参・誤魔化視

 自分の置かれている状況が全く把握できない。これはどういうことなのだ。

「おら、さっさと何をしていたのかを言いなさい」

「さっさと吐け!」

 吐け? 嘔吐をしろということか?

「何を吐けばいいんですか? 私まだ何も食べてないんですよ」

「は? アホか?!」

「ちょっと、それはひどいんじゃないんですか?」

「うるせぇ!」

 はぁ、だからどういうことなんだ。




 ***


 ピーと笛の音が鳴る。何ともけたたましい音だ。

 このモフモフは一体何なのか。色々聞きたいことはたくさんある。

「そこの君! すぐに飼育スペースから出てきなさい!」

 間もなく三人の中年男性が現れた。

「……ああ、こいついかにもそれっぽいですね」

「全くだ。一体何をしようとしたんだか」

「さっさととっ捕まえて口を割らせましょう」

「この髪の色とかどうですよ……」

 え? 何? 何がダメなのか?

「おい、さっさとこっちへ来い! 今すぐだ! お前に拒否権はない!」

 なんで拒否権も無いのだ? とりあえず、何やら重大なことなのだろうと思い、そのモフモフの生き物を地面に置いて、リックをポケットに入れて男たちへ近づいていった。


 ***




「取り合えず、何をしていたのかを教えてくれ」

「はい? えっと……」

 これは困ったな。これを教えても意味は理解してもらえないはずだ。

「おい、さっさと口を割るんだ」

「口を割るってどういうことですか」

「知ってることを全て言えということだよ!」

 とか言って、殴るそぶりを相手はしてきた。暴行罪。

「ええっとですね、つまりは……」

 取り合えず、私はクラスメイトにお気に入りの鏡を飼育スペースに投げられたと言って、それを取りに行くために私はそっちに行ったと伝えた。自分の国はサファリパークが多いから分からなかったと。

「そうか。どこの国出身だ?」

「ええっと、それは……アメリカです」

「アメリカってサファリが多いのか。そんなの警備員は知らないわけだ」

 良かった。取り合えず納得してくれたらしい。


 それから、しばらく色々と注意を受けた。

 絶対に飼育スペースに入らないこと、もしそのようなことがあったら警備員に言うこと、動物を触ったりしないこと……取り合えず、これでもう解放される。

「あの、もうここから出ても……」

「あ、OK!」

 やった。やっと解放される。自由だ。そこからは魔法を使ってまた作業を再開すればいい。

「て、ちょっと待て。馬のような生き物がいるが……」

「まさか! そんなの嘘でしょう?」

「本当だ」

 ギクリと来た。馬のような生き物。それはつまり……。

「ヴェフォーン」

 リックだ。

 ――て、解放されるからって喜んで叫んじゃダメでしょ、リック!

「ん?」

「聞こえました?」

「ああ、俺も聞こえた。多田も聞こえたのか?」

「はい……」

 マズい。リック、やってくれたな。

 こうなったらこうするしかない。

 ――逃げろ。




 私は地図を頼りに、他のところを探した。まだ他にも手掛かりがあるはずだ。

「はあ、はあ、はあ……」

 普段は魔法や馬車、汽車を使って移動するわけだ。体力には自信がない。

 友人に一度走りを練習させられたことがあるが、結局リタイアした。

「おい、待て! 口を割れ!」

 どうしよう。

「とりあえず、リック、しゃべっちゃだめだよ。ちゃんとポケットの中にいてよ」

 私は覚悟を決めた。


 バタッ

 と、つめづいて倒れてしまった。

 ——ふりをした。

「よし、捕まえたぞ。あの馬みたいな奴は何だ?」

「知りません」

「はぁ? そんなわけがないじゃないか。お前知ってんだろ?」

「知りませんよ。アリクイと見間違えたんじゃないんですか?」

「そんなはずはない」

「私本当に知りませんから」

「いや、知ってるだろう。絶対。髪の色こんな染めてるやつなら、絶対何か持ってる。こういうのが最近増えて困ってんだよ」

「髪の色をどうしようと私の自由じゃないですか?」

「良いからさっさと来い!」

 はぁ、これも二度目だ。




 本当は白を主張し続けるつもりだった。ずっとやってたら相手ももういいやと思って諦めてくれると。

 ――でも、ここまで来たらそうはいかないんだろうな。

 だから、もう一度言うが、飼育舎に他の動物を入れてはいけないんだ。そもそも、飼育舎に入るころ自体が許されない。そうなった時点でヤバいぞ、あんた。不法侵入で検挙されることになる。まあ、その話はもうさっきしたからいいだろう。だがな、お前これぐらい分かっていると思うが、出来るだけ自然に近づけるような飼育方法をしているんだ。そこで他の動物を混ぜられたら困るんだよ。

 ――ああ、眠い。

「おい、聞いてるか?」

「あ、ごめんなさーい」

「は? その態度はないぞ。取り合えず、分かったな。馬はどこにいるんだ」

「いませんって」

「お前」

 と、ここでついにやってやろうじゃないか、とふと方法を思い出した。なんだ、簡単に解決できていたじゃないか。


「魔術覚醒……誤魔化視ごまかし


 私は席を立ち、逃げ出した。

「あ、お前——」

 と、急に三人の男は倒れ込んだ。そして、約二十秒後、再び起きた。

「だからね、馬がいるんだろう? あ、それでも認めないのか」

「本当に警察に送りましょうよ」

「それでもいいが、もう少し聞いてみればいいんじゃないか」

「はい」

「だから、お前は馬を……ああ、もう話していてキリがない。馬をお前は知っているな?」

 男たちは厳しく追及する。だが、話している先の、私が座っていた椅子には誰もいない。

「やったね」

 そう、この誤魔化視は相手に一時間、幻覚を見させて切り抜ける魔法なのだ――。

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