第24話 一時的な勝利

 破壊衝動に駆られるように獣型の魔物達がステラに襲い掛かる。この魔物達は魔女パラニアの支配下に置かれたことで彼女の好戦的な性格が反映されているのか、とにかく人間を殺すことだけしか考えていないようだ。


「邪魔をしないで!」


 喰い殺そうと飛びかかって来た魔物をメテオールから放たれる魔弾で迎撃し、凶暴な生命を肉片へと変えていく。集中攻撃を受けるような状況でも的確に撃ち落とせるのはステラが優秀だからであり、普通の退魔師では多数の魔物に囲まれたら正気ではいられないだろう。


「こうなれば飛ぶか…!」


 ステラは魔力の翼を背中から生やし、魔物達の頭上に浮き上がる。敵は四足歩行の陸戦型が主で、ガーゴイルのような形状をした空戦型もいるのだが少数なため対処はしやすい。


「待ってて、エステル。すぐに終わらせるから!」




 一方、エステルは姉の奮戦を視界に入れる余裕も無く、パラニアと激しい近接戦を行っていた。こちらも翼を用いて飛翔し、低空にて切り結ぶ。


「今度こそ厄介なアナタを始末してやるわ」


「人間風情がアタシに対抗しようなんて百年早いんだよ!」


「その下に見ている人間にやられかけたのだから、アナタこそ百年くらい鍛えてきたらどうかしら?」


「コイツっ!!」


 挑発に乗って激怒し、パラニアは追撃を仕掛ける。これ以上人間に侮辱されるなど我慢できず、重量級のランスを片手で操りエステルの頭部を狙った。


「これで相手が消耗してくれれば…!」


 エステルは単に相手をキレさせたわけではなく、あえて怒りを誘ったのだ。こうすることで相手が全力を出してくれば魔力の消耗も早まるし、いくら魔女であっても無限の体力を持っているわけではない。

 しかし、これは危険な懸けである。増幅した魔女のパワーを防げるだけの技量がなければ自殺行為でしかないのだ。


「死ねよや!」


 パラニアはランスの先端から強力な魔弾を発射し、エステルを撃墜しようと狙った。灼熱の熱波を伴いながらエステルに迫りゆく。


「クッ、やるわね…!」


「逃がすかよ!」


 大きくターン回避したエステルにパラニアがランスを突き出す。

 素早い連続技を前にエステルも舌を巻くが、簡単に負ける気などない。


「この程度で! 今度はコッチの番よ!」


 鋭い槍先を刀で弾き、空中で旋回しながらエステルはパラニアの背後を取る。このまま、その背中に刃を突き立てようと一気に動いた。


「チィ! 厄介なんだよ、人間めが!」


「鬱陶しいのよ、魔女!」


 瞬時に反転してみせたパラニアのランスに刀は受け止められ、二人は鍔迫り合いとなり、殺気の籠る鋭い視線を互いに突き刺す。

 そんな両者の間に飛び込む光があった。


「魔結晶!? オマエの片割れのか!」


 割って入ったのはメテオール・ユニット数機であり、三角形型のソレは魔女パラニアに向かって一斉に砲撃する。


「さすが姉様、低級の魔物は殲滅したのね」


 ステラはパラニアが率いていた魔物のほとんどを撃破して、エステルの援護に駆け付けたのだ。


「アナタも魔物達のもとへ逝きなさい!」


「ふん! まだ死ねるものかい!」


 ランスを盾としてメテオールの魔弾を防御し、パラニアはここが引き際だと判断した。配下の魔物の多くを失った以上、このまま戦闘を続けても不毛だと判断したのだ。

 

「オマエ達はアタシの身代わりになればいいんだよ!」


 生き残っていた飛行可能なガーゴイル状の魔物数体をステラテルに特攻させ、彼女達が足止めを受けている間に後退をかける。


「部下を捨て駒にするなど!」


「コイツらはアタシの駒にしか過ぎんのだよ。もし追ってくるつもりなら、この町の近くにある山まで来な。そしたら相手にしてやるよ」


「追ってやるわ!」


 エステルは纏わり付いてきた二体のガーゴイルを切り捨ててパラニアを追撃しようとするが、既に上空の分厚い雨雲の中に紛れて姿をくらましていた。魔女の飛行速度はかなり速く、これでは追撃するのは不可能だ。


「しまった……魔女を取り逃がすなど……」


「大丈夫だよ、エステル。ヤツの言葉通りならハープーンの北にある山岳地帯が拠点に間違いない。そこに攻め込んでやろう」


 ハープーンから魔道管理局に届いた要請でも、町の近くにある山岳地帯に魔物が集結しているという情報が含まれていた。そこをパラニアが侵攻の拠点としているのだろう。


「ガネーシュさん、このまま魔女を追いますか?」


「うーん…この天気の荒れ具合じゃヤメておいた方がいいかもね。いくら退魔師とはいえ、こうも雨風に晒されては体力がもたないもの」


 追撃をかけてもよいのだが、豪雨も重なっているため深追いせず後退することを選んだ。退魔師は通常の人間よりも頑丈であるとはいっても無敵というわけではなく、体調を崩すことだってあるわけで、激しい雨風の中で長時間動き続けるのは推奨されない。

 しかも、視界不良のために戦いそのものがやりにくいのだ。


「一度ハープーンに行こう。そこで休息を取りつつ天候の回復を待つ」


 ガネーシュの案にステラは頷き、ハープーン所属の退魔師達と合流しながら港町へと引くのであった。






 ハープーンは艦船の着岸する湾岸の他、美しい砂浜など海に関する観光資源も豊富な町である。しかし、少し弱まってきたとはいえ雨は降り続いていて、残念なことにそれらを堪能する状況ではない。

 ステラ達は町の宿の一室を貸し出してもらい、湯で冷えた体を温めてから食事にありついていた。


「三人とも休めたかな?」


「あ、はい。ガネーシュさんにばかりご苦労をかけてしまって……」


「気にしないの。この中では私は一応最年長者だし、町の役所とのやり取りだって局長に頼まれたことだからね」


 ガネーシュはハープーンの治安維持部門に到着の挨拶と、町近郊での戦闘について報告してきたのだ。ステラも同行を申し出たのだが、先に休んでいるよう指示を受けたために宿に先行していたのである。


「敵を退けたわけだけど、まだ完全勝利とは言えない。町の北にある山岳地帯に魔女がいるかもしれないし、そこを確認しないとね」


 まだ魔女の脅威が去ったとは言えず、パラニアが拠点としていると推測される地点を捜索する必要があるだろう。


「けれど、本当に魔女が現れるとはね。ステラテルの報告を聞いた時も驚いたけど、実際にホンモノを見てみると圧倒的と分かるよ」


「ビビる必要なんてないですよ、ガネーシュ先輩。魔女だろうがなんだろうが簡単にブッ潰してやりますよ」


「はは、カリンは頼もしいね。でもステラテルと対等に渡り合う敵なんだから、油断はいけないよ」


「ふん! 見てなさいよ、ステラにエステル。あたしがアンタ達の獲物を横取りしてやるんだからね!」


 肉を食い千切りながら威勢よく双子に宣言するカリン。どうしてもライバル視しているステラテルに戦果で勝ちたいようだ。


「アナタに倒せるかしら? ヤツのランスで串刺しにされて、アッという間に犬死にするのだけは勘弁してちょうだいね、狂犬さん」


「バカにしないでよね! 逆にあたしが細切れにしてくれるわ!」


「そう。ま、私と姉様の邪魔さえしなければ構わないわよ」


 エステルは別にカリンと競っているわけではないので、パラニアをカリンが倒してしまおうが知ったことではない。喧嘩を売られれば不愉快ではあるものの、姉と自分に迷惑さえ掛からなければ他のことはどうでもいいと考えている。


「ハープーンの役人は、この機会に攻勢に出ることを計画している。今日中に戦力を整え、明日の朝に私達遊撃隊員と戦列を組んで出撃する予定だってさ」


「確かに今が反撃のチャンスですね。私達も頑張りませんと」


 魔女の手元にどれほどの戦力が残っているか分からないが、侵攻前に比べれば大きく勢力を落としているのは間違いない。ハープーンの町としても、平穏を取り戻すために攻撃に打って出たいのだ。


「キミ達も今日は早めに就寝しておいたほうがいい。私達は一応主戦力として期待されているからね」


「了解しました。ガネーシュさんもお疲れでしょうから、今日はゆっくりお休みください」


「そうさせてもらうよ。雨で濡れてしまったし、風呂を使わせてもらおうかな」


 部屋に隣接されている浴室に向かうガネーシュを見送り、ステラは手元に置いてあるメテオール・ユニットの整備を始める。明日再び魔女と会敵することになる可能性もあるわけで、そうなれば激戦は免れられない。

 しかし、ステラに不安はない。エステルという絶対的に信頼できるパートナーがいるし、カリンやガネーシュという強力な味方もいるのだ。

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