第8話 魔道研究所へ

 天空からの襲撃者、ハイぺリオン・コンドルの群れはステラとエステルによって撃滅されて、全てが荒野へと落ちていった。その残骸は地上で待機していた退魔師達の周囲に撒き散らされ、まるで凄惨な殺戮現場の様相である。


「終わったな。あの双子のポテンシャルには驚かされるよ、まったく」


 本来であれば飛行型魔物の対処は難しく、魔弾による対空砲火でなんとか倒せる相手なのだ。しかしステラとエステルは魔力の翼を展開して自らが空へと飛び、相手のフィールドで捻じ伏せてしまったのだから驚きである。

 並みの退魔師とは大きく異なる強力な能力を持つ双子は、仲間達にとっては頼もしい存在であると共に畏怖の対象にもなりつつあった。


「お待たせしました。上空から偵察をしましたが、もう魔物の影は見えませんでしたよ」


 翼をはためかせ、ゆっくりと降下してきたステラがガネーシュに報告する。その舞い降りる姿は天使のような美しさと神々しさを醸し出し、ガネーシュは同じ人間には思えなかった。


「よくやってくれたね。おかげでハイぺリオン・コンドルのサンプルも持ち帰れるし」


「サンドローム・トータスのようにかなりグチャグチャになってはいますが……」


「ある程度原型を留めているし問題ないと思うよ。最悪でも魔物の体組織を解析するには肉片があれば充分だろうしさ」


 さっそくとガネーシュらがハイぺリオン・コンドルの死骸を集め、大きなサイズの荷車へと詰め込んでいく。これを王都の研究所に運び、魔物の研究解析に役立ててもらうのだ。

 作業を見守っていたステラは、一足遅く降りてきたエステルの手を優しく引いて自分の隣へと誘導する。


「久しぶりの飛行は堪能できた?」


「はい、姉様。やはり大空を飛ぶというのは自由の身になれたようで開放感がありますね。そのまま重力を振り切って宇宙遊泳をしたい気分ですよ」


「ふふ、エステルは飛ぶのが好きだもんね」


 地面を離れ、障害物の無い空を身一つで飛びまわるのは格別の開放感があるらしい。だが、普通の人間には飛行能力などないので、彼女達の感覚に共感できるのは一部の魔物くらいだろう。

 

「ただ少し疲れるのが玉にキズです。無限に使える力ではありません……」


「魔力の消費が多いからねぇ。使いどころを見極めないと、わたし達も墜落して命は無いもんね」


 魔力そのもので翼を形作っているため、つまり常時魔力を放出している状態なのだ。このことから物理的な翼を有する鳥などに比べて飛行できる時間は短く、超長距離を移動するのは不可能である。

 

「もし私が落っこちたら助けて下さいね、姉様」


「もちろん。大切な妹を見殺しになんて絶対にするわけないよ。私が必ず助けるから」


 そう言ってステラはウインクを飛ばし、エステルは嬉しそうなニコニコ笑顔で受け止める。まるで付き合いたてのカップルのようなやり取りで、普段からこうした会話をしているのだが飽きないらしい。


「とりあえず一件落着したから、これでようやく王都の家に帰れるね。さすがに連戦だとウンザリするし、暫くは魔物は見たくないな」


「暫くというより永遠に見たくありません」


「それね」


「けれど退魔師という職業柄、ヤツらとまた対峙する時はそう遠くないでしょう……」


 魔物などという存在さえいなければ少しは平和に近づくハズだ。とはいえ人間は愚かな生命体なので、魔物がいなくなった後は同族同士の紛争が激化する可能性も否めないが。

 それはともかくとして、領土内に侵入した魔物の一団を討つことに成功した彼女達は、魔物の残骸を回収してから自宅のある王都へと帰還していくのであった。






 アストライア王国の政治中枢を司る王都は規模の大きな都市であり、王族が生活する王宮を中心として数多の建物が敷き詰められ、かなり栄えている印象がある。だが、これでも他国と比べて国力は低く、領土自体も広くはない。

 しかし、この小国という特徴が逆に防衛網を築きやすくしていた。領土が広いと部隊展開が間に合わない場合も多く、戦力が分散して各所の守りが手薄になってしまう危険性がある。

 その点、アストライア王国は王都と他の街との距離が近いので救援要請が届くまでにラグが少なく、迅速に遊撃隊が支援に入ることで強固な防衛ラインを作ることが出来るのだ。この数年で魔物の侵略が激しくなってからも国家が滅亡していないのは、こうした理由からであると言える。


「私達はこのまま魔道研究所に魔物の死骸を運ぶけど、キミ達はこのまま帰宅して休んだらどうだい?」


「いえ、わたしとエステルも魔道研究所に向かいますよ」


「タフだな、キミ達姉妹は」


 ステラテルやガネーシュらが目指すは王都の中心区画にある魔道研究所だ。そこで魔物や魔力に関する研究実験が行われており、今現在もっとも国費がつぎ込まれている部署である。

 白を基調としたカラーリングと、五階建て且つ幅広な研究施設は威圧感もあるが、ステラテルは見慣れているのか特に言及することもなくエントランスへと入って行く。

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