第5話 エステルの嫉妬
戦いの翌日、ステラテルの二人を訪ねて宿を訪れた者がいた。その女性は退魔師用の戦闘服を着用していて、双子の仲間であることが分かる。
「おはよう、ステラテル。キミ達の活躍は街の人から聞いたよ。デカブツまで仕留めたんだって?」
「お耳が早いですね、ガネーシュさん」
ステラにガネーシュと呼ばれた退魔師は二十代後半といった風貌で、美しい黒髪をポニーテールでまとめているのが特徴的であった。目元が鋭く歴戦の戦士としての雰囲気を醸し出しているが、声色は優しく温かみがある。
十八歳である双子にとってはガネーシュは先輩にあたり、軽く会釈をしながら宿のエントランスにて合流した。
「ガネーシュさんがココにいるということは、王国北東部に現れた魔物の一団は撃退できたのですね?」
「ああ、数が多くて苦戦したがなんとか。向こうの事後処理は現地の退魔師に任せ、私を含めた遊撃隊のメンバーはキミ達の援護に来たんだ。まあ来た時には既に戦闘は終わってしまっていたけど……すまない、遅れてしまって」
アストライア王国の北東エリアに魔物の群れが出現し、そのエリア内の街の他、遊撃隊からも退魔師が招集された。双子もガネーシュらと戦線に加わわって迎撃に当たっていたのである。
「敗走する魔物が転進して再侵攻を企てるとは……キミ達が追撃してくれなければ被害が広がっていたところだった」
退魔師の活躍で魔物は劣勢となり、生き残った魔物はアストライア王国の領土外に逃げ出していったのだが、一部は逃走したと見せかけて進路を変え別の方角から再侵入した。それこそが双子が駆逐した狼型の魔物達で、意地でも人間に一矢報いようとしたのだろう。
だが、追撃をかけたステラテルがその動きを察知し、企みを阻止したのである。
「しかもサンドローム・トータスなどという巨体まで出てくるとはねぇ。北東エリアの戦場では見かけなかったから、あの群れとは無関係のヤツなのかな」
「だと思います。単独で行動し、たまたま他の群れと同じようなタイミングで侵攻してきたのでしょう」
「たまたまで最強クラスの退魔師ステラテルと遭遇するなんて運の無いヤツだな。にしても、本当に魔物が増えてきていると実感するよ。もしかして裏では魔女が暗躍しているのかもしれない」
「魔女、ですか。魔物達の中でも強力な戦闘力を持った上位種で、我々人間に似た姿をしているのですよね」
人間と近しい容姿をしており、しかも人語を操ることが出来る魔のモノを魔女と呼ぶ。パッと見では人間と区別するのは難しいが、不老長寿で妖艶な美女であることが多い。
魔女は単体でも圧倒的な強さを誇るうえ、他の低級魔物を従属させて軍団を作り、人間にとって大いなる脅威となるのだ。
「アストライア王国もついに魔女のターゲットにされてしまったのでしょうか……」
「あくまで可能性の一つさ。大昔、人間と魔物が世界中で大戦争をしていた頃は目立つ存在であったらしいけど、人間が戦争に勝利して以降はほとんど姿を確認されていないしね。戦いの中で多くが倒れ、生存したのは極僅かな個体のみとされている。勿論、新しく誕生した魔女もいるだろうけど、いきなり数が大幅に増えるなんてのはあり得ない」
もともと魔女は希少種で、魔物全体の中での個体数は極めて少ない。しかも、大昔の大規模な人間との戦いで多数が討ち取られていた。
「そんな絶滅寸前のヤツが近郊にいないことを願うけど……まあそれはともかく、私達はこれからサンドローム・トータスの死骸を調査するんだ。女王陛下は魔物の研究に多額の予算と人員を投入していて、現場の退魔師にも魔物の残骸やサンプルを回収するように指示を出しているからね」
「魔物の研究が進めば有効な対抗策も浮かぶかもしれませんし、昨今の情勢に女王陛下も苦心されているのでしょう」
人間とは体構造や習性などに多くの差異を持つのが魔物で、実際に魔物がどのような生命体なのかという知識は圧倒的に不足している。世界中の国家でそれぞれ独自に研究調査が行われているが、まだまだ未知の領域が多いのが現状だった。
そこで、実際に魔物を捕獲したり、倒した個体から使えそうな部位を持ち帰るように退魔師は命じられているのだ。
「ですがサンドローム・トータスは必殺技を受けてグチャグチャに潰れてしまっています……アレでは有用なモノは採取できないかもしれません」
「まずは勝利することが優先なのだから気にしなくていいさ。デカブツは貴重だから何かしら持って帰れれば褒められるだろうよ。私は先に行っているから準備が出来たら来てくれ」
と言い残しガネーシュは宿を出ていく。
その後ろ姿を見送るステラであったが、袖を急に引っ張られて体を傾かせた。
「おっとっと」
「…姉様、私以外のオンナと話し過ぎですよ」
「ごめんごめん。でもホラ、ガネーシュさんは先輩だし、お話は聞いておかないと」
「姉様はもっと自分がモテることをご自覚なさるべきです。ああやってコミュニケーションを取り、姉様の気を引こうとする人間だって沢山いるのですから」
「あっはっは! そんなのあり得ないよ。わたしがモテるなんてね。それに、わたしにとって一番大切な人はエステルだから」
その言葉を聞いて頬を赤らめご満悦なエステル。
よしよしと妹をなだめつつ、ガネーシュらと合流するべく支度を始めるのであった。
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