双星のペンタグラム ~王国最強の退魔師コンビは双子姉妹【しっかり者の姉とシスコン妹】~

ヤマタ

第1話 ステラテル

 月明かりの無い夜、暗黒が支配する森の中を二人の少女が駆けていく。軽やかな身のこなしで木々などの障害物を避けていき、闇夜であっても臆することなくハイスピードで走り進む彼女達はタダ者ではないらしい。

 真紅の髪を靡かせるその二人は双子の姉妹のようで、彫刻像のように美しく整った顔立ちは瓜二つなほど似通っていた。


「もうすぐ目的地だよ。準備は大丈夫よね、エステル?」


 双子の片割れが、もう一人に声を掛ける。その声色には多少の緊張感を含みつつも、柔和な表情で思いやりを感じさせる言い方であった。


「はい、ステラ姉様。退魔師として、魔物を叩き潰すのが楽しみです」


 ステラと呼ばれた少女が姉で、エステルが妹なのだろう。同じ日に生を受けた双子とはいえ、産まれた順番で姉と妹を決められてしまうわけだが、エステルはステラを姉様と慕い自分が妹として扱われる事に不満は感じていない。

 

「ふふ、油断せずに頑張ろうね」


「私と姉様なら余裕ですよ。十八年間共に生きてきた、私達姉妹のコンビネーションの前では魔物など雑魚に過ぎません」


 退魔師を自称する二人は、まるでラバースーツのように身体にピッタリと張り付いた戦闘服を着用していて、それぞれに武器も携えている。若干十八歳でありながら魔物との戦いに身を投じ、しかも歴戦の退魔師としての自信さえ持ち合わせているようだ。

 そんな会話をしながら二人は森を抜けて、小さな街に差し掛かった。この街こそが双子の目的地であり、一度足を止めて全体の様子を確認する。


「悲鳴…! 戦闘音も聞こえるね」


「やはり魔物に襲撃されているようです。ステラ姉様、急ぎ救援に向かいましょう」


「よし、行くよ!」


 深夜の街は本来ならば静寂に包まれているハズだ。

 しかし、断末魔の絶叫や、爆発のような物騒な音が聞こえてくる。更には街の中心部付近に煙が立ち昇っていて、ただならぬ事態が起きているのは誰の目に見ても明らかだ。

 そして、この異常を双子は魔物の襲撃だと断定する。これは経験に裏打ちされた直感と、事前に入手した情報から導き出した結論らしい。


「見つけた! アレだね!」


 街に突入した双子は脚力を活かして大きく跳躍し、索敵を行って敵の姿を視認した。

 彼女達が発見したのは十数体の四足歩行型の魔物で、狼に似た形状をしている。だが、頭部は悪魔のように歪み、おぞましい邪気と狂気を放ちながら住人を襲撃していた。

 

「数が多いね。これは厄介かも」


「大丈夫、勝てますよ。姉様、私が先行して攻撃を仕掛けます」


「分かった。わたしが後方から援護するから」


 頷くエステルは、着地と同時にダッシュ。背負っている鞘から刀を引き抜き、腰だめに構えて魔物達の背後から迫った。

 そのエステルに気が付いた魔物の一体が振り返り、威嚇の咆哮を上げようとするが、


「消え去りなさい」


 声を発する間もなく真っ二つに切り裂かれて絶命した。エステルの刀捌きは目にも留まらぬ素早さで、残像すら描いている。

 一体を撃破して強気になるエステルは続けざまに近くの個体も倒し、魔物の群れの中へと斬り込んでいく。


「さすがエステル。自慢の愛する妹…わたしも負けてられないわ」


 高機動近接戦を得意とするエステルが前衛を務め、姉のステラは妹の活躍を目にしながら何かを念じ始めた。


「いけ、メテオール!」


 ステラが腰に巻く太いベルトには、拳ほどの大きさの結晶体が十個取り付けられている。三角形型のソレらがメテオールと呼ばれるユニットで、ステラの思念を受けてベルトから離脱し敵に向かって飛翔していった。

 閃光の尾を引く姿はまさに流星。しかも、ただ無機質に直進していくのではなく、脳波コントロールを受けて敵の一体を取り囲んだ。


「そこっ!」


 気合の入った号令を受けたメテオールユニット達は、三角形の頂点部分から光を放つ。これは魔力を凝縮した魔弾であり、包囲した魔物に集中砲火を浴びせた。


「さすが姉様。やりますね」


 重粒子ビームのような魔弾を全身に撃ち込まれたターゲットはハチの巣になって瞬時に絶命。遠隔操作可能なメテオールの性能を存分に見せつける。

 双子を脅威と判断した魔物達は住人を襲うのを止め、反転して集団で攻勢に打ってでた。仲間を殺されたことで憎悪と敵意を燃やし、凶悪な牙を剥き出しにしながら突進をかけていく。


「いくら数が多かろうと、私と姉様を倒すことはできないわ」


「エステル、メテオールで支援するからね」


「姉様に守って頂きながら戦う…なんて幸せなのでしょう、私は」


 エステルを護衛するようにメテオールが近くに浮かぶ。姉からの加護を受け、少し恍惚とした笑みを浮かべながら刀を構えている様子を見るに、姉であるステラに対しエステルが相当な情愛を抱いていると分かる。

 

「敵から向かってきてくれているのだから!」


 俊足で迫りくる獣のような魔物の集団など恐怖でしかない。普通の人間であれば腰を抜かして終わりだろう。

 しかし、エステルは全く恐れることなく迎撃の姿勢を取った。


「甘いわね!」


 接近する集団の先頭の魔物が噛みつこうと飛びかかるが、エステルは最低限の動きで回避し、逆に刀で胴体を両断して撃滅する。

 この一瞬の攻防を目撃した後続の魔物は散開、エステルを全方位から襲おうと画策した。


「ふん、小賢しいわね……でも、残念ながら意味の無い行為よ」


 小さく呟くエステルは後退せず、その場に留まり刀を下げる。傍から見ると諦めて死を受け入れたかのようにも思えるのだが、


「エステルには触れさせない!」


 ステラの意思を体現するかのようにメテオールが散らばり、エステルを襲撃しようとする魔物に魔弾を叩きこんでいく。

 魔物はエステルに到達する前に次々と撃ち落とされ、この攻撃で十数体いた個体の多くが倒されたのだ。

 

「ありがとうございます、姉様。後はお任せください」


 残る敵は二体。こうなれば姉の手を借りるまでもない。

 ふぅと一息ついたエステルは、地面を蹴って加速。魔物をも上回るスピードで二体の至近距離まで詰め、横薙ぎに刀を振り抜く。


「…終わりね」


 たった一撃で二体をまとめて薙ぎ払い、血飛沫が舞う中でエステルは納刀して戦闘態勢を解いた。そのスタイリッシュなバトルスタイルは見る者を惹き付け、殺伐とした戦場で美しく咲き誇っている。


「お疲れ様、エステル。もう周囲に敵はいないみたいだよ」


「私と姉様の勝利ですね」


 先程まで激しい戦闘音が響いていた街に静寂が戻った。荒らしまわっていた魔物は殲滅され、住人達はホッとして胸を撫で下ろしながら身を隠していた物陰から出てくる。


「あの二人の退魔師のおかげで助かったわねぇ。一時はどうなるかと……」


「もしかして、あの二人ってステラテルと呼ばれている双子コンビじゃないの?」


「ステラテル?」


「ステラとエステルの名前を組み合わせたカップリング名だよ。最強クラスの退魔師として有名だぞ」


 双子の知名度は高く、そのペア名は一般人にも知れ渡っていた。最強クラスと謳われ、並みの退魔師を上回る戦闘力を有していることも。


「今日も無事に終わらせることが出来たね。死んだら終わりだから……」


 ステラはメテオールユニットをベルトに格納し、エステルの頭を優しく撫でて労をねぎらう。これが戦闘後の二人のルーティーンであり、ステラの包容力に甘えたいエステルが要求して始まったものであった。


「姉様のぬくもり……うひひ、たまりません……」


 奇妙な笑い声を漏らすエステル。凛とした口元がへにょっと歪み、にやけ面になっていて、先程まで凶暴な魔物を圧倒していた退魔師とは思えない。

 

「さて、もう夜も遅いし、この街の宿屋が使えないか交渉しよう」


「ですね。今から本隊と合流するのも面倒ですし」


 仕事を完遂した二人は、様子を見に来た街のお偉いさん達から宿の場所を聞き出し、しかも無料で利用できる権利を勝ち取った。こういう交渉は社交的なステラが行い、エステルは無表情のまま姉の影に隠れている。


 退魔師として、いつも通りに任務をこなした双子の姉妹。この先も共に使命を果たしていく生活を送るのだろうなと漠然と考えていた。

 だが、まだ二人は知らない。邪悪なる計略に巻き込まれ、今までの価値観や自分自身そのものの認識が変わる時が来ることを……

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