第28話 断末魔の雷鳴

 ハープーン目掛けて海上から侵攻するクラゲ型の魔物ギガント・プルモーは、ステラとエステルの連携攻撃を受けてダメージを負い、回復のために魔力を消耗していた。この状態であれば双星のペンタグラムを防がれる可能性が低くなり、双子姉妹は決定打を叩きこむべく魔力を交わせる。


「ああ…姉様の温かい魔力が私のナカに入ってきます。濡れて冷えたカラダには心地よいですよ」


「そ、それは良かった。冷え切って風邪でも引いたら大変だからね」


「ふふふ、もっと物理的に温かくして頂けると尚最高なのですが?」


「戦いが終わってからなら」


「それなら早く決着を付けましょう」


 エステルは濡れ髪を色気のある手つきでかき上げ、ギガント・プルモーの下側に結界を展開した。この結界は五芒星型へ変形し、重力の井戸を形成して魔物の動きを阻害する。


「やはりヤツにはペンタグラムを抜け出せるほどの魔力は残っていません。倒せますよ、姉様」


「よし。トドメを刺させてもらう」


 今度はステラが敵の頭上に五芒星を展開して、ゆっくりと降下させていった。後は、こうしていつも通りに魔物を押し潰すだけであるが、


「抵抗をしてくる!?」


 ギガント・プルモーもただ殺されるのを待つだけではない。クラゲの特徴でもある体を覆う傘状のベールに魔力を流し込み、雷撃に変換して迎撃を試みたのだ。

 その絶え間ない電撃による防御でペンタグラムの降下を阻止され、両者の力は拮抗していた。


「まだあんなにパワーを持っているなんて…!」


「それなら私も助力いたします!」


「でも敵を抑え込む重力が弱まってしまうんじゃ?」


「ギガント・プルモーは低速ですし充分に抑えられます。余剰の魔力は有効活用しませんとね」


「じゃあ頼むね!」


 エステルからの魔力によってブーストをかけ、ステラは更にペンタグラムを強化。このペンタグラムとギガント・プルモーの接触干渉によってプラズマ放射が発生し、海面にも数条の閃光が打ちつけられる。


「いけっ、ペンタグラム!」


 気合に呼応するように魔物を押し潰していく。体の中核が圧壊して、傘も半球形の形状を保てなくなった。


「勝てた……」


 今まで双星のペンタグラムで倒された魔物達のように、ギガント・プルモーもグチャグチャになって絶命して海へと墜落。傘部分は一枚の布のようにヒラヒラと着水して、波任せに海上を漂う。


「あの雷撃を放っていた部位は持ち帰れそうだね。お婆ちゃんも喜んでくれるかな」


「貴重な水棲魔物の残骸ですもの、魔道研究所は喉から手が出るほど欲しい代物でしょう。アレはあのまま浜へ流れつくと思いますから、私達はまず山岳地帯へ戻って魔女討伐の続きをしましょう」


「そうだった、あの魔女はまだ倒せていないんだった。けれど、わたし達の魔力もかなり失ってしまっているしな……」


 双星のペンタグラムは強力な必殺奥義ではあるが、その分魔力消費も激しい。この技を使った後に戦闘を続行するのは難しいのだ。


「姉様の残存魔力を私に下さい。二人分の魔力を合わせれば、ある程度の戦いは可能です」


「体力も減っているのに危険だよ」


「少々頼りないですがカリン・ドミテール達の援護もあればやれます。任せてください」

 

 エステルは魔女パラニアとの決着を望んでいて、それは姉との時間を妨害する明確な敵であるからだ。だからこそリスクがあっても立ち向かおうとしている。


「…分かった。けど、必ず無事にわたしの元に帰ってきて」


「勿論です。姉様のいる場所が私の帰るべき場所ですから」


 ステラから魔力を譲り受けたエステルは飛翔し、魔女パラニアとカリン達とがぶつかり合う戦場へと引き返していくのであった。






 エステルが飛び立った頃、カリンとガネーシュはまだ魔女パラニアと攻防を続けていた。他にもハープーン所属の退魔師達もいるのだが三者の戦闘についていけず、仕方なく他の魔物の対処を行っている。


「魔女とはこれほどの強さなのか…!」


 攻防とは言っても、ほとんどカリン達は防戦一方であった。攻勢に打って出る機会など与えてもらえず、なんとか躱したり受け流すので精一杯なのだ。

 

「ちょこまかと小賢しく避けるだけで勝てると思うな、小娘ども!」


「チィ!」


「雑魚がアタシの目の前をウロチョロするんじゃないよ!」


 しかし、魔女相手に長時間生き残れているだけでも大したものである。これが並みの退魔師であれば、とっくに抹殺されていることだろう。

 そんな生存能力の高いカリンとガネーシュに対しパラニアは苛立ち、フルパワーによる薙ぎ払いをした。


「うわっ……」


 勢いよく横薙ぎに払われたランスは暴風を巻き起こし、カリンは姿勢を崩して尻餅をついた。圧倒的な力の差を見せつけられ、いよいよ自信を無くしそうになる。


「カリン、大丈夫か!?」


 カリンが立ち上がる隙を作るべく、ガネーシュの援護射撃が飛ぶ。だが、この魔弓による攻撃は簡単に防がれて、突進するパラニアを止める一撃にはならない。


「ど、どうするカリン・ドミテール……」


「そこで座っていればいいのよ」


「!?」


 上空から聞こえるのはエステルの声。いつも通りの冷淡なトーンで、どこか余裕すら感じられる。


「エステル・ノヴァ!?」


「待たせたわね」


 エステルは勢いよく降下してカリンの前に立ち、パラニアのランスを食い止めてみせた。ガキンと金属同士が激しく衝突して火花が四散する。

 

「ふん、戻って来たのかい」


「ええ。アナタの用意したギガント・プルモーは潰させてもらったわ。残念だったわね」


「ぬぅ…こうもアタシの邪魔をしてくれるとはな」


 パラニアはエステルの言葉は真実だと悟り下唇を噛んだ。自分と対等に渡り合ってくるこの羽付きの退魔師が大型の魔物さえ討伐出来るのを知っているし、嘘でも驕りでもないと直感する。


「こちらの翼さえ破壊されなければオマエ達を追えたものを……そういえば、あのオールレンジ攻撃を掛けてくるアンタの片割れはどうしたんだい? 死んだのか?」


「姉様は魔力回復が完了次第コチラにいらっしゃるわ。フフ、今度こそ私と姉様の連携で殺してあげる」


「だったらすぐにオマエを倒せばいいんだ!」


 ランスでエステルを弾き、パラニアは追撃を仕掛ける。鋭い先端部で突き刺そうと腰だめに構えて狙いを付けるが、


「ステラの代わりとはいかないけど、私だって!」


 ガネーシュの魔弓から放たれた光の矢がパラニアを側面から襲う。高速で動く対象に当てるのは難しいのだが、かなり正確に飛んでパラニアを捉えていた。


「雑魚が鬱陶しいんだよ!」


 足を止めつつランスで矢を弾くが、更にカリンの斬撃がパラニアに襲い掛かる。


「エステル・ノヴァにばかりカッコつけさせないんだから!」


「ええい! コイツもッ!」


 素早い身のこなしでカリンの刃を受け止め、舌打ちするパラニア。自分の実力以下の敵にこうも邪魔されるのは我慢ならなかった。


「悪いけれど戦果は私のものよ」


 そこに付け入るはエステルであり、一閃する刀が敵の胴体へと迫りゆく。


「またしてもアタシにキズを付けるかッ…!」


「だが浅いわね……」


 パラニアは咄嗟に引き下がるが僅かに遅かった。エステルの刀に脇腹を少し斬られて血が噴き出している。


「プライドの高い魔女なのに逃げるつもり!?」


「翼が治ればこうもするだろうが!」


 キズ口を片手で押さえながらも、パラニアは地面を蹴って空中に飛び上がった。ステラのメテオールによって破損していた漆黒の翼が回復し、元通りの機能を取り戻したのである。


「チッ……キズを受けなければもうチョイできたがね……」


 屈辱的ではあるが後退を選択したパラニアは、エステルを一瞥しながら高度を上げていく。このまま翼で空中戦をやるという考えもあったのだが、時間を掛ければステラが合流してくるわけで、あの面倒な全方位攻撃を捌くのが面倒になったらしい。魔力の消耗も無視はできなかった。


「また相手にしてやるよ、小娘!」


「負け惜しみを言う!」


 しかし、相手を見送ることしかできないエステル。先程まで彼女の背中を輝かせていた魔力の翼が消失していた。


「パワーダウンか……」


「ちょっと、大丈夫なの? ダメージを受けたの?」


「心配はいらないわ、カリン・ドミテール。魔力切れを起こしてしまったのよ」


「べ、別にアンタのことなんか心配してないわ。同じ羽持ちなのに追撃出来ないアンタを不甲斐ないと思っているだけよ」


「そうね。確かに情けない限りだわ」


 エステルは膝を付きつつ呼吸を整え、刀を納刀しながら立ち上がる。実はエステルにとってもパラニアが撤退してくれたのは好都合で、余裕があるように見せていても限界ギリギリだったのだ。しかも姉が来るというのもハッタリであり、ステラもまた完全にガス欠状態でハープーンで待っているのだから。


「でもまぁ…ありがとう、エステル・ノヴァ。アナタが来なかったら殺されていたかもしれない」


「ふふ、素直に感謝を言えるなんて狂犬の名折れね」


「ふーんだ! もう二度と言わないんだからね!」


 頬を膨らませながらカリンは武器を仕舞い、この場を去って行く。普段は気性の荒い彼女にとって感謝の言葉は言い慣れていないものであり、実際に口にすると恥ずかしさで一杯になってしまうようだ。

 エステルはそんなカリンの背中から空へと視線を移す。一応は勝利したものの、またしても魔女パラニアとの決着は付ける事ができず、再び戦いの時が来ることを予感せざるを得なかった。

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