第25話 追撃戦、敵陣へ
宿で一晩過ごしたステラは、窓から差し込む朝陽の光で目を覚ました。先日は強い雨風に晒されていたのだが、その荒天は去って絶好の観光日和の空模様である。
しかし、ステラ達に港町ハープーンを見て回る時間は無い。何故なら、取り逃がした魔女一行が拠点としている山岳地帯へと赴かなければならないからだ。
「おはようございます、姉様」
「おはよう、エステル。ちゃんと眠れた?」
「いえ、姉様以外の者と寝室を同じにするという苦痛のせいでイマイチ……」
遊撃隊に貸し出された宿の部屋は一室のみで、ステラテル以外にもカリンとガネーシュも同室だった。そのため寝床も同じにしなければならず、エステルは姉と二人きりで床に就けないというストレスのせいでマトモに眠れなかったようだ。
「エステル・ノヴァ、アンタのシスコン具合もいい加減ヤバいわよ」
と、そのステラテルの会話で起床したカリンは、キラッキラに輝く金髪を束ねながら嫌味を言う。
エステルは眉をピクリと動かしてイラっとしながらも、フフと悪い笑みを浮かべてカリンを見下ろした。
「そう言うけれど、アナタなんて毛布を抱き枕にしながら寝ていたし、寝言でママって何度も呟いていたわよ」
「は、はぁ~!? このあたしがンなコトするわけないでしょ!」
否定するカリンだが自分でも自覚があるようで、顔を真っ赤にしているし声が裏返っていた。
ステラはそんなカリンを微笑ましそうに眺めていて、それが逆にカリンに羞恥心と敗北感を感じさせている。
「クッ…! こんな辱めであたしは負けたりしないわ!」
「もう負けているのよ。大好きなママに慰めてもらうために王都に帰ってもいいのよ?」
「バカにしてッ! 今日の遠征でぎゃふんと言わせてやるから憶えてろー!」
キーッと呻きながら涙目でカリンは部屋を飛び出していく。
そんなカリンと入れ替わるように部屋に入ってきたのはガネーシュで、彼女は夜明け前に起きて軽くトレーニングをしていたらしい。
「カリンはランニングにでも行ったのかい?」
「そんなところです。ガネーシュさん、今日は予定通りに出撃ですね?」
「うん、天気も回復したし。二人も戦闘着に着替えて準備をしておいてね」
ガネーシュは汗を流すべく浴室に向かい、残ったステラテルは宿から支給された浴衣を脱ぎはじめる。
「うへへ…やっと姉様のお美しい裸を見ることができますね」
普段の二人は裸で寝ているため、エステルは姉の裸体を拝みながら夢の世界に落ちているのだ。いわば、それがエステルにとっての睡眠薬のような役割を果たしており、今日寝つけなかったのもコレが原因の一つでもあるのだろう。
「もう、エステルは物好きだねぇ」
かくいうステラも満更でもないように大胆に服を脱ぎ、朝陽が裸体を輝かせた。その神々しさは邪な気持ちを持つ者を浄化する力があるようで、エステルは直視できずに手で光を遮りながらも、必死に姉の姿を目に焼き付けようとしている。
「さ、わたし達も軽く体を動かしておこう。エステルもほら、着替えた着替えた」
「は、はい。今すぐに」
戦闘着を纏う姉に急かされ、エステルは幸福感を感じながらボタンに手をかけるのであった。
ガネーシュの先導でステラ達が町の外へと出ると、既にハープーン所属の退魔師が部隊を形成して待機していた。彼女達は主力ではなくバックアップで、遊撃隊のメンバーが強力な魔物と交戦している時に雑魚を引き受ける役割を任されている。
「町の北にある山岳地帯、そこの強行偵察を行いつつ、敵を確認したら戦闘に移る。というわけで、皆行くぞ」
退魔師達はガネーシュの言葉に頷き、町を後にする。この場に居るのは昨日の戦いを生き残った者達で、皆一様に真剣な眼差しだ。
出立から約三十分後、徒歩で進軍していた遊撃隊とハープーンの連合部隊は目的の地へと到達した。標高自体は低いものの、いくつかの山が連なって自然環境の険しさを表すように立ち塞がる。ここは人の立ち入りは少なく、以前は野生の動物が繁殖している地であったらしい。
しかし、今ココを占拠するのは魔の種族だ。山岳地帯の中で最も幅広な山の麓には魔物がうろついていて、接近する退魔師に気が付いて慌てるように吠えている。
「昨日かなりの数の魔物を倒したのに、まだ結構な魔物がいる……魔女もどこかにいるかもしれない」
ステラは視線を走らせて索敵を行うが、魔女パラニアは見つからない。
「あの山のほら穴にでも潜んでいるのかもしれません。戦闘が始まれば出てくるかも」
「そうだね。どこから奇襲を仕掛けてくるか分からないし、魔物を討伐しながらも慎重にいこう」
エステルは刀を抜いて前進、ガネーシュやカリンも続く。敵である魔物も人間の襲撃を止めるべく迎撃態勢を整えていた。
「先にいくわよ、カリン・ドミテール。私と張り合うのならば、死ぬ気でついてくることね」
「ナメんじゃないわよ! アンタよりも活躍してやるわ!」
吶喊娘とも言うべきエステルとカリンが一陣の風のように駆け、麓に集結している魔物に斬り込む。二人の戦闘力の前には太刀打ちできる魔物などおらず、ばっさりと両断されていく。もはや蹂躙とも呼べる乱舞ぶりで、ほとんど一方的な戦闘である。
そんな二人を後方から援護するのがステラとガネーシュだ。彼女達は遠距離攻撃による戦いを得意とする退魔師であり、エステルらを側面から襲おうとする魔物を狙撃していく。
「このままなら間もなく撃滅できるねぇ。ン、一体飛んでいく魔物がいる…?」
ガネーシュの視界の中に、山の中腹から飛び立つ魔物が映り込んだ。それはガーゴイル型の魔物で、悪魔のような漆黒の翼による飛行を可能としている。
他の魔物が戦列に次々と加わっているのに、一体だけがあらぬ方角へと飛行していった。
「そこのキミ、あの飛んでいく魔物を追いかけてくれないか? 後顧の憂いを無くすためにも、できるだけ敵は倒しておきたいんだ」
「了解っす」
魔弓の有効射程距離から離れてしまったため、ガネーシュは近くにいたハープーン所属の退魔師に追撃を依頼する。こういう時、少しでも敵の数を減らしておくほうが得策だろう。
指示を受けた若手の退魔師がガーゴイル型を追い、ガネーシュはエステルやカリンの支援に集中する。
そうして戦況は人間側の優勢に傾いて、魔物の残存戦力も僅かになってきた。もはや大局は決したと言ってもいいだろう。
しかし、戦いとは思うように進むものではない。今回も、再びの脅威が退魔師の前に現れる。
「ここからはアタシが相手だ!」
先程ガーゴイル型が飛び立った山の中腹、そこからランスを振り回しつつノッシリと歩み出るのは魔女パラニアだ。背後にはガーゴイル十数体を従え、人間に決戦を挑もうとしている。
「ふん、やはりココを拠点としていたのね。ま、逃げずにいたのは評価してあげるわ。とっくに尻尾を巻いて逃走しているかと思ったけれど」
エステルはパラニアに相対し挑発する。二度に渡る魔女との戦いは決着が付かなかったため、今度こそは仕留めてやるという気概が口に出たのだ。
「ホントにムカつくヤツだよ、貴様は」
「私にとってはアナタの存在がムカつくけれどね。まあいいわ、ここで殺すから」
「ハッ、やってみせろや。勝負はアタシの勝ちで終わりさ!」
バサッと翼を広げ、ガーゴイル達と共に一気に降下していくパラニア。威圧感バツグンの進撃であるが、エステルは微動だにせず殺意を漲らせていく。
「アンタ一人にカッコつけさせないから! あたしもいるのよ」
「カリン・ドミテール、アナタはガーゴイルの相手でもしていなさい。魔女とやり合うには早いわよ」
エステルの制止も聞かず、カリンは目の前から迫る脅威に立ち向かう。だが、魔女を護衛するガーゴイルが口に魔力を集約させ、魔弾を形成して一斉射を敢行してきた。
「コイツらめ…! おいコラ、降りてきて戦いなさいよ!」
翼で飛行する魔物を撃破するには射撃で撃ち落とすか、体力と魔力が尽きて地上に
降りたところを狙うしかない。だが、まだまだ敵は力に満ち溢れており、今のカリンでは対抗のしようがなかった。
「だから退きなさいと言っているの。ここは私がやる」
エステルはすかさず翼を展開し、飛翔して空中戦に移行する。機動性を活かして敵の魔弾を回避しながら接近、ガーゴイルの一体を真っ二つにした。
「カリン、キミは獣型の魔物を頼む。空の敵は私とステラテルに任せて」
「し、仕方ないわね……」
強敵を倒して戦果を挙げたいカリンであるが、ガネーシュの言う通りに周囲に散らばる四足歩行の獣型魔物へと意識を切り替える。意地を張ってもカリンが飛べるわけではなく、現状で出来る事を確実にこなす他にないと彼女も理解しているのだ。
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