第2話 想い合う双子姉妹

 魔物の殲滅に成功したステラとエステルは、街外れにある宿屋へと案内される。小規模な施設であるが浴場も完備されていて、一晩宿泊するには充分なものであった。

 しかも、魔物の脅威を取り除いた礼としてタダで使用できるので、不満を持つこと自体が野暮というものであろう。


「姉様、早く浴場へ参りましょう。私達の貸し切りだそうですから」


「ふふ、エステルはお風呂が好きだねぇ。ここのは天然の温泉らしいし、癒し効果も期待できるからわたしも楽しみだよ」


「姉様と入るお風呂が好きなのです。それに、姉様とならば冷水だろうと何だろうと癒し効果マックスですよ」


「もう、大袈裟なんだから」


 しかし、これは大袈裟でもなければ嘘でもない。ステラとならば地獄であっても極楽と感じるのがエステルであり、幼少期から常にべったりとくっついて離れずにきたのだ。

 もはや運命共同体と呼べる彼女達は、最期まで手を取り合って生きていくことを疑ってすらいなかった。




 浴場に隣接された脱衣所にて、着用している退魔師用の戦闘服を脱ごうとステラは裾を掴む。


「この戦闘服、脱ぐのが面倒なんだよねぇ……」


 退魔師に支給されている戦闘服は身体に張り付き、そのボディラインがくっきりと分かるデザインとなっていた。ステラとエステルの場合、スラッとしたウエストと大き目のバストが丸分かりで、よく人目を惹き付けている。


「ですが姉様の素晴らしいお体を常に見ることが出来るので、その点は好きですよ。脱ぎにくいのは確かに短所ですが」


「そ、そう言われると恥ずかしい……」


 半裸のステラは手で身体を隠し、顔を赤らめてる。それが逆にいやらしさを醸し出しているとは当人は気が付いていない。


「今更恥ずかしがらなくてもいいではありませんか」


「とは言っても……」


「そんな中途半端な状態ではお風呂に入れませんよ。さぁ、全てを解放して産まれたままの姿を曝け出してください!」


「おわーっ!?」


 クールなキャラクター性をかなぐり捨てたエステルが無理矢理にステラの戦闘服を脱がし、ご満悦な顔をしながら姉を浴場へ連行していく。エステルがこういう一面を見せるのはステラのみであり、素を出せるたった一人の相手なのだ。

 

「姉様、今日もお美しいです。それはもう芸術品のような……」


「エステルだって私と同じ姿をしているじゃないの」


「いいえ、私と姉様には違いだってあるのですよ」


 二人は確かにソックリな容姿をしているが、完全に一致しているわけではない。例えば、目元はステラの方が柔らかい印象で、エステルはキリッとして凛々しい印象だ。

 それぞれの性格を象徴するような雰囲気も相まって、双子と交流する機会の多い者であれば両者を見分ける事も可能である。


「私の顔つきは冷たい…ですが姉様は太陽のような温かさを感じさせてくれます」


 浴場の湯に浸かったエステルは、隣に座る姉の頬に手を伸ばす。ふにっとした感触が掌に伝わり、スベスベとした肌触りを堪能するためにゆっくりと撫でるように動かした。


「冷たくなんかないよ。エステルの瞳って綺麗だし、優しさが表れている」


 ステラもまたエステルの頬に手を添える。こうして物理的なスキンシップを取るのは普段通りのことらしく躊躇いのない動きであった。


「姉様さえいてくれるのなら、私には他に何もいりません。これからも、私と……」


「甘えん坊さんの独り立ちは当分出来なさそうだね?」


「独り立ちなど必要ありません。私と姉様は一心同体、切っても切り離せない存在なのですから」


 囁くように呟くエステルは手をステラの首、そして胸元へと滑らせていく。艶めかしい動きにステラはくすぐったそうに身体を震わせた。

 まるで世界には二人だけしかいないようなイチャつき具合であるが、この幸福な時間は唐突に終わりを告げる。

 

「あの、退魔師のお二方にお話が…って、お邪魔してしまいましたかね!?」


 浴場の戸をガラッと開いて現れたのは、この宿を紹介してくれた街の役人であった。何やら慌てている様子で、双子に緊急の要件があるらしい。

 エステルは突然の来訪者にイラ立っているようだが、ステラはプライベートモードから仕事モードへとすぐに意識を切り替えて応対する。


「いえ、大丈夫ですよ。なにか問題が?」


「あ、はい。この街にまた魔物が接近しているようなのです。しかも巨大な……」


「巨大な魔物が、ですか?」


「速度は遅いようでして、まだ到達には時間があります。その間に住人の避難は出来ますが、我が街の戦力は乏しく迎撃は困難を極めます。なにせ、小型の魔物にも対処できないほどでありますから……」


 この街にも一応は戦力があり、退魔師も数人所属しているのだが全くと言っていいほど役に立っていなかった。もし双子が救援に来なければ、あの狼型魔物の群れの攻撃で全滅していたレベルである。

 そんな程度の実力では巨大な魔物など撃破するのは不可能だ。もはや双子の退魔師コンビである”ステラテル”に託すしか選択肢が無い。


「分かりました。わたし達で戦います」


 魔物を討伐する退魔師を職としているのだから、今こそ彼女達の本懐を遂げる時である。

 まだムッとしているエステルを連れ、ステラは浴場を出て急いで着替えるのであった。






 街の北側、その方角から巨大な魔物が侵攻して来ているらしく、数人の退魔師が守りを固めている。それぞれ戦闘着と武器を装備し、格好だけは立派な戦士といった風貌であった。

 しかし、皆一様に不安を隠せておらず、軽く震えている者さえいる有様だ。


「あっ、ステラテルのお二人…!」


 だが、双子が駆け付けたのを見て安堵し胸を撫で下ろす。ステラテルと呼ばれる彼女達の活躍を知っており、その双子に任せれば勝てるだろうと楽観視し始めたのである。

 ハッキリ言って、それは責任放棄も同等と言わざるを得ない。退魔師としてのプライドも無く、街の存亡を背負っているという感覚がまるで無いのだ。


「助かります。街の周囲の警戒に当たっていた警備員が魔物の接近に気が付きまして。私達だけでは心許ないですからね……今日現れた小型の魔物にも苦戦して、街への侵入を許してしまったくらいですから……」


 ステラやエステルが来た時、街の中心部に突入した魔物の群れは好き放題暴れまわっていた。本来ならば住人に被害が出ないように食い止めるべきなのだろうが、この街の退魔師では全く手に負えず後手に回っていたのだ。


「敵はわたしとエステルで叩きます。皆さんは、ここで最終防衛ラインを構築しておいて下さい。わたし達がもし負けてしまったら、皆さんが最後の砦となるのですから」


「は、はい……」


 弱気に返答する退魔師を置いて、ステラテルの二人だけで魔物の侵攻する方角に走り出す。

 普通であれば戦いとは数的有利を築いた勢力が勝つものであるが、正直なところ志の低い味方は逆に足手まといだ。であるのならば、信頼し合って綿密な連携を取れる二人だけの方が勝率も上がるだろう。


「あれで退魔師を名乗っているなんて……酷いものですね、姉様」


「戦闘経験が少なければ自分が退魔師だということを忘れてしまうのよ。この辺りは以前は魔物との遭遇が少なかった地域だし、充分な訓練も積んでいないのかも」


「ですが、最近は魔物の数が増えてきています。この国全体で交戦事例が増加し、魔物の侵略を受けている状況です。あの方達にも、その現状を理解してもらわないとなりませんね」


 近年、魔物の侵攻が増えており、昔よりも物騒な世の中になってきていた。今はなんとか持ちこたえているとはいえ、このままではジリ貧となり負けてしまう可能性がある。


「だね。でも、まずは目の前の脅威に集中しよう」


 街の北側には小さな丘があり、それを駆け上るステラテル。斜面でありながらも平地を走るスピードどほとんど変わらない機動性で、彼女達の脚力と体力が存分に発揮される。

 そうして丘の頂上に瞬く間に到達、前方に広がる荒野が視界に入るのだが、


「アレですね。接近する魔物というのは」


 異質な存在も同時に双子の瞳に映りこんだ。さながら巨大な亀であるのだが、動物の亀とは比較にならない程に大型であり、全高は十五メートルは優にあるだろう。

 完全な陸上生命体として完成されたその魔物は、重量を感じさせる地響きと共に進撃する。


「サンドローム・トータス……珍しい種ですね。強敵として恐れられている魔物ですが、私達の敵ではありません」


「いくわよ、エステル」

 

 強大なプレッシャーを放つ亀型の魔物、サンドローム・トータスを前にしても二人は一歩も退かない。それどころか闘志を漲らせ、武器を携えて対峙する姿勢だ。


「敵もコッチを見つけたみたいね」


 退魔師姉妹を探知したサンドローム・トータスの野太い威嚇の咆哮が大地に響く……

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