第37話 ステラの背徳的欲求

 対ギガント・プルモー戦、そしてルナ・ノヴァとの再会から約一ヵ月が経った。その間も相変わらずアストライア王国は魔物の脅威に晒されており、ステラテルは戦地に派遣されるなど忙しい日々を送っている。


「ふぅ。今回の戦いも大変でしたね、姉様」


 任務を終えて地方から王都へ帰ってきたエステルは、多少くたびれながらヤレヤレとため息をつく。ここ一週間近くは戦闘続きであったため、さすがに体力や魔力に自信のあるエステルであっても疲労は隠せない。


「連戦状態だったからねぇ……なんだか魔物の数が以前よりも増えてきているような気がするよ。しかもパワーアップしているような……」


 この数年、確かに魔物との戦闘は増加傾向にあったのだが、この一ヵ月間は更に苛烈になっているようにステラは感じていた。強力な大型魔物の数も目に見えて多くなっており、ステラテルの必殺技”双星のペンタグラム”の発動でギリギリ勝利できた戦いもあった程である。

 そして、この原因がドラゴニア・キメラにある事を双子は知らない。魔龍をベースにした魔道兵器が完成に近づいたことで、より多くの特異魔素を放つようになったのだ。

 こうなれば、もはや人災である。


「ま、私と姉様の敵ではありませんがね。魔物がどんなに現れようと叩き潰すのみです」


「そうだね。さて、魔道管理局に報告しに行かないと」


 ステラテルは仕事の成果報告をするべく魔道管理局を訪れ、そこで他の任務に従事していたカリンと出くわした。エース退魔師の所属する遊撃隊はフル稼働状態であり、彼女もまた長い戦いを終えてようやく帰還を果たしたようで、戦闘服の汚れはもはや勲章である。


「お疲れ様、カリンちゃん。ソッチの遠征も大変だったみたいだね」


「ふん、大したことないわよ。このカリン・ドミテールの手に掛かれば、魔物なんか瞬殺だもの。現地の退魔師にも褒められちゃってさぁ……」


 そこから今回の戦闘に関するカリンの武勇伝的な話が続き、ステラが適度に相槌を打ちながら共に管理局局長の部屋を目指す。ちなみに、エステルは無関心で完全に無視を決め込んでいた。

 ドヤ顔のカリンが局長室の扉を開き、ステラテルが続いて中に入室する。と、部屋には局長とガラシアの姿があった。


「こ、これはガラシア様! お久しぶりです!!」


 カリンは目を輝かせ、憧れの存在と公言するガラシアにペコリと頭を下げる。


「カリン、キミも頑張っているようだな。活躍は聞いている」


「そ、それ程でもないですよぉ。まあ、他の退魔師とは比較にならないレベルで魔物を討伐してはいますけどもぉ。実際に、今回の遠征ではあたしのおかげで勝利したみたいなものですけどぉ」


 くねくねと不可解な身のくねらせ方をしながら照れつつも、ちゃっかり活躍をアピールするカリン。憧れの対象に認められているという喜びは他に代えがたいものだし、もっと称賛されたいという欲求も湧き上がるのは仕方のないコトだ。


「ステラにエステルも大儀であったわね。怪我は無いかしら?」


「はい、問題ありません局長。少し時間が掛かりましたが、南西部から侵攻してきた魔物の一団は撃滅できましたし、防衛線も維持できています」


「良かった。しかし、帰って来て早々に悪いのだケド……」


「また仕事ですか?」


「…うむ。これは女王陛下からのオーダーでね。詳しくはガラシアに聞いてちょうだい」


 局長は少々俯きながら、ガラシアに続きを話すよう促す。本来なら紹介したくない内容なのだろう。


「女王陛下の勅命のもとで建造していた新型の魔道兵器が完成してな。その護衛を遊撃隊の退魔師に依頼したんだ」


「新型の魔道兵器? それは、どういうの?」


「ドラゴニア・キメラと言ってな……直に見てもらった方が早いだろう。明日、まずは王都の北にある森にて最初の稼働実験をするから、そこに集合だ。では、ワタシは最終調整があるのでな、ここで失礼する」


 詳細の説明を省いたガラシアは、そう指示を出して局長室を去る。長居をしてヘタに追及されるのを避けてのことだ。


「新型の魔道兵器か……それで魔物を倒せれば、退魔師の負担も少なくなるといいな」


 このまま退魔師の損耗が続けば、やがてジリ貧に追い込まれてしまうのは明らかだろう。魔物は際限なく襲ってくるわけだが、人間はそうホイホイと増えるものではないし、魔力を扱える退魔師となれば尚更である。


「でも、ルナ・ノヴァがお婆ちゃんの補佐をすると言っていた……ということは、明日の魔道兵器の実験の場にも現れるということか……」


 ハープーンでの一件以来、ステラとエステルはルナに会っていない。ガラシアの配慮というよりは、ルナが王宮地下でのドラゴニア・キメラ建造に忙しかったからである。

 しかし、その魔道兵器とやらが完成して実験を行うとなればルナも同席するハズだし、顔を合わせる可能性も充分に考えられる。


「ステラよ、もしルナに会うのが嫌なのならば欠席してもいいんだよ。任務から帰ってきたばかりなのだし、無理をすればまた体調を崩してしまうかもしれない」


 陰鬱な表情をするステラに、そう局長が進言する。こういう事は、本来なら実の祖母であるガラシアが言うべきなのだが、肝心のガラシアはココにはいない。


「そうだ、ステラとエステルには休暇を与えることにしようかね。もちろん、カリンにもね」


 かつてルナがステラ達を捨てていった時、一時的とはいえ保護していたのは局長であり、その後も成長を見てきたのだ。そうなれば仕事上の関係を超えて情が湧くのは当然だろう。

 言うならば叔母のような存在として双子を見守る局長は、頼りにならないガラシアに代わって自分が行動しなければならないと考えていた。


「お気遣いありがとうございます、局長。でも、わたしなら大丈夫です。魔道兵器ドラゴニア・キメラというのを見てみたいですし、ルナから逃げてばかりもいられません」


「キミの親だということを承知で言わせてもらうけど、ルナは関わってはいけないタイプの人間だよ。キミ達のことも実の子だと思っていないフシがある……」


「分かっています。アレはエステルやわたしを道具扱いし、実験台として使おうとしたこともある女ですから。ですが、恐れる必要はないですよ。エステルが付いていてくれますし、お婆ちゃんも味方してくれるんですもの」


「ガラシアは……いやともかく、ステラがそう言うなら送り出すがね……」


 遊撃隊は局長直属の部下であるのだから、権限を用いて無理矢理休ませることも出来る。しかし、本人の希望を無視してまで止めるのは良くないと思い留まったのだ。


「それと忘れないでおくれよ。私はルナやガラシアが何と言おうと、キミ達側に味方する。だから何かあったら相談してちょうだいね」


 その心遣いにステラは有り難いと頷き、ともかく明日の起動実験に備えて短い休息を取ることにした。






「帰宅して一番にコレとは……」


 魔道管理局から自宅へと帰って早々、エステルのおねだりを受けてステラは首輪をハメていた。たまにならエステルの趣味に付き合うと言ったのはステラ本人ではあるが、冷静に考えれば激しい羞恥心に苛まれる行為だ。


「うひょひょ……首輪付きの姉様からしか摂取出来ない養分というものがあるのです。疲れた体と心にはコレがクリティカルで効きますねぇ」


「エステルの健康は何より大事だし、満足してもらえるならいいんだけどね」


 首輪から伸びるリードを弄びながらエステルはニコニコ笑顔を浮かべていたものの、フと何かを思いついたように手をポンと叩く。


「姉様、付けてもらったばかりで申し訳ないのですけど、ソレを外してもらえます?」


「え、もう飽きちゃった?」


「いえ、私も付けてみようかなと。立場を逆転してみませんか?」


「ま、まあいいけど」


 ステラはワクワク感を隠さないエステルに首輪をハメこむ。この逆転に意味はあるのか分からなかったが、


「どうです、姉様? グッとくるものがありませんか?」


「…確かに。これは……」


 色気を振り撒きつつ首輪を強調するエステルに対し、背徳的な昂りを感じるステラ。エステルの気持ちが多少なりとも理解できたような気がするが、しかし理性を保とうと首をブンブンと振る。


「いけないいけない……リードで引っ張って、エステルをまるでペットのようにして散歩したいなんて思ってないんだから」


「姉様、全部口に出てますが……」


「ハッ! 今のはなんでもないからね!」


「うふ、隠さなくても欲望を解放してもよいのですよ? 姉様がお望みならば、叶えるのが私ですから」


「だ、大丈夫、落ち着いた」


 その後もエステルからの誘惑を振り切りつつ、思考を明日の魔道兵器実験に埋めながらも少し悶々としながら夜を過ごすステラであった。

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