第19話 シスコンVS狂犬

 魔道管理局の施設の隣には、運動グラウンドのような訓練場が併設されている。ここで退魔師達が日々鍛えていて、時には実戦形式の大規模演習なども行われることもある場所だ。

 そんな訓練場ではトレーニングに励む退魔師十数人がいたが、突如現れた二人の遊撃隊員を見て動きを止める。なにせ二人はゴウゴウと燃え上がるような闘気を漲らせていて、そのプレッシャーに一般的な退魔師は威圧されてしまっていた。


「さぁ、ここなら思う存分戦えるでしょ?」


「皆の前で恥をかきたいとは変態的なドMなのね。辱められるのが快感なのかしら?」


 エステルは対峙するカリンを煽り、腰に手を当てながら見下す。姉を侮辱された怒りは収まるどころかボルテージを上げているようだ。


「エステル・ノヴァ…調子に乗っていられるのも今のうちよ。アンタをここで打ち負かし、二度とガラシア様の孫だとか名乗れないようにコテンパンにしてやるわ」


「別に私はお婆ちゃんの名を使って調子に乗ったりはしていないけれども……ともかく、姉様に対し悪口を言ったことは万死に値する罪よ。ナメたマネをするアナタに分からせてあげる」


 二人が舌戦を交わしている中、追いかけて来たステラが両者の間に割って入る。両手を広げてストップをかけようとしているらしい。


「待って待って! こんなトコロで戦ったりしなくても……」


「姉様、そこをどいてください。アイツを倒せません」


「落ち着いて、わたしはカリンちゃんに怒ったりしてないくて……だから、ボコボコにする必要はないよ」


「お優しい方ですからね、姉様は。しかし私の気が収まりません。大丈夫、ギリギリで死にはしない程度にやりますから」


 いつもは姉の言う事を素直に聞くエステルだが、今回の事態に関しては引き下がるつもりはない。


「ふん! 半殺しになるのはソッチよ! ちょっと、どきなさいステラ・ノヴァ!」


「カ、カリンちゃん! 怒ったエステルを相手にするのはヤバいよ!」


「うっさいわね。黙って見ていればいいのよ!」


 カリンは腰に帯刀していた二本の模擬刀のうち一本をエステルに投げつける。これはカリンが訓練を行うために準備していたもので、管理局にいる間は常に模擬刀を携帯してすぐに鍛錬に移れるようにしているのだ。


「こんな物を使わなくても、拳でやりあってもいいのだけれど?」


「それもいいけど、アンタの得意武器である刀で圧倒するからこそ勝利が輝くのよ」


「圧倒的大差で負けることを心配なさい」


 エステルは模擬刀を下段に構えてステラを迂回し、カリンに接近をかける。この猛スピードで駆ける妹を止めるのはステラにも難しく、アッという間にエステルとカリンは武器のリーチ内に相手を捉えた。


「あたしだって鍛えてンのよ!」


「だからどうしたというの」


 技を繰り出すのはエステルが先だ。こういう時、先行して攻撃を行ったほうが有利になり、実際にエステルは素早い先手を打って数々の敵を潰してきた。

 しかし、カリンはコンマの遅れで対応してみせる。エステルの残像すら残す一撃を模擬刀で受け止めたのだ。


「へぇ…やるわね」


「ダテじゃないのよ! あたしの努力は!」


 そして刀身を返してエステルを受け流し、逆撃を叩きこむべく必殺の突きを放つ。目にも留まらぬ速度でエステルの首を狙うが、


「視えるわ。その程度の攻撃など」


 軽く身を捻るだけで突きを回避するエステル。彼女の動体視力は並みではなく、一般の退魔師であれば首をへし折られて終わっていただろう。

 このような殺意の籠った技は人間相手に出すべきものではない。しかし、本気で挑まなければ勝てない相手なのがエステルであり、このシスターコンプレックスの塊のような双子の片割れなら対処してくるだろうとカリンはある意味信頼していた。


「さすがね、エステル・ノヴァ。アナタの強さは本物だわ」


「褒めて頂いてありがとう。だからといって、アナタが姉様を悪く言った事を許す気はないと宣言させてもらうわ」


「許しを請う気はないと言い返させてもらう。アンタをボコッて勝つのはあたしよ!」


 カリンは模擬刀を引き戻して構え直し、今度はエステルの脚を狙う。脚にダメージを与えて機動力を減衰させ、もう回避運動が行えないよう封じる算段らしい。

 相手の作戦を見抜いたエステルはあえて脚の防御を薄くした。両手で模擬刀を握り上段に構えて下半身を無防備にしたのである。


「もらった…!」


 エステルの左脚目掛けてナナメに振り下ろされるカリンの模擬刀。このままいけば間違いなく直撃するコースであった。


「甘いわね」


 だが、それを許さないエステル。サッと左脚を上げ、靴に掠りながら通過した模擬刀の先端が地面に刺さる。

 その模擬刀に脚を勢いよく降ろして刀身を砕き折った。頑強な木製の模擬刀とはいえ、退魔師の魔力で強化された四肢には勝てないのだ。


「クッ…!」


「終わりね」


 エステルは武器を失ったカリンの首筋に模擬刀を突きつけた。やろうと思えば当てることも出来たのだが、すんでのところで止めたのである。


「な、なによ。さっさと殺すなりしなさいよ」


「あら、死にたい願望でもあるのかしら?」


「んなわけないでしょ! アンタ、手加減したつもり?」


「ええ。本気で戦ったらアナタを抹殺するなど容易だけど、姉様はそれを望んでいない。ブチギレていたとはいえ、姉様の意思を尊重しなければという思考は残っていたわ。でも、ナメたヤツを放置しておくと増長するから、多少は懲らしめてやらないとね」


 エステルは模擬刀を引っ込めてフンと鼻を鳴らす。エステルにとってまだまだカリンは敵ではなく、手加減をした状態でも優位に立てる相手なのだ。


「クソッ、あたしだって頑張ったのに……鍛えてきたのに、これじゃバカみたいじゃない…!」


 悔しそうに下唇を噛むカリンは、折れた模擬刀を回収してため息もついている。日々の鍛錬が無駄になってしまったと脱力感に苛まれてすらいた。


「カリンちゃん、努力してきたのは無駄じゃないよ」


「なによ、ステラ・ノヴァ……内心見下しているんじゃないの!?」


「見下すなんて、そんなことはないよ。カリンちゃんが遊撃隊員として実戦で活躍しているのは知っているし、それは日々の鍛錬が活きているからでしょう? 退魔師として、本来果たすべき使命を全うするポテンシャルを持っているんだよ」


「本来果たすべき使命…?」


「わたし達の力は魔物を倒すためにある。お婆ちゃんだって昔は魔物から皆を守るために各地を転々として戦っていた時期もあったわけだし、カリンちゃんがお婆ちゃんを目指すのならば、今までの努力を誇って存分に発揮していけばいいんだよ」


 ステラは落ち込むカリンを励ますように優しく語り掛ける。

 カリンは遊撃隊員の中でもステラテルに次ぐ戦果を挙げており、実際にかなり優秀な部類に入る退魔師なのだ。彼女のストイックさは皆が知るところであり、喧嘩っ早い性格とはいえ尊敬はされている。

 だからこそ、ステラはこの一敗だけでこれまでの自分を否定してほしくなかった。


「良かったわね。姉様に慰めてもらえるなんて、私なら絶頂ものよ」


 エステルは嫉妬心丸出しなジト目を送り、やはりカリンは叩き潰しておくべきだったかと模擬刀をグルグル回している。他の誰かが姉ステラに優しくしてもらえる場面などストレスでしかないのだろう。


「ふ、ふんだ! 今に見てなさい、ステラテル! 次こそはあたしが勝つんだから!」


「いつでも受けて立つわよ。そして、また”手加減”して相手をしてあげるわ」


「ホントにムカつくヤツねぇ! もっと強くなっておくんだから憶えてろ! ばーかばーか!!」


 と、捨て台詞を吐きながらカリンは走り去ってしまった。

 完全な負け惜しみの敗走を見送りつつ、ステラは子供を見守る母親のような柔和な笑みを浮かべている。


「あらあら、元気になってくれて良かった」


「元気…? ともかく、姉様の事を侮辱する悪党の退治に成功してスッキリです」


「そ、そんなに悪口でもなかったような……」


「だってヤツはヘナチョコ女なんて言っていたのですよ? 姉様はヘナチョコではありませんし、オッパイもデカし器量も大きい良いオンナだと訂正させればよかったですね。失敗しました」


「それもどうなんだろうね…?」


 妹の呟きにキョトンとして疑問符を浮かべたが、ステラは笑顔に戻ってエステルの頭を優しく撫でた。


「ありがとうね、エステル。あなたのわたしを想ってくれる気持ちがとても嬉しいよ」


「うぇひひ……姉様に喜んで頂けてイロイロとトビそうです」


「こ、こっちも元気そうで良かった」


 頬を紅潮させる妹と共に訓練場を後にするステラ。カリンによる妨害はあったが、これでようやく休暇に入ることが出来るとワクワクしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る