第23話 荒天の中の激闘

 カリンの来訪によって休暇は終わりを告げ、戦闘着に着替えたステラとエステルは魔道管理局へと足を運ぶ。ついこの前魔物討伐の遠征から帰ったばかりで、休みを貰ってから間もないというのに酷な事であるが、退魔師を職としてる以上は仕方がないのだ。


「すまない、キミ達のチカラを借りる必要がありそうなんだ」


 管理局のブリーフィングルームにて、同じ遊撃隊に所属し先輩にあたるガネーシュがステラテルを出迎える。ハイぺリオン・コンドル戦で共闘して以来の再会で、彼女もまた遠征やらで忙しかったようだ。


「魔物の群れがまた襲来しているのですね?」


「ああ。王国北西部にある港町から支援要請が来ているんだよ。町の近くにある山岳地帯にて魔物が多数集結しているのを偵察隊が発見し、退魔師が攻撃を仕掛けたのだが追い返されてしまったようだ。その魔物を我々で討伐するというのが今回の任務だよ」


「それは放っておくわけにはいきませんね」


「魔物共が元気だとコッチの気が滅入るよ、まったく……」


 町の退魔師だけでは撃退されてしまったため、遊撃隊に支援を要請したのだろう。


「ステラテルの二人にも負担をかけて申し訳ないが宜しく頼む、というのが局長からの伝言だ」


 管理局の局長も本来ならステラテルをもっと休養させたいと考えていたようだが、事態がそれを許さない。王国はまさに魔物との戦時下にあるのだから。

 だが、この原因を作り出した女王らは安全地帯で見ているだけで、本人達は魔龍の修復に熱心になって王国民の犠牲など気にもしていない。


「お婆ちゃんのような立派な退魔師になるには、これくらい頑張らないと」


「ふん、アンタ達みたいなヘンタイ姉妹が崇高なるガラシア様のようになれるわけないわ」


「へ、ヘンタイ……」


「だってそうでしょ? 姉は覗かれて興奮するわ、妹はまるでストーカーのようでコレでヘンタイじゃなければなんなのよ」


 呆れ顔で言うカリンに反論できないステラテル。風呂での一件もそうだが、首輪を用いた”遊び”のことも考えれば完全に変態で間違いない。


「ったく、こんな二人を頼らなくたって勝てるわよ。なにせ、あたしも行くんだからね」


「カリン、そうは言うケドさ、一騎打ちでエステルに負けたって聞いたけど?」


「ガネーシュ先輩、あの敗北から更にあたしは鍛えたんですよ。レベルアップしているんです」


「いや、一週間前の事じゃなかったっけ…? そんなに時間は経ってないような……」


「ふふ、短時間の間でも効率よくトレーニングすれば見違えるほど強くなれるんです」


 カリンはガネーシュにドヤ顔で語るが、さすがに一週間程度で差は埋まりはしないだろう。とはいえ、こういう強気でいるというのは戦士にとって大切なことであり、ポジティブな方が生き残れるものだ。


「勝負よ、ステラテル! この任務でどちらが多くの魔物を狩れるかね!」


「カリン・ドミテール、任務は遊びではないのよ」


「うっ…エステル・ノヴァにマトモなことを言われるとは……」


「いつだって私はマトモに生きているの。まるで私が変人みたいな言い方はヤメてちょうだい」


「ム、ムカつくぅ…!」


 ぐぬぬとカリンは歯噛みしながらも、コホンと咳払いをして武具の準備を始める。エステルに言い返されたとはいえ、この戦いでステラテルを上回る戦果を挙げてカリン・ドミテールの名を轟かせようと画策しているらしい。


「では出撃だよ。魔物の脅威を私達で払い除けよう」


 ガネーシュの言葉にステラは頷き、仲間達と共に管理局を出て移動用の馬を借りるべく馬宿へ向かう。






 アストライア王国の北西部にある港町、ハープーン。小さな街だが諸外国との交易の要衝であり、国家を支える役目の一端を担っていた。

 この街からの要請を受けてステラテル、ガネーシュ、カリンが派遣されてきたのである。


「しかしヒドい雨だね……」


 空は分厚い雲に覆われ、大地には滝水のように雨が降り注ぐ。ステラは頭に被った雨避けの頭巾を調整するが、そんなものは役に立たないレベルの荒天であった。


「でもビショ濡れの姉様も色っぽくて好きですよ」


「ふふ、ありがと」


 双子姉妹はこんな時でもバカップルのようなやり取りをしていて、近くで馬を駆っていたカリンは呆れながらため息をついている。


「なにか嫌な予感がする。ハープーンは襲われているのでは…?」


 馬を駆りハープーンに近づいていたガネーシュは、目を凝らして目的地を見つめた。町の付近では土煙や爆発が起こり、既に現地の退魔師と魔物との間で戦闘が行われているようだった。


「遅かったか…!」


「いえ、まだよガネーシュ先輩。あたし達が来たのだから魔物は倒して町を守るんでしょ!」


「ああ、やってやろう」


 カリンが先陣を切り、ガネーシュとステラテルが続く。魔物の襲撃は天気を選んでくれないが、こういう状況でも彼女達は勇敢であった。

 

「カリン・ドミテールの力を見せてやるわ! ステラテルなんていなくたって、あたしだけで勝ってやるんだから! アンタ達は下がっていなさい!」


 ハープーンに所属する退魔師達が奮戦している中に突入したカリンは馬から飛び降り、右手に剣を、左手に刀を持って、四足歩行型の獣のような形状をした魔物を薙ぎ払った。エステルには完敗した彼女であるが、さすがは遊撃隊に選出されるだけあって並みの退魔師を上回る戦闘力で魔物とやり合う。


「所詮は雑魚ばかりね!」


 両手に刀剣を握り乱舞するカリン。小柄な体躯からは想像できないほどにアクティブで、周囲に展開している一般退魔師は驚きながら言われた通りに引き下がるっている。


「カリンは突出し過ぎだぞ。後ろにも警戒しないと」


 敵の群れに単身突撃していったせいでカリンは取り囲まれて、ガネーシュが支援に入った。背負っていた魔弓を手に取り射撃を敢行し、カリンの背後に位置する魔物を撃破する。


「コッチは私とカリンで叩く。ステラテルにはソッチの群れを頼めるかい?」


「了解しました。任せてください」


 魔物は大きく二つの群れに分かれて町を攻撃しており、カリンとガネーシュが対処するものとは別の群れが少し離れた場所にいた。そちらでも退魔師と激闘を繰り広げているのだ。


「ガネーシュ先輩だってアッチを援護してくれてていいんですよ」


「ステラテルなら大丈夫さ。それに、可愛い後輩だけに負担させるわけにはいかないっしょ」


「は、はぁ~!?」

 

「カリンは危なっかしいから放っておけないんよね。さ、スグに片付けてしまおうよ」


「も、もう! 子供扱いしないでください!」


 カリンはガネーシュの言葉に狼狽え動きが鈍りつつも足は止めず、跳びかかってきた魔物を両断しながら目の前の敵に再度集中する。




 一方、ステラとエステルも別の群れへと攻撃を仕掛け、次々に魔物を蹴散らす。この調子であれば殲滅するのは時間の問題かと思われたのだが、


「姉様、アイツは魔女では!?」


 群れの中心部、魔物を指揮するように堂々と構えていたのは魔女パラニアで間違いない。先週のコニカ近郊における戦いで交戦し負傷させたのだが、プレアデス・エレファンテを囮に使うことで危機を逃れていたのだ。

 そのパラニアもまたステラテルを視界に入れ、目を攻撃色に変化させる。


「来たかい、羽付きの人間め。貴様達にリベンジするという目的はここで果たせるかもしれないねぇ!」


「パラニアとか言ったわね……もう腕はくっついて治っているというの!?」


 パラニアの左腕はエステルに斬り落とされたはずだ。しかし、右手で握るランスを左手で支えていて問題なく使えているらしい。


「ふん、魔女をナメるんじゃないよ。この程度の怪我などね、チョイと治療すればスグに治せるのさ。オマエ達のような貧弱な人間などと違ってねぇ!」


 どのような治療術を行使したのかは分からないが、ともかく魔女という生命体は人知を超えるチカラを内包しているのは間違いない。

 エステルを目視したパラニアは復讐相手から来てくれたことに喜びつつ、ランスをブン回して威嚇しながら突撃を敢行する。


「次はオマエが痛い思いをしろやぁ!!」


「魔女とあろうものが雑魚みたいな言い方をするのね」


「ナメくさってからに! アタシの体だけじゃなく、プライドまで傷つけたんだ! その代償は払ってもらう!」


「なにが代償よ。そもそも、アナタ達が攻め込んでこなければいいだけじゃないの!」


 一陣の風の如く突っ込んで来たパラニアをいなし、エステルは刀で反撃に移る。だが、パラニアの素早い回避によって刀身は空を斬るだけであった。

 そんな妹を支援するべくステラがメテオールを展開しようとするが、パラニア配下の魔物の邪魔に遭って防戦せざるを得なくなってしまう。


「くっ…! エステルを助けたいというのに!」


「コチラは大丈夫ですよ、姉様。周りの魔物共さえ撃滅すればコチラの勝ちですし、姉様は周りの敵を」


「分かった。すぐに片付けるから、もう少しだけ持ちこたえて!」


 配下の魔物の群れを失ってしまっては、いくらパラニアが強者とはいえ単騎で町を襲撃するのはリスクが大きい。

 ステラは魔物を早急に討伐してパラニアに集中するべく、メテオールで周囲から襲い掛かろうとする魔物を迎え撃った。

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