第36話 オトナ達の思惑

 ステラとエステルが看病という名のナゾのイチャつきをしている中、祖母ガラシアは再び王宮の地下最深部にて佇んでいた。ここで魔龍の修復を行っており、ガラシアの指揮の元で順調に作業は進んでいるようだ。


「ガラシア、こんなトコロに呼び出してどうしたと? 魔道管理局の中ではダメな話というのはなんだい…?」


 そんな地下に、魔道管理局局長も姿もあった。夜遅くに呼び出され、しかも王宮の地下などに足を踏み入れるのは局長にとって初めての事で、何から聞いていいのか分からず困惑したようにガラシアに立ち並ぶ。


「ああ、キミには皆よりも先に伝えておかねばと思ってな。女王陛下も承知の上で呼び出したんだ」


「まさか、キミか女王陛下のどちらかが余命宣告でもされているとか?」


「ワタシも陛下も健在だよ。ではなくてだな、女王陛下の密命のもとで進んでいた数年がかりのプロジェクトが完成間近になってきたのだ」


「どういうの、それって」


「アレさ」


 ガラシアは地下ホールにて横たわっている巨体を指さす。局長の目にも既に映りこんではいたが、これが何なのかは分かっていない。


「あのデカいのはなんだい? 何人かの研究所職員が作業しているようだけど」


「アレはな、元は魔龍なんだ」


「なに!? 魔龍だなんて本当かね!?」


「この場で嘘を言っても仕方あるまい?」


 局長は驚きつつ、目を凝らして巨体を観察する。確かにドラゴンタイプのようなフォルムをしているが、表層部は様々な魔物の残骸を繋ぎ合わせたために歪になっており、均一性の無いグチャグチャなデザインだ。

 

「女王陛下が保管していた魔龍の骨格をベースに、倒した魔物の死骸やらパーツを用いて復元を試みたのだ」


「退魔師達に死骸を回収させていたのも、そのためだったのだね」


「ああ。しかし、どうにも上手くは進んでいなかったのだが、最近になって進展があってな……」


 その進展をもたらしたのはルナと魔女メルリアである。彼女達がプロジェクトに参加したことにより、停滞していた作業がどんどん進んだのだ。


「完全な魔龍として再現するのは無理だと分かった。そこで、かなり高いレベルで魔龍の特性や性能を引き継ぎつつ、新たな魔道兵器として再設計したのだ」


「魔道兵器? アレが兵器だと?」


「名称はドラゴニア・キメラ。元はドラゴ・センチネルという名であったと文献にはあったがね……それはともかくとして、魔の生命体でありながらもヤツには意思も思考力も無く、我々人間の制御によって動く」


「そんなモノなのか……」


 魔女の力をもってしても、魔龍をカンペキに再現するのは不可能であった。そのため、魔龍に似たチカラを持った新型兵器として路線変更したらしい。


「けれども、その魔龍型の兵器をもってして、どのように運用するの?」


「頭部に設けられたコックピットに操縦者が乗り込み、人為制御して使うんだ。それに、ヤツの体からは魔物が好む特殊な魔素が放出されていてな。その特性を利用して、魔物達をおびき寄せる餌としても利用できるだろう」


「特殊な魔素?」


「まだ未完成の状態でも王国全体に蔓延する程に放たれているんだ。本格的に起動すれば、ヤツを中心により強力且つ多量に拡散すると思う」


「…数年前からプロジェクトは始まっていたのでしょ? それは、魔物の出現数が急激に増加し始めた時期と一致する。つまり、あの魔龍型を直し始めた事で特殊な魔素が発生し、そのせいで魔物が王国に引き付けられたという推測が出来るわね……」


 局長の考えは当たっており、ガラシアの沈黙こそが答えであった。ガラシア自身もその事を知ったのは最近ではあるが。


「……多くの退魔師が死んでいった。この国を、民達を守るために」


「ああ」


「その原因がアレの魔素ならば、こんな事さえしなければ皆が死んで傷付くこともなかった。ガラシアよ、あの魔龍型の兵器は多くの人命よりも大切なものなのか?」


 静かに、しかし確かに局長は怒っていた。彼女は退魔師達を指揮する立場にあり、孫のような歳である現役の退魔師の死亡報告を何件も聞いてきたのだ。

 もし魔龍の修復を行わなければ、魔物の激しい攻撃に晒されることもなく、散っていった命も失われずに済んだかもしれないと考えたら黙ってはいられない。


「これではなんのために若人が死んでいったのか……国を守る兵器のために、国を危険に晒すなど本末転倒もいいところだよ」


「ワタシもその現象に気が付いたのは最近のことだ。だが、止めるワケにはいかん。女王陛下の指示となればな。お前にも分かるだろう?」


 ガラシアはそう言うが、もはや女王の指示など関係なく、彼女自身の意思で計画を推進していたのだ。不老不死の研究に最適な魔龍を手放すなど有り得ず、老いてしまったガラシアの最後の希望でもあるのだから。


「しかし、ガラシアが提言すれば女王陛下も考えを変えてくれたかもしれないよ。そうすれば、救える命もあったかもしれない」


「管理局局長、それは短絡的な思考ですよ」


 と、割り込んできたのはルナであった。ドラゴニア・キメラの足元で作業に取り掛かっていたのだが、地獄耳なのかガラシアらの会話を聞いていたようだ。


「ルナ、キミまで……」


「このドラゴニア・キメラは兵器としても、生命の研究にも使える無限の可能性を秘めているんですよ。この魔龍型が完璧に起動すれば、これまでの犠牲など気にならない程に多くの人間を救えるのです」


 ルナはそう説くが、彼女は人類の救世主になる気などない。とはいえ、正直に自分とメルリアが添い遂げる未来のためなどと言うわけにもいかず、適当に心にも思っていない言葉を口にしていた。


「結果的にはそうかもしれない。だが、人命というのは数字だけの存在ではないのではないかな?」


「数字で考えるのが合理的でしょう? ま、アナタのような頭の悪い人間と議論するつもりはありません。黙って従っていただければ」


「…そうかい」


 年下にバカにされるのは不愉快ではあるものの、局長は言い争いは不毛だなと受け流すことにした。これは精神年齢が歳相応に高いからこその対応であり、言い負かしたつもりでいるルナは自らの幼さには気が付いていない。


「このことはステラとエステルも知っているのかい?」


「いや、知らない。孫たちにも真実を伝えれば、当然に反発するだろう?」


「だろうね。でも、このドラゴニア・キメラを披露する時にはどう言い訳するの?」


「ウソを交えつつ説明すればいい。どっちみち、女王陛下も民衆には詳細を伏せ、コレが魔道兵器であることしか伝えないおつもりだ」


 亡くなった退魔師の家族の反発を恐れての処置なのだろう。ただでさえ重大な国難の時期に、これ以上の混乱を招くような事態は避けたいという心理なのだ。


「やれやれ……これではステラの心労が重なり、また倒れてしまうよ。そういえばキミ達は知っているのかい? ステラが過労と心労で熱を出したんだよ?」


「へぇ。やはり欠陥品はダメね。あのような出来損ないしか作れない自分が嫌になるわ」


「ルナ、キミはあの子達の母親なのでしょ? そんな言い方、ヤメなさいよ」


「娘ではあります。ですが、事実として不良品なのですよ。疲れでパフォーマンスレベルが下がったり、心の弱さを表出するようなモノなど必要ありません。私の目指す不老不死の検体としては失格です」


「……」


 もはや絶句するしかない局長。ルナ・ノヴァが昔から少々変わり者だというのは知っていたが、ここまで非道な思考の持ち主だとは思わなかった。しかも、ガラシアが咎める様子もなく、黙っているだけである。

 お喋りはここまでと、ルナは一礼してからドラゴニア・キメラの元へと去っていく。そんなルナを頭を痛めながら見送る局長は、自分だけはステラテルの味方でいようと誓うのであった。






 そんなオトナ達の混沌を知らないエステルは、姉の眠るベッドに腰かけてジッと見つめる。ステラの体調は完全には戻っていないが、熱は引いてきたようで顔色も良くなっているようだ。


「明日には元気なお姿を見せてくださいね、姉様」


 返答は無い。聞こえるは静かな寝息のみ。


「このまま永遠に時が止まってしまえばいいのに……」


 平穏が続けばステラが苦しむこともない。魔物だとかルナ・ノヴァのような障害など消えてしまえばいいとも思うが、再び双子の前に現れて騒乱をもたらすのは間違いないだろう。


「私が守りますから。どんな事があっても。今はただ、ゆっくりお休みなさいませ」


 そう呟き、エステルはステラの頬に優しくキスをした。柔らかく、熱を帯びた温かさが唇からダイレクトに伝わってくる。

 姉が確かに生きている感触を味わいながら、エステルも姉の隣に横になり眠りに落ちていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る