弐拾弐・記憶組換

 作った書類は中学社という出版社の雑誌、『オーシャンブルー』に送っておいた。調べると、環境系の雑誌だそうだ。最近ネタがあれで売り上げが落ちているとかいうので、ネタを提供してやろう。編集長は宝田信宏たからだのぶひろ。この名前で送ることにしよう。

「魔術覚醒——荷送郵置。静岡県……」

 と、私は書類に自分の手とリックの手を添え、呪文を唱える。送りたい荷物に自分の手と異世界獣の手を添え、呪文を唱え、送りたいところの住所を唱えると、自動的に転送されるのだ。

 だが、これで終わってはいけない。

 これなら、「いつの間にか置いてあった書類」で終わってしまうからだ。

「魔術覚醒——記憶組換。宝田信宏とオーシャンブルー編集者の記憶」

 この魔法を唱えることで、宝田信宏とオーシャンブルー編集者であるエマが沖縄に来て、島袋さんを取材し、その記事を書くという記憶に組み替えることができる。

 説明が難しいけれども……。

「よしっ」

 私はこの作業を終えると、急に眠くなってきた。

 ――あぁ、魔法を使いすぎたな……。

 これはもう、流れに身を任せるしかない。リックをポシェットの中に隠してから、私はゆっくりとまぶたを閉じた。

 ――島袋さん……。

 この言葉は口から出たのか心の声なのかは分からなかった。


 ゆさゆさ、ゆさゆさ。

 何やら揺さぶられてるな――?

 エマは視界が曖昧なまま、ゆっくりと身を起こした。

 と、すでに飛行機に客はいなかった。私と一人を除いて。

「起きてー。なー。あ、起きとるやんか。もう伊丹空港に着いたで。もう客はみんな降りたんや。はよ起きんかい。あんたどこから来たんや」

 何やら特殊な語尾の日本語を使う太った眼鏡のおばさんが私を揺らしてる。

「えーっと、ドワーフおう、あ、いや、沖縄からです」

「あぁ、そう。沖縄人やねんな。ようこそ、大阪に。あんたどこ行くねん。実家に帰るんか? 観光か?」

「ええっと、観光です」

「そうか。まあええわ。客室乗務員さんににらまれとるしな、降りよかさっさと。ほな、おおきに」

 おばさんは腹を揺らしながら飛行機を降りて行った。

「あの、もういいですか? 基地へ行くんで」

「あ、すみません……」

 そろそろ眠気が覚めてきたから、私は荷物を取って降りた。




 気付けば夜。私は取り合えず手続きを済ませ、空港についているモノレールに乗り込んだ。

「牧島動物病院はもっと大阪市の方なんだ。通天閣っていうタワーの近くと。じゃ、その近くのホテルに泊まったら――、あ、ここにしよ」

 大阪都心のホテルを見つけたんで、まずはそこへ向かうことにする。

 夜遅いし、瞬間移動でホテルへ飛ぼうか――と思った。

「ヴェフ、ヴィドウヴォ旅ヴォイヴォフ」

 が、確かにリックの言う通りだ。鉄道や飛行機の移動も含めて旅なのだ。

 今回日本に来たのは旅行のためではないが、旅行みたいなものだろう。じゃあ、そういうことでモノレールから阪急線に乗り換え、さらにJR線に乗り換えて、ホテルのある天王寺駅を目指すことにした。

 ――って、まさか?

「リック、さっき旅って言ったよね? 日本語話せるようになってきてる。すごい……」

「ヴェフ? ヴィーファー♪」

 どんどん言葉を吸収して、どんどん賢くなっている小さなユニコーンは目を細め、顔をほんのり赤くした。




「間もなく——終点、大阪梅田ー、大阪梅田です。JR線、阪神線……」

 阪急電車に乗り換えて、大阪梅田駅へ向かう。

 私はまた寝ぼけていた。

 関西人の人柄なのか、少し車内がザワザワしていて、私にとっては心地よかった。

 たくさんの線路があって、なんか迫力があった。鉄道というものに私はハマってしまいそうになった。ドワーフ王国に鉄道なんてものはない。魔力ドローンという空飛ぶ乗り物で移動するのだ。


 さて、私はさんざん駅の中で迷って、ようやくJR大阪駅にたどり着いた。コチラの駅はさっきの駅よりもさらに線路が多い。

 そこから大阪環状線に乗り、しばらく乗って天王寺駅にたどり着く。途中でその「通天閣」というでっかい鉄塔を目にした。ドワーフ王国にも鉄塔は多いため、見慣れている。

 我が王国は鉄工業が盛んなのだ。だから、それだけタワーも多い。

 そこで降りて、しばらく歩いてホテルを目指す。

 そして、前の東京と沖縄のようにチェックインを済ませた。


「それじゃあ、ご飯食べよう!」

 街中に出てみると、ものすごい人だかりだった。

 慣れない人並みに散々押し潰されそうになりながら、私はお目当ての食品が扱ってある店にたどり着いた。

「へいいらっしゃい! こっち座っといて」

 威勢のいいバンダナを巻いた顎髭のおっちゃんが席を案内してくれた。

「お嬢ちゃん、最初は定番のたこ焼きでいいかい?」

「あ、はい」

 何と調子のいい。いきなりお嬢ちゃんと呼ばれると少し気恥しくなる。

 おっちゃんは手際よくクルクルと“それ”を回し、アッと言う間にたこ焼きをテーブルに持ってきた。

「へいらっしゃい!」

 船のような形の容器に入ったたこ焼きをつまようじでほおばる。

 食魔獣転で十個あるうちの三個をリックにも与える。

「ヴェフォ~~~ン!!!!」

 リック、美味さに思わず叫びまくった。

「あ? さっきの声なんや? お嬢ちゃんの裏声か。ハッハハ」

 客が目を向ける中で、おっちゃんがたまたまそういうことにしておいてくれた。サンキュー、おっちゃん。

 それにしても、たこ焼きというものはなぜこんなに美味しいのだろう。写真を撮って、SNSに投稿した。

 二コラ王太子へのグルメ報告ももちろん、忘れずに。

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