第21話 姉と首輪と被虐心と

 灯台を降りたステラとエステルは、住宅地に近い商店街へとやって来た。ここで晩御飯の食材を買おうとしたのだが、エステルは野暮用があると別行動をとることになり、ステラは一人で肉屋などを訪れる。


「エステルは本屋さんかな…?」


 エステルは読書を趣味の一つにしていて、たまに商店街にある大きな本屋へ行くことがある。いつもは姉にべったりの彼女だが、本を選ぶ時だけは一人で出掛けるので、今回もそうなのだろうとステラは考えていた。

 一通り食材を買い終えたステラは、一人で自宅への帰路に就く。






「ただいま。エステルはもう帰ってる?」


 玄関の扉を開きエステルを探すが、薄暗い屋内にその姿は無い。どうやら彼女より先に到着したらしい。

 ステラは買い物袋を台所に置きつつ、壁に設置されている拳ほどの大きさの魔結晶に触れた。魔結晶は魔力に反応する半透明の結晶体であり、加工次第で様々な効果を発揮する。このエステルが触れたのは魔力を流すことで発光するタイプで、照明機器として利用されているのだ。

 ちなみにステラの武器であるメテオール・ユニットも魔結晶を加工した物である。


「先に晩御飯の準備をしておこうか」


 静かな屋内にステラの足音が響く。こうして一人きりになることは少ないため心細く、部屋が広く感じている。

 普通、誰しも一人の時間が欲しいものである。しかし、ステラテルに関しては例外で、常に姉妹は一緒に過ごしてきた。今回のように稀に別行動を取ることもあるが、基本は離れようとはしない。他人からは異常だと思われることでも双子にとっては当たり前のことなのだ。


「一人になったらこういうものか……」


 今日の灯台での会話を思い出しながら、ステラは独り身になった時のことを想像してみる。エステルの消えた世界で生きていこうとは思わないと宣言したが、実際にエステルのいない空間は虚無でしかなかった。これが永遠に続くのであれば、それは地獄そのものだ。

 調理のために握った包丁に目を落とし、無機質な刃先に反射する自分の空虚な顔を見つめる。普段は温和で人当たりの良い笑顔を浮かべているのだが、それもエステルがいるからこそ出せる表情であった。




 感情が死んでいる状態で固まっていたステラは、ガチャッという玄関の扉が開く音を聞いてハッと我に返り台所を出る。


「ただいま帰りました、姉様」


 そこにいるのはエステルで、小さな紙袋を手に持ちながら小さくニコッと笑みを浮かべる。

 姉にだけ見せる歳相応の女の子らしさは可愛らしく、クールな彼女もいいのだが他の人にも愛嬌を見せればモテるかもしれない。しかし、当のエステル本人が他人などどうでもいいと考えているので、今後も姉以外には素を見せることはないだろう。


「おかえり、エステル!」


「遅くなってしまい申し訳ありません。姉様の買い物を手伝いもしないで……」


「気にしなくていいんだよ」


 エステルのための行動は苦にはならないのがステラで、それこそ傍にいてくれるだけでいいと思っているのだ。

 

「待ってて、今料理を作っているからね」


「はい、ありがとうございます。あの、夕食が終わったら時間はありますか?」


「うん、特に何も無いからね」


「フヒヒヒ…では、ちょっと私に付き合って頂けますか?」


 奇妙な笑い声を漏らしながら、エステルは紙袋を抱えたままリビングへと向かう。そのワクワク感を隠せない妹を追い、ステラはひとまず晩御飯の準備を進めるのであった。






 そうして夕食の時間は終わり、エステルは食卓を離れてリビングの端に置いてある大きめのソファに姉を招く。ここでナニかをするつもりらしい。


「灯台にて姉様は、”首輪だとか付けてくれて構わないよ。エステルのペットとして一生支配されたい”と仰っていましたよね?」


「うーんと…後半部分は言っていないような……」


「私はそういう風に解釈しました。そこで、ウェヒヒ……こんなモノを用意したのです!」


 と、エステルが紙袋から取り出したのは首輪だ。犬やらのペットに装着する物で、リードまで付属している。


「首輪!? ま、まさかエステルはコレを買いに行っていたの?」


「その通りです。いやぁ、実は以前から姉様にこういうのを付けてみたいというのが夢でして。姉様のお許しも出たことですし、合法的にお願いできるという機会を得たのですから!」


「あ、あれは比喩というか例え話というか……」


「お嫌ですか…?」


 悲しそうにシュンとするエステル。冗談でもなく本気で首輪を買ってきたらしい。


「…よし、退魔師に二言はない! さぁエステル!」


「えっ!? いいのですか!?」


「いいよ! エステルの望みなら叶えてあげなくっちゃあね!」


 ステラは両腕をバーンと開いて全てを受け入れる準備と覚悟を完了する。どう考えても特殊な風俗店などで行われるヘンタイ的プレイにしか思えないのだが、もはやステラに迷いなどない。


「それでは……ていっ!」


 興奮を隠せないエステルは、漆黒の首輪をステラの細い首にハメる。この背徳的な行為に両者の鼓動は最大レベルに高まって、血管が脈打つ様子が皮膚の上からでも分かった。


「ど、どうかな?」


 恥ずかしそうに縮こまるステラは、首輪に片手を当てながらエステルに問う。身体にピッチリと密着する退魔師用の戦闘服も相まって、その姿はいやらしさの極みにあると言っても過言ではなかった。


「ああ……お似合いですよ、姉様。最高に卑猥です」


「褒め言葉じゃないよぅ……」


「このまま私がリードを引いて夜の街を散歩するというのはいかがです?」


「それだけは勘弁してっ! 他人に見られたら尊厳だとかイロイロと失いそうだからっ!」


「確かに、よからぬ者が姉様に劣情を抱いて襲ってくるかもしれませんし、外に出るのはヤメましょう。ま、そんな不審者など私が一瞬でブッ殺しますがね」


 エステルも大概よからぬ劣情を抱いた不審者であるが、自分のことは棚に上げて姉の懇願を承諾する。

 リードを軽く引っ張って、エステルはステラの顔を引き寄せた。


「この首輪には飼い主の名前を記入するプレートがあるんですよ。だからエステルって書いておきましょうか。そうすれば、ステラ姉様が誰のモノかを周知することができますし」


「羞恥の間違いかな…?」


「まぁともかく、姉様を支配したような感覚は堪らないですね」


「エステルが楽しいなら良かった、かな」


 妹の喜びがステラにとっての喜びになる。なので、この異様な状態でもエステルが楽しいのならば文句などはない。

 それに、ステラに変わった感情が芽生え始めていた。


「なんだろうな…こうされているとゾクゾクしてくるというか……今までにない昂りというか……」


「!?!?」


 首輪を艶めかしい手で撫でるステラに、エステルは目を真開いて驚きを隠せなかった。しっかり者で愛嬌のある人物が、その印象とは真逆なドM要素を持っているとは予想できなかったからだ。


「姉様にまさか被虐的な性癖があったとは!」


「いや違うの! えっとぉ…一時の気の迷いといいますか……」


「でも昂っちゃうんですよね?」


「う、うん……」


「まさか今になって姉様の新しい側面を発見できるとは。生きていればイイこともあるものですね」


「うぅ……私はハレンチなオンナだったのか……」


 姉の困惑をニヤニヤしながら眺めるエステルは、リードを引いて浴室へと足を向けた。


「さぁ、お風呂へ行きますよ。ふふ、ペットならば飼い主がキチンと手入れをしてあげないといけませんからね」


「い、いつものエステルと違う……」


 舞い上がっているのかは分からないが、エステルのテンションは最高潮レベルに達しており、目をキラキラさせながらステラを先導していく。もはや欲望を解放した彼女を止められる人間も魔物もいないだろう。




 入浴を終え、ステラの部屋へと戻る二人。エステルの部屋も隣にあるのだが、そこは書庫として使われているだけで本人は寝泊りしていない。基本的にステラの部屋で過ごしているのだ。


「こんなにも気分がアガった日は初めてかもしれません」


 姉の首から首輪を外しつつ、エステルはニッコリと満足そうに微笑んでいる。さすがにずっと付け続けているわけにもいかないので、たまにエステルの趣味に付き合う時だけの物とした。


「今度はどんな手を使って姉様を辱めてさしあげましょうかね?」


「お手柔らかに頼みます……」


「と仰いますケド、本心では期待していらっしゃるのでしょう?」


「そ、そんなことはありません!」


 クスクスと笑うエステルは完全に姉をおちょくっているが、ステラは別に怒ったりはしない。

 少し寂しくなった首回りを指先で触れつつ、ステラは妹と共に寝床に就くのであった。

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