第4話 静かなる夜の中で
辺境の街に迫っていた魔物は排除され、虫の鳴き声一つさえ無い静かな夜が戻った。周囲にはもう魔物の影は無く、退魔師の双子は武器を納める。
「これが私と姉様の時間を邪魔をした報いよ」
温泉での二人きりの時間を妨害されたことを根に持っていたエステルは、街を守るというより私情の怒りをぶつけていたようだ。こういう個人的な怨念を戦場に持ち込むのはどうかとも思うが、魔物を倒す原動力の一つであったことは確かである。
「にしても、あんなデカブツまで現れるなんて……ここ最近、魔物が増えてきて本当に困るよ」
「アストライア王国は比較的平和な国家だったのですがねぇ」
サンドローム・トータスのような巨大魔物は個体数が少なく、双子の暮らすアストライア王国においては目撃例はほとんどなかった。
だが、この数年で状況は変わってしまい、小型の魔物だけでなく大型希少種も出現するようになったのである。どのような理由かは今のところ分からないが、間違いなく国家の重大な危機と言えよう。
「おかげで私達が駆り出されることも多くなりましたからね……まったく、姉様との憩いのひと時をヤツらのせいで!」
「王都の特別遊撃隊に選抜されたからには忙しくなってしまうのは仕方ないよ」
魔物の脅威に対抗するべく実力のある退魔師を集めた遊撃隊が結成され、ステラテルの二人もそこに所属していた。
遊撃隊とは、戦況に臨機応変に対応するため独自の作戦行動を許された部隊で、機動的な展開を可能としている。アストライア王国の遊撃隊は国土全体をカバーするため各地に派遣されて、特に問題となっている街や村の支援や防衛を行うのだ。
「さ、戦いも終わったことだし街に戻ろう。汗を少しかいたから温泉に入りなおさなくっちゃね」
「ふへへ…姉様ともう一度温泉……」
独特な笑みを浮かべながら喜ぶエステルを引き連れ、ステラは丘の向こうにある街へと帰還していくのであった。
街の外縁部では魔導士達が防衛線を張っていたのだが、双子が無事に帰ってきたのを見て警戒を解く。アストライア王国でも高名なステラテルが負けるわけがないと信じていたし、実際に無傷で手繋ぎしながら丘を越えてくる二人を確認すれば勝利は疑いようもない。
「魔物はどうなりましたか?」
「確実に撃破しました。もう安心ですよ」
「さすがステラテルのお二人! 頼りになります!」
ステラの報告を受けて街の魔導士達は安堵している。
だが、この一件で魔物との戦いは終わりではない。これから先も襲撃を受ける危険は付き纏うのだ。
「しかし、またいつ魔物が襲ってくるか分かりません。今回はたまたま我々が間に合いましたが、今度は皆さんの力で撃退する必要があります」
「そ、それは確かに……」
「この国は危機に瀕しています。王都や他の街と連携しつつ、皆で敵に対峙しなければなりません。自分自身が生き残ることもそうですが、大切な人々を守るためにも共に頑張りましょうね」
「は、はい! 私達も退魔師なんですもんね……次は私達だけで勝てるように訓練にも励みます」
ステラの言葉に魔導士達は自らの不甲斐なさを恥じ、自らの職務に真剣に取り組むという覚悟を改めて固める。こうして味方を鼓舞するのも大切なことで、士気や気力が低くては侵略者に対抗する意識さえ無くなってしまうのだ。
「姉様、早く温泉に参りましょう」
「そ、そうだね。ではわたし達は失礼しますね」
こういう時でもエステルはブレず、姉であるステラとのお楽しみタイムにウキウキと浮かれている。彼女もどちらかと言えば魔導士としての自覚がアヤシイのだが、役目をキチンと果たしているのだから問題は無いだろう。
温泉を再び堪能した双子は、宿の部屋に備え付けられたベッドの上に横になる。ベッドは二つあるのだが片方は使用せず、少し狭い思いをしながら一つを二人で使っていた。
これは幼い時からの習慣で、寝る時でさえ二人は寄り添ってきたのである。
「ああ…姉様の体温がダイレクトに伝わってきます」
しかも、二人ともに産まれたままの姿で素っ裸だ。べつに裸族というワケでもないが、エステルからの提案でこうなったらしい。
抱き枕のようにステラの身体にしがみ付き、エステルは心底幸福そうな表情であった。甘え盛りの子供のようで、そんなエステルをステラは愛おしく感じる。
「今日も頑張ったね、エステル」
母親のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、エステルの頭を優しく撫でた。サラサラとした髪の感触を堪能しつつ抱き寄せる。
「姉様もお疲れ様です。メテオール・ユニットの制御には集中力が必要ですし、精神的にも疲労したのではありませんか?」
「わたしは大丈夫。体も心も頑丈だからさ」
「姉様は頼りになりますね。後ろから姉様が見守って下さっているからこそ私も安心できますし、やる気も湧いてくるのです。これからも私を見捨てないでくださいね……」
頭を撫でられるエステルは、そのあまりの心地よさに一気に眠気に襲われて目を閉じる。スグに小さな寝息を立てて、ステラに抱き着く手から力が抜けた。
「……見捨てたりしない。命に代えても、あなたの事だけは必ず守るから」
対するステラは真剣な眼差しで呟き、妹の額に軽くキスをする。愛情が強いのは姉も同じであり、この二人の絆を裂ける者は存在しないレベルに到達していると言っても過言ではなかった。
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