第22話 王宮地下に隠された秘密

 ステラとエステルが首輪を使った特殊な”遊び”をしている中、彼女達の祖母であるガラシア・ノヴァの姿は王宮の地下にあった。


「これはガラシア様。夜遅くまでお疲れ様であります」


「ン」


 王都の中心に位置する王宮は当然ながら守りとセキュリティが高く、敷地内には警備兵や退魔師が巡回しており、正式な手続きをしていない者が入ることは困難だろう。

 その警備の敬礼と労いの言葉を受けながら、ガラシアは地下へと続く階段を下って行き最下層まで辿り着いた。さすがにここには人は少なく、薄暗い空間にはガラシアの足音だけが響く。

 

「ステラが魔女から聞いた話……魔物が好む魔素とやらの原因はコレしかありえんな」


 王宮地下の最深部、そこには巨大なホール状の部屋が存在した。野球だとかサッカーなどのスポーツを行うに足りる広さなのだが、部屋にあるのは運動フィールドではない。

 骨が浮き出ている大型生物の死骸が横たわっているのだ。


「魔龍ドラゴ・センチネル……コイツの修復を始めた時期から魔物の侵攻が増えてきた。間違いなくコイツが魔素を放っている」


 魔龍とは魔物達の最高位に君臨する種族である。個体数は極めて少ないが個々の能力は並みの魔物など比較にならない程に高く、たとえサンドローム・トータスやプレアデス・エレファンテのような強力な魔物であっても勝ち目はない。

 その魔龍種はかつては魔女達をも従え、人間族相手に大戦争を仕掛けて星の頂点を目指した。しかし、人間の決死の奮戦によって魔龍は次々に敗れ去り、絶滅して星から消え去ったとされている。実際に過去の大戦以降は魔龍の目撃例は無かったのだ。

 だが、その魔龍の死骸がガラシアの眼下に置かれ、しかも修復作業の真っただ中であるという。


「ガラシア、こんな夜中に一体どうしたというのだね?」


「お呼び立てしてしまい申し訳ありません、女王陛下」


 背後の階段から降りて来た人物に対し、ガラシアは胸に片手を当てて深く頭を下げる。その黄金色の豪華なドレスを纏う人物は老齢の女性で、アストライア王国を統治する女王であった。ちなみに名前はモニカ・アストライアという。


「実は女王陛下のお耳に入れておきたいことが……」


 ガラシアは近年の魔物増加に関する推測を女王に伝える。女王はキチンと理解しているのかは分からないが、フムフムと頷きながら静かに聞き入っていた。


「なるほど……じゃあ我々が魔龍の復元を始めたから魔物が増えはじめたってのかい? この魔龍の体から変な魔素が出ていると?」


「ええ。それ以外に心当たりはありません」


「けどねぇ…これは余にとっては一大プロジェクトなんだよ。回収した魔物の残骸とかをツギハギに繋げてようやくここまで復元したんだしねぇ……」


 魔物の死骸や破片の回収を退魔師に依頼していたわけだが、それは魔龍復活の素材とするためであった。しかし、この事実を知るのは女王に選ばれた一部の人間のみで、ガラシアもその中の一人なのだ。


「このモニカ・アストライアが永久女王として君臨するためのピースとして欠かすことのできない存在なのだ。魔龍という強大な戦力を従え、やがては不老不死の研究も完成させる……そうすれば、こんなちっぽけな国家だけではなく、世界をも手に入れることだって可能さね」


「ワタシも女王陛下の未来のために力を尽くすと誓った人間です。この魔龍の面白い特性を解析しつつ、引き続き修復を行います」


「キミは実に優秀な人材だ。退魔師として現役だった時代もそうだが、よくやってくれている。余の作る新たな世界でもサポートを頼むぞ」


 女王はガラシアの肩に手を置き、ガラシアは小さく頷く。この計画のせいで国家が危険に晒されているのだが二人共気にしていないようで、事態を引き起こしている原因であろう魔龍を破棄するという選択肢は無かった。


「お任せ下さい。ですが、このプロジェクトが完遂されるまでは魔物の脅威に晒されることになります。作業は急ぎますが……」


「だからこそキミの孫が使えるのだろう。ステラテルだったか? 使い潰すには勿体ないが、こういう時のための”作り物”といえよう」


 女王はそう言って大きなアクビをし、手をヒラヒラと振りながら階段に足をかける。眠気を感じて会話すら面倒になったようで、さっさと自室に戻ろうとしているようだ。

 その後ろ姿を敬礼をしながら見送るガラシアは何を思うのか。彼女の表情からは、何も読み取ることは出来ない。






 双子の休暇が始まってから一週間後、金色のツインテールを揺らしながらカリン・ドミテールがステラテルの家を訪れた。これは別にライバルである双子を強襲するというわけではなく、重要な要件があってのことである。

 カリンはノヴァ家の敷地内に入って玄関をノックしようとしたが、その前に奇妙な存在に目を奪われて立ち止まった。


「……なにやってんのよ、アンタは」


 建物の脇、窓から家の中を覗き込む者がいる。それは間違いなくエステル・ノヴァであり、何故彼女が自宅を不審者のように覗いているのかカリンには全く理解できなかった。


「あら、不法侵入はヤメてもらえるかしら?」


「用があって正当に立ち寄っているんだから不法侵入じゃないわ! てか、アンタこそまるでストーカーだとかみたいな行動をしているじゃん」


「失礼ね。私はただ姉様のお風呂を覗いているだけよ」


「ハ?」


 ナニを言っているんだコイツはと、カリンは怪訝そうな顔をしながらエステルに近づく。


「あのね、マジで本当にワケわからんのだけど……どうして姉の入浴を覗く必要があるのよ」


「この背徳感が堪らないからやっているのよ。姉様の裸ならいつも見ているけれど、こうして覗くことでしか得られない栄養があるの」


「病気なんじゃないの…? 一度イロイロな医師に診察してもらうことをオススメするわ」


 呆れながらため息をつくカリン。エステルが変わった人間であるのは以前から知っていたとはいえ、ここまで変人だと手に負えない。

 ここを訪問した目的を忘れかけてカリンは帰ろうかとも思ったが、その時ガラッと窓が開いてステラが外に顔を覗かせた。


「おや、おはようカリンちゃん。どうしたの?」


「あ、いや……なんでアンタらの家に来たんだっけ……」


「もうすぐお風呂から上がるから、そしたら一緒にご飯でもどう?」


 ニコニコと食卓に誘うステラはエステルの奇行を知っているのだろうか。それが気になるカリンは、誘いを断り首を振りながら問うてみることにした。


「いらんわ。というか、アンタは妹に覗き見されていると知ってんの?」


「知ってるよ。エステルはこうするのが楽しいんだってさ」


「怖…この姉妹怖いよぉ……」


 もはや到底理解出来ない姉妹の思考回路に、カリンは自分の方がオカシイのかもという錯覚すら覚えていた。

 素っ裸の姉を隠すようにエステルがカリンの前に立ち、腕を組みながら睨みつける。


「あの、本当にアナタは何をしにきたの? まさか、やはり姉様の裸を盗み見るために!? そういえば前にアナタが姉様の悪口を言った時、オッパイがデカいとかナンとか口にしていたわよね? 分かったわ、アナタの目的は姉様のオッパイね!?」


「ンなわけないでしょ!! ステラ・ノヴァが風呂に入っているなんて知らなかったし、バカなのホントに!!」


「犯罪者はそうやってウソを言うものよ。仕方ないわね……この前の闘いの続きとして、ココで始末してあげるわ」


「マジでイカれてる……てか、ようやく思い出したわ。アンタらを魔道管理局に連れてくるように指示を受けて来たのよ。まったく、戦闘をしたわけでもないのに疲れたわ……」


「管理局に?」


 カリンは頭が痛くなりつつも、ようやく使命を思い出して双子に伝える。休暇が与えられて間もないのだが、ステラとエステルに招集がかかったのだ。


「北西部の港町から支援要請が来たの。街の近くに魔物の群れが近づいているらしいわ。あそこは外国との貿易の要衝であり、局長は防衛のために遊撃隊員を派遣することを決定したわ」


「私と姉様のイチャラブ休暇は始まったばかりだというのに……まあいいわ。さっさと叩き潰して帰ってくるだけよ。というか、そういう要件は先に言いなさいよ」


「誰のせいよ! アンタらの気味悪さのせいで脳がショックを受けたのだから仕方ないでしょ! 早く準備しなさいよね!」


 カリンはプンスコと怒りながら敷地の外に出る。いつまでも双子の相手をしていたら、いよいよ自分まで狂ってしまうと退避したのだ。


「カリンちゃんの言う通り、すぐに準備しないとね」


「ええ。私も戦闘着に着替えてきますね」


「ていうか、エステルはカリンちゃんが相手だと普通に話せるんだね?」


「なんででしょうかね……人間というより、小動物を相手にしているような感覚なのです」


 エステルが姉や祖母以外と話す事自体が珍しく、ステラは気になったらしい。しかし、その理由はカリンを騒がしい小動物程度に感じているからで、特に好意があるからなどではないようだ。


「ふふ、カリンちゃんが聞いたら怒りそう」


「聞こえてるわよ! いいから早くしなさいよ!」


「わわ、急ぐから待ってて」


 ステラは浴室から出て意識を切り替え、戦地へ向かう覚悟を持ちながら戦闘着に着替えるのであった。

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