牧島動物病院

弐拾壱・書脳作成

 再び、沖縄の那覇空港へエマは戻ってきた。

「もう夜なんですけど……」

「ヴェフォーン」

 腹減った、とリックは呟いた。

「とりあえず、あそこでご飯でも食べますか……」

「ヴェ?」

「でーじまーさん、でしょ」

「!!」

 リックは一気に顔を元に戻し、ワイワイと飛び回り始めた。




 当国銭作の魔法でお金を先に作っておいてから、私たちは木の看板が自慢の古風な沖縄料理店に入店した。

「いらっしゃいませー」

“でーじまーさん”な料理が出てくるお店には相変わらず熱帯魚たちが泳いでいる。この熱帯魚はたった今さっき別れた島袋さんが育て親なのだと思うと、見る目が変わってくる。私たちは熱帯魚の水槽側に席を取った。


「何食べる?」

「……ヴィヴィティヴォワ」

 リックは声を潜めてメニュー表を指す。

 沖縄そばの一種だろう。昨夜ここに来た時はソーキそばを食べたが、また違うらしい。

「じゃ、それ頼むわ。それともう一個なんか……ニンジンしりしりにしようかな。あの、すみませーん」

「あ、はい。ご注文をお伺いいたします」

「ええっと、テビチそば一つと、ニンジンしりしりを一つで」

「はい、了解しましたー。テビチそば一つ、ニンジンしりしり一つでよろしいですね?」

「はい、お願いします。……あっ! すみません」

 私はふっと思いついて、店員さんを呼び止めた。

「はい?」

「あの、島袋蒼輝さんについて何かご存じでしょうか?」

「え……お名前は聞いたことはありますけど、会ったことはないですね。店長ならよく知っていると思いますが……呼んできましょうか?」

「あ、お願いします」

 敬語と溜口が混ざった言葉を話す若い店員さんは、急いで厨房へ戻っていった。


「あの……私が店長です」

 眼鏡をかけた女性がゆっくりと歩いてきた。

「あ、そうなんですね。島袋蒼輝さんをご存じですか?」

「ああ、もちろんでございます」

「何か、島袋さんについてコメントを頂けませんでしょうか? 私は雑誌の者なんですけど……」

「ああ、そうなんですね。島袋さんは当店に熱帯魚を寄贈頂いて、本当に感謝しております。沖縄の海のために様々な取り組みをされていて……」

 熱が入った店長はそのまま三分ほど話し続けた。

「という方なんです」

 やっと、終わった……。

「あ、ありがとうございます」

「あ、これで良かったですか?」

「はい、十分です。ご飯も楽しみにしてます」

「お待たせしましたー、テビチそばとニンジンしりしり一つずつでーす」

 ベストタイミングでご飯が運ばれてきた。


 テビチそばは、プルップルの豚肉が入っていて、旨味が溢れていておいしかった。

 この美味さに、リックは幸せな気分のまま眠りについていた。

「さーてと、私は次の目的地を探さないと」

 エマはポシェットから地図を取り出す。

「あっ」

 と、地図にカニが一匹捕まっていた。

「ニカ……大人しくしててよ……」

 せっかくだからと連れて帰ってきたこのカニは島袋さんによると、メガネオウギガニというそうだ。

 とにかく、可愛いのだ!

「さて、次の目的地は……」

 と、早速反応があった。日本列島の真ん中らへんだ。

 どんどん地図を拡大し、位置を確認する。

 大阪府だ。牧島動物病院跡と書かれている。

 動物病院かぁ。今、ドワーフ王国には異世界獣の怪我や病気を見る医者がほとんどいない。そのため、本気で異世界獣を愛する人間がいても、治療費の問題で見てもらえないことがあるのだ。こんなことが許されていいのだろうか。しっかりとここで学ばねば。

「よっしゃ! リック、ニカ、行くよ!」

 私は大声を出して席を立った。たくさんの人が意味不明なことを一人呟く自分に目を向けていたが、そんなことに気づく余裕はなかった。




 早速、魔切符造の魔法で伊丹空港行きの飛行機に乗り込んだ。

「うぉ! 来た! 浮いたっ」

 何回乗っても、飛行機が離陸する瞬間は興奮するだろう。子供心なのかもしれないけど、まあいいじゃない。

 すぐにオレンジ色の空の上に舞い上がった。うわぁ、キレイ。日本はすごく美しい国なのだ。

 ドワーフ王国の夕暮れはオレンジではなく、紫色だからなぁ。


 リックを膝の上に置き、私はとある魔法を唱えた。

「魔術覚醒——書脳作成」

 この書脳作成という魔法は自分の頭の中でイメージしているテーマの書類を脳内イメージのまんま、文章や写真などを貼りつけて作ることができる魔法だ。

「魔獣魔法効能発動」

 リックの頭に手を添え、こう唱える。と、リックが静かに浮かび上がり、目から光を出した。光は座席の机の上に注がれ、私の脳内でイメージした島袋さんの取材の記事がそのまま光から出来ていた。

「よし、成功。ナイス」


 私はここで作った書類を日本のどこかの出版社に魔法を使って送り、上手く記事として雑誌か書籍かに載せてもらうという作戦を取ることにしていた。

 出来たものを見ると、これはもう採用間違いナシだ。


 タイトルは「ぬちどぅたから」という。

 噛みそうになるが、これは沖縄の方言で、そう、あの売店の店名でもある。あの売店の店主のおばさんは、島袋さんの友人らしい。そのため、沖縄の海にピッタリのこの言葉を看板に乗せたのだ。

 ぬちどぅたから、それは――“命こそ宝”という意味なんだそうだ。

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