第20話 姉妹デート、灯台にて
勝手にライバル認定をしてきたカリンとの決闘を制したステラテルは、自宅へと帰るコースを辿りながら休暇中に何をするか話し合う。最近は魔物との戦いで忙しかったため、久しぶりの貴重な余暇なのだ。
「そういえば、どれくらいの期間休ませてもらえるのでしょうね? 局長からは少し休めとしか言われていませんが……」
「次の支援要請が飛んでくるまでの間ってことだろうね。今は確かに魔物の侵攻は小康状態であるけれど、いつまた王国の領土内を脅かしてくるか分からない。だから具体的な期間を定めず、休めるだけ休みなさいという指示なんだよ」
学生のように長期休暇を取れるわけではないので、次にまた魔物の大群が攻めてくるまでの間はリフレッシュ期間にしようという局長の心遣いだとステラは解釈している。ステラテルの稼働日数は遊撃隊の中でも多く激務であったため、たまには完全な休息日を作らなければ体を壊してしまう。
「だから、明日には招集がかかる可能性もある」
「他の遊撃隊の方にも頑張って頂きたいですがね。総勢にして三十人はいるハズですが……」
「負傷して戦線離脱している人もいるし、現状で動けるのは二十人といったところかな。その内の半数は任務で王都を離れているから、わたし達に白羽の矢が立つのも仕方なしだね」
退魔師の中でもエリートとされる遊撃隊の人員数は少ないのだ。ならいっそ一般退魔師を格上げして増やせばいいとも思うが、優秀ではない者を無理矢理配備したところで事態は好転しない。練度が低い退魔師では戦況を見極めて的確な戦術を取れず、逆に足を引っ張って味方を危険に晒す可能性すらある。
「ねぇエステル、このまま丘の公園まで行かない?」
「公園ですか? 姉様もたまには童心に帰りたくなったのですね?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど、久しぶりに行ってみようよ」
ステラ達の暮らす住宅街の近くには、小さな丘のように大地が隆起している区画がある。面積自体はあまり広くはないのだが、そこには公園や灯台が作られており王都ではメジャーなスポットとなっていた。
夕刻ともなれば丘の公園にも人は少なく、静かな雰囲気を楽しみたいカップルなどがチラホラといる程度だ。彼女達は四隅にあるベンチに寄り添いながら座り、愛を語り合っている。
ステラの提案でその公園にやってきたエステルは、子供達が遊ぶためのスペースに目をやり砂場を指さす。
「砂遊びをご所望ですか? それとも、あちらにある滑り台?」
「い、いや違うよ。散歩コースがあるでしょ? そっちにね」
砂場などがある広場の脇には、樹木に囲まれた遊歩道が存在した。お年寄りなどがよく散歩をしており、ここが老若関係なく訪れる場所だと分かる。
「昔、子供の頃にここを散策して歩いたことを憶えている? お母さんと一緒にさ」
「いえ……姉様との思い出ならば、何でも記憶しているという自信はあるのですが……」
「…まぁ幼い頃だし仕方ないよ」
二人は薄暗い中で歩を進めていく。さすがに遊歩道には人影はなく、まるで貸し切り状態だ。
「このまま歩いていって…ホラ、あの灯台にも昇ったりしてさ」
「そんなこともあったでしょうか…?」
エステルは姉の語る昔話に身に覚えが無く、なにか悲しい気分になりながらも後を付いて行く。すると、遊歩道の先にはシンプルなデザインの灯台が設置されていた。
「ちょっと待っててね」
灯台の入口には鍵が付いておらず、代わりに小屋が隣接している。その小屋では警備員が暇そうに待機していて、受付カウンターのような窓口に現れたステラに驚きつつも灯台に入る許可を出した。
エステルは手招きする姉に従い、灯台の鉄門をくぐる。中には螺旋階段が設置されていて、十数メートル上にある最上階へ向けて昇っていった。
「頂上部の光はいつも見ているのですが、こうして内部から見ると新鮮ですね」
灯台の頂上には王都全体から目視できる灯光が備え付けられ、月明かりよりも眩しく都を照らしている。天気の悪い日でも民を安心させて、深く親しまれているのだ。
内部からだと太陽光のように輝き頭上から光が降り注ぎ、まるで真昼間のような明るさである。
「随分久しぶりではあるけど、王都の眺めは変わらないな」
頂上部の灯光真下は展望フロアとなっていて、背の高い柵の先に王都が広がっていた。もともと灯台自体が丘の上にあることもあり、かなりの高さから見下ろすカタチになっている。
ステラは柵に手を置いて、眼下に広がる建物や人々を慈愛の女神のように見つめていた。
「綺麗ですね。ま、姉様の美しさには敵いませんが」
「もう、エステルったら。ココも昔に来たことがあるけど、やっぱり思い出せない?」
「ええ、記憶にはありませんね……思えば、私は幼い頃の記憶が何一つとして残ってないんですよ。一番古い記憶は……お母さんがいなくなった後くらいからでしょうかね。きっと、お母さんが姿を消したことがショック過ぎて、お母さんに関する記憶を封じているのかもしれません」
人間は心に大きなダメージを負った場合、そのショックに関連する記憶を失ってしまうことがある。これは一種の記憶喪失であり、心を守るために必要な自己防衛本能が働いた結果なのだ。
エステルは、幼い頃の記憶が無いのはこのためだと考えていた。母親の失踪が自身にとって多大なるストレスとなって、結果として母親がいた頃の記憶を勝手に脳が封印してしまっているのだと。
「姉様はお母さんのことを憶えているのですか?」
「うん、まあ少しね。一緒にいた時間は短いものだったし、明確には憶えていないけれど」
「どんな方だったのです?」
「どんなだったかな……優しい人、だったと思う」
ステラは過去を思い返しながらも、どこか苦しそうにそう小さく口にした。
「どうして私達を捨てていったのでしょうね」
「さぁね……いろいろと事情があったんだよ、きっと」
「事情、ですか」
どんな事由かは知らないが、子を捨てる親はマトモではない。親という立場になった以上、全てを捨ててでも我が子を守護するべきであるのに、その責任を放棄するというのは悪魔の所業とも言えるものだ。
だが、エステルは正直なところ母親のことはどうでもよかった。この世に生を授けてくれたことには感謝しつつも、その存在を意識などしていない。姉であるステラさえいれば他には何もいらないのだ。
「姉様、あなたは私の前から消えたりしませんよね?」
だからこその不安が急にこみ上げてきた。もしステラまでもが蒸発してしまったら耐え切れないし、祖母のガラシアがいるとはいえ全てに絶望してしまうのは容易に想像できる。
「絶対にいなくなったりしない。それは誓うよ」
ステラはエステルの腰に手を回し、自らの傍に抱き寄せる。お互いの体が密着して、夕日によって形成された影は一つのシルエットとなった。
「姉様は私がいなくても生きていけるでしょうけど、私は姉様がいないと生きていけません。それは私が料理が出来ないだとか、社交性が無いからといった生活面の話ではなく、あなたのいない世界など無価値で希望も何も失われるからです」
「わたしだってエステルの消えた世界でなんて生きていこうとは思わない。エステルがいるから頑張れる、戦いだって怖くない」
二人は地平線の向こうへ沈みゆく太陽を見つめつつ、それぞれの気持ちを吐露する。見知らぬ誰かに聞かれでもしたら恥ずかしい内容であるが、幸いにも灯台内に他の人間はおらず、警備員の駐在する小屋までは十数メートルの高さがあるので声は届いていないだろう。
「やはり、最期の時は一緒に迎えたいですね。姉様を見送るなんて辛すぎますから」
「だね。一緒に死ねたら嬉しいな」
太陽は完全に沈んで星々の輝く時間が訪れ、その昼夜の入れ替わる狭間で人生の終焉について語り合うステラテル。もう少しポジティブに未来を考えるほうが有意義にも思えるだろうが、こうしてお互いの想いを交わし合うというのも好きな時間なのだ。
「しかし、姉様はモテますからね……求婚されて嫁いでしまうとかヤメてください」
「はは、ソレは無用な心配だよ。他の誰かのモノになったりする気はないもの。それこそエステルのモノだよわたしは。なんなら首輪だとか付けてくれても構わないよ」
「ふむふむ…首輪、良いアイデアですね……」
エステルは真剣にナニかを思案し、閃きが舞い降りたのかポンと手を叩いて嬉しそうにニヤニヤしはじめた。
「姉様、商店街に寄って帰りましょう」
「あ、うん。晩御飯用の食材も調達しないとだしね」
ワクワク感を抑えられないエステルに手を引かれて灯台を後にするステラ。たまには妹に先導されるのも悪くないなと、少し口角を上げながら夜の商店街に繰り出すのであった。
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