上野動物園

壱・異界降下

 ルネライトはドキドキしながら宮中を歩いていた。

 はぁ、元々優秀なはずの私の召使い、ルネライト・ド・ミッテランがこうやって、しかも私がお仕えしているエマ・ド・メニル様の父君、そしてドワーフ王国の王であるフィリップ・ド・メニル様からのお呼び出しなんて。

 ああ、お終いかもしれない。これから私は叱られて罷免されて、畑でも耕しながら貧しく生きるのだろう。ああ、泣ける……。




 あっという間に王の部屋まで来てしまった。

「フィリップ様、ルネライト殿をお連れいたしました」

「うむ、通せ」

 何やら部屋に通された。

「こ、こんにちは……」

「お主がルネライト・ド・ミッテラン殿であるな?」

「そ、いや、おっしゃる通りです」

「そうか。早速だが、わしはお主に頼みがあって呼んだのだ」

 え? 私罷免されるんじゃないの? しかも、王から直々にお願いされるの?

「まあまあ、取り合えず椅子に座って聞いてくれ――」

 王は話し始めた。


 王の話によると、王の息子、つまり王太子のニコラ・ドゥ・メニル殿が街を見回っているところ、たくさんの場所で人と異世界獣の争いがあったこと。それくらいは毎日のように見ていたが、ある男がアンズーの肉をはぎ取って、バーベキューを楽しんでいたことを話された。


「それはひどいですね」

 異世界獣というのは天界から呼び出した幻獣モンスターのことだ。異世界獣はその人間のパートナーとして、人間を助けていく存在となる。

 だが、そんな異世界獣を人間が使い捨てたりするのでは話にならない。

「おう、そう言ってくれると思っておった。ルネライト殿、お主はこのドワーフ王国に来る前は、“かせき”を発掘しておったと聞いたが」

「お、お、仰せの通りであります」

「なら、お主にしか頼めんな。ルネライト殿、お主はこれから人間界に戻り、人と生き物の絆を転写はっくつしてきてほしいのだ。詳しいことは息子のニコラから説明させる。引き受けてくれるな?」

 王が言う引き受けてくれるかという頼みは、引き受けるしかない。引き受けないという選択肢はないのだ。

「はい。謹んでお受けいたします」

「そう言ってくれると思っていた。それでは、ルネライト殿。もうすぐニコラが来るから、ニコラの部屋で詳しい話を聞いてくれ」

 え、ニコラ王太子の部屋で? 今王様の部屋にいるのに、今度は王太子の部屋? ドキドキするんですけど?

「お、ニコラ。来たか。コチラがルネライト殿だ。お主の頼み、引き受けてくれるそうだ」

「そうですか。それはありがたい。ルネライト殿、それでは説明をさせてもらう。我が部屋へ来てくれ」

 うわ、キラッキラの笑顔。すごい、良いなぁ。惚れ惚れする。まあ、ニコラ王太子にはすでにマリ王太子妃がいるから……。

「早く」

「あ、はい」

 ニコラ王太子にせかされて、私は王に挨拶をして部屋を出て行った。




「改めて挨拶をさせてもらう。私はフィリップ王の息子で王太子のニコラだ。父上のお話が合ったと思うが、私は先日そのような光景を目にしてしまった。そこで、このドワーフ王国を発展させるため、この異世界獣と人の関係を改善させねばならんと思ったのだ」

 ほう、この王太子、さすが秀才といわれているわけだ。

「そうでございましたか。それで、私は一体何をすればよいのでしょうか?」

「そうだな。具体的には次のようなことだ」


 ニコラ王太子が説明したことにはこんなことがあった。私が人間界に降りて、日本に行く。日本は火山の噴火で国土が荒れている。その中に地層がある。その地層から、魔獣人絆転写という魔法を使って、地層に埋もれている人と動物の絆を“ホログラム”で復元し、それを王宮に転送すればいいということだった。そして、三つほど転写はっくつしたら、ドワーフ王国に帰ってくるようにということだった。


「そして、ルネライト殿には改名してもらう」

「ほう」

「今日、この瞬間からお主はエマだ」

「エマ……って?! 私がお仕えしている二コラ様の妹君のお名前ではありませんか?!」

「落ち着け、エマ殿。この名は我が国でも、日本でも、またアメリカやフランスでも通用する万能な名だ。しかも、エマの一番傍にいるお主にはこの名がふさわしい。分かったか、エマ殿。お主は、エマだ」

 ここまで言われたら……もうダメだ。受けるしかない。

「承知しました」


「よし、それではまずはお主にこれだけ授けておこう」

 ニコラ王太子が私に渡してきたのは鏡だった。裏には神聖文字で何かが書かれている。

「これを絆があると思われる箇所にかざし、魔絆転写きずなはっくつと唱える。すると、鏡からホログラムが浮かび上がる。それと、これだ」

 次に渡してきたのは、地図と虫眼鏡だった。

「これが日本の地図だ。この地図に虫眼鏡を当てると、どこかが光る。そこにお主はワープし、そこにある地層に鏡をかざせばよい。これで、大体の物は渡した。おっと、待て」

 最後に渡してきたのが、腕時計だった。

「この腕時計にホログラムを写し終えた鏡を置けば、情報が王宮に転送される。良いな? 呪文などは地図の裏にある。他は腕時計を通じて教える。よし、それでは行ってこい」


 私は、そう言われても分からないわけで、地図の裏側を見る。

 日本に行くにはこういうそうだ。

「魔術覚醒……異界降下、日本」

「頑張れ――」

 ニコラ王太子の言葉が終わる前に、私はワープホールに飛び込んだ。

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