第26話 パラニアの計略

 ハープーンの北にある山岳地帯、ここを占拠した魔女パラニアの軍勢を撃破するべく退魔師達が攻勢に打って出た。

 その中でもエステルは翼を使って空中戦を繰り広げ、パラニアやガーゴイル型の魔物を相手に奮戦している。


「今日こそ倒してみせるわ、魔女め!」


 ガーゴイルの攻撃をくぐり抜け、エステルはパラニアに襲い掛かった。この場の魔物達を指揮する魔女さえ倒してしまえば、もはや他の魔物など脅威ではない。姉の負担を減らすためにも、エステルは早期の決着を狙っているのだ。


「ふははは! できるかな?」


「なにを楽しそうに…!」


 昨日の戦闘では撃退され、今日に至っては拠点まで攻め込まれているというのにパラニアは上機嫌な様子であった。純粋に戦いを楽しんでいるというわけでもなさそうなのだが……


「アタシの勝ちは揺るがないのさ……ふふふ」


「なんだコイツ……」


 不気味な笑いを漏らすパラニアにエステルが斬りかかるが、ランスによって受け流される。ナゾの高揚感で浮かれていながらも、敵の攻撃を見切るセンスは落ちていない。


「さぁさぁ、そうやって無駄に足掻けよ!」


「鬱陶しいヤツ! 調子に乗っていられるのも今の内よ!」


 不用意に接近戦を挑んできたガーゴイルを切り捨てつつ、エステルはパラニアを追撃する。お互いの武器が交錯し、火花が二人を焼くかのごとく四散した。




 エステルが激しい空中戦を行う中、ガネーシュは魔弓を用いて援護射撃を敢行しようとするが、彼女の名を呼ぶ声を聞いて引き下がる。


「ガネーシュさん、事件っス! アレはヤバいっス!」


 その声の主は、ガネーシュの指示を受け逃走したガーゴイルを追いかけていた退魔師だ。なにやら慌てた様子で必死に何かを訴えかけている。


「落ち着いて。どうしたの? あのガーゴイルは倒せた?」


「いえ…実は、アイツが逃げていった先は海だったんス」


 この山岳地帯の脇には海が広がっており、そこにガーゴイルは逃げ出したらしい。普通の退魔師は飛行が出来ないので追撃は不可能になるが、慌てるほどの事態ではないだろう。

 

「ふむ……で、ヤバいというのは?」


「なんと海にはデッッッッカい変な魔物が浮かんでいたんス! ガーゴイルはそのデカブツと合流して、二体はハープーンの方へと海上を進んで行ったんス!」


「なんと…!?」


「マジで大きいんス! あんなの見た事ないッス。それこそ山のような巨大さで……」


 ガネーシュ達が出発した港町ハープーンは当然ながら海と隣接しているわけで、そのデカい魔物とやらが上陸を目指して侵攻を始めたようだ。


「あのガーゴイルは伝令として、魔女からの命令を伝えるためにデカブツに接触しに行った…? 海上に隠していたソッチが主力であり、コッチは囮ということ…?」


「ど、どういうことっス?」


「魔女はこの山岳地帯に我々をおびき寄せてハープーンの守りを手薄にし、その隙に別動隊を進軍させて町を一気に破壊しようという算段かもしれない。魔女は自分自身をも敵をおびき寄せるエサとしたのか…?」


 退魔師のいない町など魔物にとっては狩場にしか過ぎず、一方的な蹂躙と破壊の場と化してしまうだろう。魔女パラニアはアストライア王国の制圧を野望としており、人間の町を一つでも多く打ち壊したいと考えているのだから、こういう作戦を考えていても不思議ではない。


「クッ、やってくれるな魔女は! こうなったら、ステラテルに頼むしかないね!」


 巨大な魔物を討伐するのは簡単ではなく、普通の退魔師では攻撃の威力が足りなくて通用しないことさえある。その点、ステラテルならば必殺の奥義で打ち負かせるので適任だ。


「けど魔女をどうにかしないと……よし、ここは私達がなんとか抑えるしか!」


 ガネーシュは近くでメテオールを操っていたステラに接触しつつ、エステルには戻るよう呼びかけた。

 

「エステル戻ってくれ! 敵の主力が海からハープーンに向かっている!」


「ふん、気が付いたのかい人間め」


 刺突を回避して引き下がるエステルを睨みつつ、パラニアは策がバレたことを察する。しかし、自分の勝利は揺るぎないという絶対的な自信があった。


「本当なら陸と海から両面同時侵攻をやる予定で準備したんだけどね……昨日はオマエ達のおかげで失敗してしまった。今回は上手くいかせるためにもココに貴様達が来るのを待って、無防備な町を襲撃させる計画なのさ」


「あっそう。これで私達が来なかったらどうするつもりだったの? 永遠にこんな場所で待ちぼうけしていたのかしら?」


「確実に来ると分かっていたさ。アタシを殺したがっているオマエ達ならな」


 この山にある拠点まで追ってくるようエステルを挑発したのも作戦だったのだ。劣勢に追い込まれながらも思考を巡らせ、有効な反撃手段を思いついていたのである。


「どうでもいいけど、聞いてもいないのにベラベラと喋るのは小物のする事って分からないようね」


「勝てると分かっていれば解説もしたくなるものさ。アタシの狙い通りにおびき寄せられた時点で終わりなんだよ」


 ランスを構えたパラニアは配下の魔物と共に一斉攻撃を仕掛けた。ここでステラテルを足止めすれば、海からの魔物を食い止められる心配もなくなる。


「人間の町など片っ端から破壊し、このアタシが魔物のための新しい拠点としてやる!」


「コイツっ!」


 エステルはランスを弾きながら後退していく。魔女パラニアを討伐するのも重要案件ではあるが、まずは町を防衛しなければ戦術的に負けとなってしまう。


「ステラテルはすぐにハープーンに引き返してほしい。この魔女達は私やカリンで引き受ける!」


 そのガネーシュの言葉を聞いたのは双子だけではない。パラニアの耳にも入っており、自分が過小評価されているような感覚がして怒りが沸騰していた。


「生半可な人間にアタシを抑えられると思うなよ! 羽付きならまだしも、下賤な雑魚など敵ではないわ!」


「じゃあ試してみなよ。私のような退魔師も殺せないんじゃ、ステラテルには勝てないぞ」


「一瞬で殺してくれる!」


 感情任せにパラニアはガネーシュを強襲する。ガネーシュは魔弓を主兵装とする遠距離戦士のため、至近距離の間合いでは圧倒的に不利となり瞬殺されてしまうかと思われたが、


「ガネーシュ先輩はやらせないんだから!」


「邪魔をするな小さいヤツめが!」


 カリンが両者の間に割って入り、両手に装備する刀剣でランスを防いでみせたのだ。狂犬などと呼ばれる彼女にも正義感はキチンと備わっていて、仲間のピンチを見過ごすほど腐ってはいない。


「小娘め、このまま潰してやろうか!」


「チッ、押されている…!」


「パワーがダンチなんだよ!」


 ズサッとカリンの足が地面を滑って押されていく。二人には明らかな力の差があるため、正面からのぶつかり合いでは勝ち目は無い。

 優位に立つパラニアは両腕に更に力を籠めるが、


「なにっ!?」


 周囲からプレッシャーを感じ取って視線を走らせると、パラニアを取り囲むようにメテオール十機が飛び交い魔弾が撃ち出された。


「しまった…!」


 身を捻って魔弾の回避を試みるが、カリンに集中していたために気が付くのが遅れたことが災いし、二発の魔弾がパラニアの左の翼に着弾する。

 身の丈程もある大振りな翼が吹き飛び、これでは魔女とはいえ飛行は出来なくなった。


「チッ、やられた……」


 瞬時の回復は出来ないため、暫くは陸戦をするしかない。パラニアは激しい痛みを感じながら敵である人間達を睨みつける。


「あの羽付きどもに行かれてしまったか…!」

 

 この隙を見逃すステラテルではない。魔女が回復する前にメテオールを回収して飛び立ち、海からの脅威が迫るハープーンへ急行していったのだ。

 パラニアは唇を噛みながら自らの失態を悔やみつつも、接近をしてきたカリンに対応してみせる。


「飛べない魔女などタダの魔物よ! ここからカリン・ドミテールの反撃が始まるわ!」


「油断に足元をすくわれたが、もう後れを取ることはない!」


 刀剣による連続攻撃をいなし、しかもガネーシュの魔弓による狙撃をも防ぐパラニア。いくら飛行不可とはいえ、それで戦闘力が落ちたわけではなく、強靭な脚力を活かした機敏な動きで戦闘を続行する。


「陸の上でも最強な生命体なんだよ、魔女ってのはさァ!」


 ステラテルを追えないのだから、こうなった以上は目の前の敵を叩くだけだとランスを突き出しながらカリンに襲い掛かる。その覇気を纏う一撃は空気すらも振動させていた。


「カリン、この魔女は私達の連携でココで倒すよ!」


「ステラテルばかりにイイ思いをさせられませんしね! 頼みますよ、援護射撃を!」


 対するカリンとガネーシュも引き下がらず、ステラテルがハープーンの防衛に成功する事を祈りながら魔女に立ち向かうのであった。

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