第27話 海からの使者、ギガント・プルモー

 ハープーンの町を救うべく、その純白の翼をはためかせて急行するステラテル。山岳地帯に残してきたカリン達が心配ではあるが、今は与えられた使命に集中するしかない。


「まんまと魔女の策略にハメられてしまって……」


「町に被害が出る前に食い止められれば私達の勝ちですよ。大丈夫、姉様と私ならやれます」


「そうだね。海から侵攻しているという魔物はサッサと倒し、山に戻って魔女も倒しちゃおうか」


「ええ。あの魔女とはそろそろケリを付けなければ」


 そんな会話をしながら飛行する二人の視界に港町ハープーンが映り込んできた。今のところ目立った被害は無く、町は無事な様子である。

 ステラは間に合ったかとホッとしながら海に目をやるが、その安堵は長くは続かなかった。


「アレは!?」


 町から少し離れてはいるが海面が盛り上がり、まるで噴火するかのように飛沫が撒き散らされる。何かが水中で爆発したかのような現象で、ステラは目を細めて注視した。

 

「魔物が出てきた!?」


 霧散する海水を突っ切るようにノッソリと現れるは巨大な異形。青紫色のソレは毒を帯びているかのようにおぞましく、見る者を不快な気分にさせる。

 

「クラゲにも似た魔物か」


 よく観察をしてみると、異形にも思えるが海洋生物のクラゲに似ている容姿をしていた。丸い傘のような頭部が目を引き、体の下部からは無数の触手だとか触腕をくねらせる。しかも、どういう理論なのかは知らないが低空浮遊さえ可能にしているようだ。


「あのクラゲ型はギガント・プルモーという魔物ですね。本で見たことがあります」


「どういうの?」


「水棲の魔物自体が希少なので詳細は不明ですが、大人しい魔物だと本には記載されていました。しかし、魔女に操られれば侵略兵器と化してしまうのも無理はないでしょうね」


 エステルは趣味の読書で得た情報を思い起こすも、名称以外の明確な事は分からなかった。実際、水に暮らす魔物というのは極めて珍しく、ほとんどの種が陸上か空中で生きているので学者でさえ生態を知る者は少ないのだ。

 ギガント・プルモーと呼ばれるクラゲ型魔物は、全高十メートル以上の巨体を海上に浮かせて町を目指していく。浅瀬に近づいたため姿を現したようだ。

 

「どっちにせよ、アレが殲滅対象であるという明確な事実だけはハッキリしています。上陸される前に叩きたいところですね」


「よし、いくよ!」


 ステラテルは高度を下げながら滑空し、ギガント・プルモーへの接近を試みる。


「まずはメテオールによる先制攻撃を試す!」


 ステラは腰のベルトに装着されたメテオール・ユニット五機を分離し、海岸部に近づくギガント・プルモーに差し向けた。相手は浮けるとはいえ低速で、射撃を直撃させるのは難しくなさそうだと少し余裕な気持ちであったが、


「迎撃された!?」


 ギガント・プルモーのボディが薄く発光した直後、数条の雷撃が周囲に放射されたのだ。その雷の飛距離自体は短いものの、自身に近づく敵を自動迎撃する機能があるらしく、メテオールを的確に撃ち落としてみせた。


「これではヤツに接近するのは危険過ぎるね……雷を使うなんて」


「電撃に痺れて痙攣する姉様……ふむ、悪くないですね」


「えッ…?」

 

 妹のよく分からない妄想はともかくとして、ステラは残った五機のメテオールを射出し、今度は雷撃の届かない距離に配置から魔弾を撃つ。


「くっ……魔弾をも防ぐか」


 予想出来たことではあるが再び電撃が走り、迫る魔弾を打ち消した。このバリアとも言えるような迎撃機能がある状態では、遠近両方ともに無効化されてしまう。


「今のまま双星のペンタグラムを発動してもダメだろうしなぁ」


「敵の動きは鈍いので命中させるのは簡単でしょうけど、魔力を消耗させなければ弾かれてしまいますね」


「あの雷撃を何度も使わせて消耗させるしかない。私がメテオールで狙えばなんとかなるか」


 メテオールによる攻撃を次々と叩きこんでいくが、魔力切れを起こしステラが回収する。この武器はあくまで奇襲や包囲攻撃による短期決戦に向いている物で、長期的な連続攻撃には不向きであった。


「このままでは上陸されてしまうな……」


 あのクラゲ型魔物ギガント・プルモーはスピードが遅いとはいえ着実に町を目指しており、後数分もすれば湾岸へと到達してしまうだろう。

 ステラはメテオールをチャージしながらも焦りを感じ、イチかバチかで双星のペンタグラムを使おうかと考え始めていた。


「姉様、私に考えがあります」


「お、どんな?」


「ギガント・プルモーが雷撃を放つのは表層部分、あの傘とも言える部位です。触手からは何も発射されていませんでした。つまり、傘に覆われていない下部は雷撃のバリアの範囲外になるのではないでしょうか」


 ベールのように上半身を覆う傘部こそがギガント・プルモー最大の武装であり、近づく者を的確に迎撃する雷撃を発射できるわけだが、全身を覆ってはいない。下部には大きく穴が開いていて、そこから大量の触手が伸びているのだ。


「上や横には防御機構が働きますが、触手が生えている体の下側からならば攻撃が通用するかもしれません」


「ヤツの下にメテオールを潜り込ませ、傘に覆われていない死角に魔弾を撃ち込めばいいんだね?」

 

 ステラは承知をしたとチャージの終わったメテオールを飛ばし、海の中へと侵入させる。そして海中からギガント・プルモーの真下まで移動させ、海面へと上昇させて敵を狙う。


「今度こそ直撃をさせられれば!」


 五機のメテオールは海上に浮かぶ巨体クラゲ目掛けて魔弾を撃ち放った。先程まではこの魔弾さえも無力化されていたが、防御機構の死角となる下からの攻撃には反応出来ずに次々と着弾していく。


「当たっているよ!」


 魔弾はギガント・プルモーの触手を破壊していき、傘に守られている体の中核にも直撃をかける。ダメージこそ少ないものの、確実に体力は減らしていた。


「姉様、そのままヤツの触手を壊してください。私も接近戦を仕掛けますので」


「エステルも海に潜ってクラゲの下から襲い掛かるってこと?」


「はい。触手さえ無くなれば簡単に近づけますよ。もっとも、姉様が私の触手プレイを見たいと仰るのであれば、お望み通りに捕まって差し上げますが」


「エステルが穢されるのなんて絶対に見たくないから、全力で触手は排除するよ」


「ふふ、頼みます」


 エステルは一旦翼を消し、飛び込みの要領で海へとダイブする。浅瀬なので深度深くまでは潜れないが、敵の目を欺くには充分だ。

 そのまま高速で泳いだエステルは、触手の残骸が落ちてくるポイントで翼を再展開し、一気に海中から飛び出していく。


「さすが姉様。もう触手はほとんど残っていないわね」


 メテオールの射撃で触手の大半が失われ、ギガント・プルモーの下部は無防備状態だ。そのメテオールは魔力切れでパワーダウンしており、エステルと入れ替わるように後退していった。


「フッ、さぁ行くわよ」


 刀を携えたエステルは残っていた数本の触手を切断しつつ、ギガント・プルモーの木の幹のような胴体に肉薄する。


「致命傷を与えられれば双星のペンタグラムを使う必要もないわ」


 巨木にも思える胴体を切り刻むエステル。一方的な斬撃によってダメージを重ねていく。

 しかし、エステルは攻撃の手を止めて急いで反転、敵から離れて退避した。


「ふん……触手の復活が速いわね。魔女以上の再生能力を持っていると……」


 ステラテルによって消し飛ばされた触手達が根元から再生し、元の形状へと戻っていく。その再生能力は高く、短時間のうちに復活したのだ。

 触手の群れはエステルを捕縛しようと迫りくる。


「姉様にはああ言ったけれども、アナタにカラダを好き放題されるなんて嫌だもの逃げさせてもらうわ」

 

 エステルはもう一度海へとダイブして触手の届く範囲外に逃れ、ステラとの合流を急ぐ。撤退することになったが、敵は回復のために魔力をかなり消耗したので充分な戦果と言えるだろう。


「大丈夫、エステル?」


「はい、問題ありません」


 地上へと舞い戻ってきたエステルにステラが手を差し伸ばし、怪我などが無いか気遣う。妹の実力は知っているとはいえ、突撃する彼女を見守るのは毎回ハラハラするので、こうして無事に自分の元に帰ってきた時の安堵感は強い。


「でも、びしょびしょになっちゃったね」


「濡れた私はどうです?」


「そんなエステルも可愛いよ。さて、ヤツはどうするか」


「あのクラゲ型の魔力は結構削れたと思います。これならヤれますね」


「いくか、双星のペンタグラム」


 双子は上空から見下ろすようにギガント・プルモーを見下ろし、魔力の同調を開始した。

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