは性質が違うようですが、アレは?」
「実はね、この森と王宮は地下道で繋がっているんだよ。緊急時に王族が王都から脱出するための設備なのさ」
「なるほど、隠し通路ですか。で、あの魔法陣の場所が出口となっていると」
「新型兵器は王宮地下で建造されていて、そこを通らないと外に出られないんだ。だから、外に出すのを兼ねてココで実働の試験もやってしまおうという女王陛下の案らしい」
研究員の言葉の後、魔法陣が消失して森の中に大穴が開いた。内部は空洞となっていて、落ちれば奈落の底に行ってしまいそうだが、
「地響き…なにか強い力を持つモノがくる……」
ズシン、ズシンという地響きが次第に大きくなってくる。それに呼応するように妙なプレッシャーがステラの脳を刺激し、少し不快な気分になってきていた。
ステラと同じく異質さを感じ取ったのか鳥達もザワつき、四方八方に飛び去って行く。他の小動物も逃げ出すように散ったが、入れ替わるように異常の本体が姿を現す。
「これが、ドラゴニア・キメラ!?」
大穴から首をノッソリと出したドラゴニア・キメラ。グロテスクに皮膚がツギハギされて、まるでゾンビのような気色悪さだ。
しかし、見た者に恐怖心を与えるには充分なビジュアルである。実際にステラとエステルや、目撃した退魔師は本能的な恐れを抱いていた。
ドラゴニア・キメラは爬虫類のような四足歩行型の胴体も露見させ、木々を薙ぎ倒しながら大地に立つ。
「ワッハッハ!! 見事なものだな、新型兵器というものは!!」
魔龍型に続いて穴からは人影も出現する。それはアストライア王国の女王で、満足そうに高笑いしながらドラゴニア・キメラを見上げていた。
「問題なく動いているし、これは成功と言ってもいいのではないかな、ガラシアよ」
「まだ試すべきことは残っています。ですから、わざわざ表に出したのです」
ガラシアが女王に付き従い、ドラゴニア・キメラの前脚を手甲でコンと叩く。
「母さん、次はどうすればいい? メルリアの方は準備できてるわよ」
ルナの声もして、ステラが憎き母親を探す。
爬虫類のような胴体から伸びる首には頭部が付いていて、その頭部の上部分はカパッと開く仕組みになっていた。内部には脳みそなどはなく、代わりにルナとメルリアが搭乗するコックピットとして機能しているらしい。
思考能力の無いドラゴニア・キメラを、どうやらメルリアが操縦してココまで移動させてきたのだ。
「よし、次は攻撃行動を試す。戦えなければ兵器とは言えないからな」
「分かったわ。メルリア、やってみせて」
頷いたメルリアは、手にしていた杖を介してドラゴニア・キメラに命令を与える。
すると、肉食恐竜のような禍禍しい大口を全開にし、体内の魔力を凝縮していった。
「凄い魔力の気配…!」
ステラが呟いた直後、ドラゴニア・キメラの口から強烈な魔弾が空に向けて照射される。これまでにステラテルが交戦した大型魔物よりも火力が高く、熱気と衝撃波が撒き散らされていた。
「ルナ・ノヴァよ、その魔弾の威力がもっと見たい。構わんから、森ごと焼いてみせろ!」
そう叫ぶ女王の命令通り、吐き出された紫色の灼熱が樹木を瞬時に砕き、アッという間に火炎が広がっていく。
とんでもない環境破壊であるが、女王は気にする様子もなく更に興奮していた。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のようだ。
「フハハハハ!! この力があれば魔物などアッという間に叩き潰してくれるわ!!」
魔物討伐はそう簡単なものではない。しかし、現場を知らない女王は戦闘の苦難など想像できないのである。
「火災が広がっていく…! 女王陛下は自国の領地を焼いているという自覚はないの!?」
「アレで統治者というのですから、まったくお笑いです。姉様、ここは退避を。私達も火あぶりにされては困りますからね」
エステルは退くようステラに訴えかけるが、一応は女王や新型兵器の護衛として来ていることもあり、ステラは祖母らに退避するよう進言した。
「お婆ちゃん、ここは危険だよ! 女王陛下達と早く森から離れて!」
「こちらは問題ない。それより、ステラとエステルこそ離脱した方がいいぞ」
ガラシアは女王を背負い、跳躍してドラゴニア・キメラの背中へと着地する。
そして、ドラゴニア・キメラは左右で大きさの異なる翼をはためかせて浮遊した。飛行機能も問題なく動作し、魔龍としての力を再現してみせる。
遊撃隊とロイヤルガードの退魔師が非力な研究者達の避難誘導を行い、ステラテルが逃げ遅れた者を背負って魔力の翼を用い飛び立つ。
「姉様に背負われるなんて…キーッ!」
こんな状況でもエステルは相変わらずで、ステラに密着する研究員に嫉妬の炎を燃え上がらせる。その炎にもし実体があれば、それこそ森どころか国土全体を焼いていたかもしれない。
ドラゴニア・キメラは王都の近郊に着陸し、ステラテルが追いかけた。
「よっと……ふぅ、ヒヤヒヤしたな……」
ステラも着地し、研究員を降ろして一息つく。
そして、ドラゴニア・キメラの脇に立つ祖母のもとへと歩み寄る。
「お婆ちゃん、魔道兵器というコレは普通じゃないように感じるよ」
「まあね……コイツは普通ではない代物さね」
「魔物を倒す原動力にはなりそうだけど……危険な香りがする」
ステラはドラゴニア・キメラの内部にある魔龍の力を感じ取っているようだが、それが何なのかまでは分かっていなかった。だから”危険な香り”としか表現できず、真実を知るガラシアは黙らざるを得ない。
「女王陛下には今回の稼働実験にご満足いただけたようでな、さっそくと実戦投入されるおつもりだ」
「兵器なのだから実戦で使わなきゃ宝の持ち腐れだけど、慎重にやるべきだと思う」
「分かっている。コイツを簡単に失うわけにはいかんからな」
「せっかくの研究の成果だもんね」
「ああ。明日、次の作戦に関するブリーフィングが行われる手筈だ。それまでは、この魔道兵器の警護を頼む」
そう言い残し、ドラゴニア・キメラの頭部コックピットから降りてきたルナとメルリアと共に王都へ去る。この時、ルナの視線を受けたような気がしたが、ステラは無視をした。
「ドラゴニア・キメラか……胸騒ぎがするな」
「姉様のお胸……」
「エステルは感じる? この魔道兵器から恐ろしい気配をさ」
「ええ、おぞましい何かを……しかし、戦局を打開する可能性を秘めているのならば、懸けてみる価値はありますでしょう」
「お婆ちゃんの作り物だしね。信じてみるしかないか」
一抹の不安を覚えつつ、今は静かな置き物のように擱座するドラゴニア・キメラの全体を見回すステラ。
この兵器がもたらす未来は……
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