第18話 狂犬のカリン・ドミテール
コニカから王都へと帰還したステラとエステルは、ひとまず魔道管理局へと足を向けた。戦果の報告もそうだが、魔女という存在が国を狙っているという事実も知らせなければならない。
「失礼します、局長」
管理局の最上階、局長室の扉をノックしてステラがノブを回す。
「おや、丁度いいタイミングで戻ってきたね」
「丁度いい…? って、お婆ちゃん!?」
部屋の中には局長だけでなく、双子の祖母であるガラシアもいたのだ。彼女の所属する研究所は管理局のすぐ近くということもあり、友人である局長のもとを訪問していたらしい。
「コニカへと行っていたんだって? この前の遠征から間もなかったのに大変だったね」
「確かに大変ではあったけど、遊撃隊の退魔師という役職は全うしたいんだ。お婆ちゃんを目標としているなら尚更ね」
「いつの間にかワタシの孫も立派になって鼻が高いよ。この分なら孫を酷使するなという抗議を申し付ける必要は無さそうだ」
ガラシアのイタズラっぽいウインクを受け、局長はバツが悪そうに頭を掻いている。
「すまないとは思っているわよ……ステラとエステルは格別の強さを持っているからつい頼ってしまってねぇ。確かによく働いてもらっているし、少し休暇を取るといいわね」
「休暇ですか? それは有り難いですけど、他にも支援が必要な街や村があるのでは?」
「二人が強力な魔物達を排除してくれたおかげで状況は落ち着きつつあるのよ。こういう時に休んでおかないと、次にいつ休めるか分かったもんじゃないからね」
多数の魔物の侵攻を受けて地方からの救援要請も多くなっていたのだが、その中でも激戦区に投入されたステラテルの活躍で敵は撃退され、アストライア王国は一時的に平穏を取り戻していた。しかし、再び戦火に晒されるのも時間の問題であり、この僅かなインターバルを利用して休息を取るべきだろう。
ステラは局長の提案に頷きつつ交戦した魔女を思い出し、知らせておくべき事だと口を開く。
「あの、コニカ近辺での戦いで魔女と遭遇したんです。しかも、プレアデス・エレファンテの改造個体を引き連れていました」
その言葉に食い付いたのは局長ではなくガラシアだ。座っていた椅子からガタッと立ち上がってステラのほうに身を乗り出す。
「魔女だって!? どんなヤツだった?」
「え、えっと……黒い翼を生やしていて、卑猥なボンテージ衣装を纏って…あと、なんか高圧的な態度の美女だったよ」
それだけ聞けばSMクラブの女王であるが、そういう夜のクイーン的な相手ではなく魔女なのだ。恥ずかしがることもなく平然と着こなしていたところを見るに、アレで普段着なのだろう。
「見た目の格好だとかはともかく、パラニアと名乗る魔女はタダ者ではなかったよ。メテオールを全回避するし、エステルの猛攻撃をも防いでみせたんだもの」
「そうかい……魔女が、ねぇ」
ガラシアは何かを考えるように顎に手を当て椅子に戻る。魔物の研究者となった彼女にとっては興味を惹かれる存在なのかもしれない。
だが、局長は困ったように眉を下げて天井を仰いでいる。
「今でさえ苦戦しているというのに、魔女なんかが現れたんじゃあ……それで、魔女はどうしたの? 倒したのかしら?」
「いえ、ダメージは与えましたがトドメを刺す前に逃げられました……」
「とすると、また攻め込んでくる可能性があるか」
「申し訳ありません、もっと上手く戦えればよかったのですが……」
「いや、撃退できただけでも大したものよ。魔女は魔物という種族の中でもかなり強いからねぇ。それこそ、ガラシアレベルでないと優位に立ち回るのは難しいだろうさ」
ガラシアは双子と違い空戦能力は無いが、魔女ですらも葬る力があったようだ。今でこそ衰えてしまったものの、現役当時は双子以上の戦闘力を有していたのだろう。
「そして、魔女パラニアは気になる事を言っていたんです。アストライア王国から漂う魔素は匂うと」
「匂う…? どういう意味だろうか」
「魔物にとって上質な魔素なんだそうです。しかし、わたし達人間には感知できませんが……」
「ふむ……魔女の言う上質な魔素とは何か見当が付くかい、ガラシア?」
ステラから報告を聞いた局長は頭にハテナマークを浮かべつつ、研究者に転身したガラシアに問いかける。
「…いや、分からんね。その上質な魔素が魔物の侵攻理由ということか」
「だとしたら、その魔素について調べれば国を守ることが出来るやもしれないねぇ。ガラシア達研究所には解析をしてもらいたい」
「よし、やってみよう」
こういう時こそ魔道研究所の出番である。魔物の解剖解析もそうだが、魔素という魔道の根源となる不可視の存在の調査も行っているため、今回の事案に対する解決策も思いつくかもしれない。
ガラシアは局長の要請に頷き、ステラとエステルの肩に手を置く。
「よくやっているよ、二人共。局長の言うように、今はゆっくり休みな」
「うん分かったよ、お婆ちゃん」
久しぶりのフリーの時間を与えられたステラテルは、局長らにペコリと会釈をして退室するのであった。
管理局の階段を降りながら、双子は余暇をどう過ごそうか案を出し合う。自宅にてノンビリと過ごすのもいいが、買い物に出かけるとか少しアクティブに動くのもリフレッシュするにはいいものだ。
「私は姉様と一緒なら別になんでも」
「そうねぇ。せっかくの休暇なのだから、普段出来ないことをするのも一興だとは思うケド」
「普段出来ないコト…!」
「な、なにかヘンな想像してない?」
と、長い休みに入る前の学生のようにワクワク感を出している二人。退魔師という命懸けの職業に就いているとはいえ、年頃の女の子でもあるのだ。
そんなステラテルに対し、背後から声を掛ける者がいた。
「ふん! 気楽なモンでいいわね。この非常事態に休暇だなんて、そんなんで遊撃隊をよく名乗れたものだわ」
甲高い声で喧嘩腰に言い放つのは、金髪とサイドテールが特徴的な少女だ。年齢は十六歳ほどで、キリッとした鋭い目線が非難の色を帯びて双子を威嚇している。
階段の上から叫ぶ金髪サイドテール少女に対し振り返ったエステルは、あからさまに嫌そうな顔で小さく呟く。
「でたわね」
「なによ、エステル・ノヴァ。相変わらずアンタは陰気なうえにシスコンなんだから手に負えないわね。いい加減に姉離れしなさいよ」
「カリン・ドミテール、そうやって誰彼構わず挑発的だから狂犬なんてアダ名を付けられるのよ」
「あたしは気に入っているわよ、狂犬ってのをさ。てか、あたしのことはいいのよ。アンタ達はもっと遊撃隊としての自覚はないわけって聞きたいの」
カリンも遊撃隊所属の退魔師であり、小柄な体格に合った戦闘着を着込んでいる。その彼女は”狂犬”という異名で呼ばれていて、キャンキャンと吠えながら気に入らない人間相手に噛みつくことがよくあるようだ。
ビシッとカリンはステラテルを指さし、眉を吊り上げている。
「自覚はちゃんとあるよ。だから任務には忠実だし、街や人々を守るために魔物も倒しているんだよ。今回与えられた休みというのも、魔物の侵攻が小康状態だからであってね」
ステラは穏やかに諭すようにカリンに説明する。
敵対的な態度を取らているとはいえ、ステラからしたらカリンはやんちゃな後輩のような感覚なのだ。本来なら厳しく怒ってもいいものだが、どこか可愛らしいとさえ思っているために温和なまま対応している。
「ふん……だったら訓練するなり時間は有効活用しなさいよ。まったく、アンタ達がガラシア様の血縁だとは思えないわ」
「カリンちゃんはお婆ちゃんを尊敬してくれているものね。えへへ、お婆ちゃんカッコイイもんねぇ」
「あたしはね、偉大なるガラシア様のようになりたいと願っているの。だからこそ、その孫であるアンタ達が許せないのよ。あたしの方がガラシア様の後継者に相応しいわ」
「うーんと…カリンちゃんはお婆ちゃんの後継者を目指しているの?」
「そうよ! アストライア王国最強と謳われた退魔師ガラシア様の真の後継者……怠惰なアンタ達に代わって務めさせてもらうわ」
別にガラシアの後継者決定戦だとかは行われておらず、ステラテルも誰かと競う気などはなく、ガラシアを敬愛するカリンが勝手に喚いて突っかかって来ているだけである。なのでステラテルにしてみれば迷惑な話だ。
「好きにすればいいわ。私と姉様に無駄な時間を使わせないでちょうだい」
「アンタは二言目には姉様って……どこがいいのよ、そんなオッパイがデカいだけのヘナチョコ女の」
「……貴様は私を怒らせた」
先程までダウナーな雰囲気全開のエステルであったが、姉を侮辱された瞬間に一気に怒りに沸騰する。邪気にも似たオーラを全身に纏い、さながら魔女のような殺気を伴いながら拳を握りしめた。
「ちょ、ちょっとエステル!」
姉の制止も聞かず、エステルは今にもカリンに飛びかかりそうである。
「あたしと戦おうっての? いいわ、ここじゃ建物を壊してしまうから、外の訓練場に行きましょう」
「ええ、いいわ……ブッ潰してあげる」
バチバチに火花を散らす二人は、管理局に隣接された退魔師用の訓練場へと出ていってしまう。
ステラはアワアワとしながら後を追い、しかし二人の戦いを止められそうにないと困り顔であった。
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