第3話 共鳴する五芒星
真夜中の荒野に轟く魔物の咆哮。
腹の奥底まで震わせるような重低音が響き渡り、聞く者を圧倒して本能的な恐怖心を抱かせる。
しかし二人の退魔師は逃げることもなく、サンドローム・トータスと呼称される巨体を攻撃する準備を完了して睨みつけていた。
「あれだけの巨体となると撃破するのも簡単ではありませんね。多少の傷は自己回復されてしまいますし」
体の大きさは防御力や耐久性に直結するため、ダメージを与えても致命傷とはなりにくい。同等の大きさの者同士のパワーで殴り合うならまだしも、遥かに小型の生命体からの攻撃では効果が薄いのだ。
しかも、サンドローム・トータスの皮膚は岩石のように分厚く頑強で、さながら重装甲を纏った戦車である。
「ともすれば、わたし達の必殺技を叩きこむしかないね」
そんな強敵相手にも打ち勝てる秘策が二人にはあるらしい。勝ち目が薄い状況でも自信満々に構えているのはそれが理由なのだろう。
「はい。ですが、ヤツを弱らせる必要があります。このままでは強力な魔力防御によって弾かれる可能性がありますし」
退魔師と魔物は体内で魔力の精製が可能で、これを攻撃や防御、身体能力の強化に使用することが出来る。強力な魔物と退魔師ほど魔力量が多く継戦能力も高い。
「戦って敵の魔力を消耗させる必要があるということだね。ただし、わたし達は必殺の一撃を繰り出せるだけの魔力を温存しつつ」
巨体を葬り去れる威力の必殺技とはいえ、敵に充分な魔力量がある場合は防がれてしまう危険性があるのだ。そのため敵の魔力を消耗させて防御不可能な状態にしなければならなかった。
「簡単ですね」
「勿論」
自分達は魔力消費を最低限にして戦わなければならないのだが、難しい話ではないと双子は勝利を確信して疑わない。この余裕さは過去にも似たような経験があるからこそで、慢心や過剰な自己評価から来るものではないようだ。
「では、いきますよ」
エステルは刀を鞘から引き抜きながら丘の斜面を駆け下り、のっしりと近づいてくるサンドローム・トータスに向かってダッシュしていく。
それを見送るステラはメテオール・ユニットを射出して、エステルをバックアップする体勢を取った。
「さあ、私達を殺したいのでしょう? ならば全力で攻撃してくることね」
通常の魔物は人語を理解できないので、このエステルの挑発を聞いたところで何も感じないはずだ。
しかし、まるで意味が分かっているかのようにエステルを視線で追ってロックオンしている。
「フ……どう攻めてくるつもりかしら?」
エステルの小さな呟きに反応するように、サンドローム・トータスは口を大きく開く。その内部から細長い大砲状の武器が伸びて、先端の砲口に光が収束しはじめた。
「エステル! 敵は魔弾を撃つつもりのようだよ!」
「そのようですね。まぁ見ていてください、姉様。全て回避してみせますから」
後方からのステラの警告を受けて頷き返すエステル。
直後、サンドローム・トータスの口の砲塔がカッと眩く煌めき、魔力を凝縮した灼熱の魔弾が放たれた。接近する退魔師に狙い定めた一撃で、亜光速にも匹敵する速度で飛翔していく。
「来ると分かっているのだから!」
重粒子ビームのような光の奔流は衝撃波を纏いながら迫りくる。破壊という言葉を象徴するように地面を抉り、木々を薙ぎ倒して小さな池を蒸発させた。
しかし、この魔弾がエステルを捉えることはない。何故なら、すでにエステルは射線上から退避しており、熱や衝撃波の影響が届かない距離にいるからだ。
「あんな魔弾を街にでも撃ち込まれたら大惨事ね。やはり、これ以上アナタを先に進ませるわけにはいかないわ」
サンドローム・トータスは獲物を仕留められなかった事に苛立ち、立ち止まって新たな攻撃体勢を取った。亀のように背中に甲羅を背負っているのだが、その甲羅の表面に多数の触手が伸び出す。
「毛むくじゃらの甲羅というのは気持ち悪いわね……芸術点はゼロよ」
甲羅の上でうねうねと動く触手は気色悪いの一言に尽き、エステルは不快そうに眉をひそめながらため息をつく。
だが、そんな罵りなど気にも留めないサンドローム・トータスは、触手を一斉にエステルへと向ける。この触手の先端にも砲口が備え付けられていて、魔弾を発射する機能があるようだ。
「数撃てば当たるという発想……そう上手くはいかないわよ」
何十本と生えている触手から次々と魔弾が撃ち出される。一発一発の威力は低いようだが連射が可能で、しかも多数による集中砲火が可能なために総合的な火力は凄まじい。
「この程度の砲撃で!」
エステルは研ぎ澄まされた反射神経を活かし、光の尾を引きながら突き進んでくる魔弾を回避する。幸いにして敵の射撃精度は低く、刀による防御も併せて直撃弾だけを的確に対処していった。
普通の魔導士であれば焦ってしまう場面であるが、これはクールで冷静な性格のエステルだからこその落ち着いた動きと言えるだろう。
「エステルだけにリスクを負わせるわけにはいかない。姉であるわたしが役に立たないんじゃ申し訳が立たないもんね!」
ステラは十個のメテオール・ユニットに出撃の命令を下して、サンドローム・トータスの至近距離まで詰めさせた。亀型魔物を取り囲むように展開し、牽制の魔弾を叩きこむ。
「さすがの防御力……弾かれちゃうか」
メテオールの魔弾はサンドローム・トータスの表層を少し抉るだけで、有効なダメージとはならない。もともとメテオールは小型の端末であるので攻撃力は心許ないのだが、それにしても一般的な魔物とは比較にならない硬さである。
「けれども気を引ければ…!」
通常攻撃で倒せる相手ではなく、これはあくまで陽動目的での射撃だ。実際、サンドローム・トータスはメテオールを迎撃するために触手の一部を動かしていて、これならばエステルの負担も減らせる。
そうして暫くサンドローム・トータスの魔弾を避け続けていたのだが、いよいよ双子が反撃に移る時が来た。
「敵が撃つ弾の数が減ってきている。体内の魔力を消耗してきているらしいわね」
開戦当初に比べ、明らかにサンドローム・トータスの射撃能力が低下している。放たれる魔弾の数は減少し、威力も落ちていると分かった。
「エステル、これならばいけると思う」
対する双子は魔力をほとんど消費しておらず、まだまだ余力がある。必殺技を行使するには充分で、今こそトドメを刺すチャンスだ。
「敵は魔力の回復を始めているようです。完全に回復される前にケリを付けましょう」
サンドローム・トータスは堂々と戦場のド真ん中で足を止め、魔力を回復するべく防御の姿勢を取っていた。甲羅の中に頭部を格納し身を屈めることで全方位からの攻撃に備えている。
この鉄壁とも言える守りを突破するのは並み大抵の技では不可能だが、合流した双子はもはや勝ちも同然だと強気な姿勢を崩さない。
「仕上げといくよ、エステル」
「お任せください、姉様」
双子は向かい合い、両手を繋いでお互いの額をくっつける。
直後、二人を薄い虹色のオーラが包み込んだ。月の無い暗い夜の中、光源体として周囲を淡く照らしていく。
「魔力の同調に問題はないね。綺麗にシンクロしていくのを感じる」
「はい。姉様の力が私のナカに入ってくるのが心地よいです」
この密着行為には意味があり、無駄に急にイチャつき始めたのではない。ステラテルの二人は魔力の相性が良く、物理的接触を行うことで交じり合い一つの強力な力へと変換されるのだ。
「ふふ、こうして姉様と触れ合っていると生を実感できます。とても幸せで、身体の奥底から温かくなって……」
「わたしもだよ、エステル。もし世界で二人だけになったとしても、あなたとなら生きていける」
空気すらも二人の間に割り込むことは許されず、ゼロ距離で相手の存在を感じ合う二人。両者の気持ちの高揚が更に同調を高めていき、輝きも一層強くなる。
「さぁ、始めよう」
ステラは片手を放し魔物へと向ける。その動きに呼応するようにサンドローム・トータスの上空に巨大な魔法陣が現れ、サーチライトのように対象を照らした。
「えぇ、終わらせましょう」
エステルもまた姉と同じく掌を開く。すると今度は魔物の下、大地に魔法陣が出現した。
この二つの魔法陣は共鳴をはじめ、形を変えていく。空間自体が歪んでいるかのように円が崩れていき、やがて五つの頂点を持つ星型が形成されたのだ。
「「双星のペンタグラム!」」
自らが展開した五芒星、ペンタグラムを見つめつつ叫ぶ二人。
これが彼女達の真骨頂であり、まず大地に描かれたペンタグラムが強烈な重力場を生み出し、サンドローム・トータスの体を押さえつける。対象を逃がさないための拘束術で、もはや一歩踏み出すことさえ難しい。
次に上空のペンタグラムが降下していく。徐々に敵へと迫っていき、ついに甲羅部分へと接触した。激しい干渉波が周囲に撒き散らされて大地を抉る。
最後の仕上げは簡単だ。このままペンタグラムを降下させて対象を押しつぶすだけである。
「「さようなら」」
双子の声がサンドローム・トータスに届くことはないだろう。
甲羅が押し潰れてグシャァと内部の血肉が噴き出し、脚が折れて地面に倒れ込む。いくら生命力の強い魔物であっても耐えられるものではなく、先程まで猛攻撃を仕掛けてきた魔物は肉片と成り果て絶命した。
役目を終えたペンタグラムが四散し、光の粒子が淡く消えていく。
そこにはもう敵対者は存在せず、双星の姉妹によって脅威は取り除かれたのだ。
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