肆・秒場違動
ヒイヒイ、フウフウ。
普段は知らない私はかなり息が上がっている。
でも、上手く行った。
「やったね、リック」
リックは嬉しそうにヴェフォーンと言った。
どうやら、男たちはまだ空気に向かって抗議しているらしい。
「よし、行こうか」
私たちは歩き出した。
方向音痴の私はリックに指示してもらいながら、先程の地層へ向かう。
「あ! あいつだー!」
え、と思った時には声の主はすぐ近くまでやってきた。
「お前だな、勝手に飼育スペースに入って、なんかコソコソしてやがったのは!」
そのまさかである。先程の男たちと服装が似ている。日本の警備員の服装だ。
「
うっわ、あのジジイ告げ口してたのか。
「もう一回入るつもりだったのだろう! こっちへ来い!」
そう言って、一人の警備員は私の手を握った。
「うわ、気持ち悪い!」
「何だと? さっさと来い!」
さらに彼は手を引っ張る。そして、ズルズルと来た道を戻って、さっき何か効かれたところへ向かって行く。
ああ、もう仕方がないか。
「リック、良いよね?」
「ヴァフ……ブルブル」
OKがあった。
「おい、お前、何をしゃべっている! しかも、何かの声がしたな? 他にも何か生き物がいるようだな。もしかして、アリクイをかっさらったのか?」
エマはそんなことには耳を傾けずに、心を静めてから目をつむり、静かに唱えた。
「魔術覚醒——
と、私の体からものすごくまぶしい光が出た。
「うわぁっ、なんだ? クッ……」
警備員が思わず手を離した。その隙を私は見逃さず、手をほどいて走り出した。
よし、もうすぐ地層だ。中々二コラ王太子に転送できていない。このままでは王太子に取り入るという本来の目的を達成することができなくなってしまう。
と、私は重大なことに気づいてしまった。
――あれ。
無い。何かが無い。あ!
――虫眼鏡が……無い。
エマは虫眼鏡を入れていたポシェットを漁った。だが、見つからないものは見つからない。
我がドワーフ王国のドワーフとは鍛冶や工芸が得意な伝説上の種族だ。ドワーフ王国ではとても貴重で高性能な製品がたくさん出ている。その中でも特に性能が優れている虫眼鏡を私は無くしてしまったのだ。
「あぁぁぁ!!!! どうする!!!!」
私は叫んだ。
「あの、王宮ですか? エマです……」
私は泣きそうになりながら、腕時計に向けて話しかける。
この重大な出来事を取り合えず報告せねばならない。秘密にしていてもどうせバレるだけだ。
『——エマ? エマはコチラにいるぞ』
「いや、私は今任務遂行中の……ええっと、本名はルネライトです」
『おお、そうであったか。そうかそうか』
私のことを今更知った。そして、声も二コラ王太子とは違う。
「失礼ですが、あなたは?」
『おお、まだ名乗ってはおらなかったな。我はドワーフ王国王室第四王子、アラン・デ・メニルだ』
「おお、アラン王子でございましたか。二コラ王太子はどちらに?」
『ああ、二コラ兄様は今お出かけ中だ。どうした? 我でよければ話を聞こう』
私はその言葉に甘えるがままに、ここまでのことを話した。
『なんと! 我が王室に伝わる秘蔵の虫眼鏡を無くしたというのか? それは大変だ。分かった。取り合えず、お主は任務を遂行せい。しばらくは大丈夫であろう。そのうち二コラ兄様も帰ってくるはずだから、その時に対策は協議する。良いか?』
「了解しました……ありがとうございます……アラン王子」
『切るぞ』
一方的に通話終了。アラン王子もイライラしているのだろう。
――はぁーっ。
私は小走りでアリクイの飼育スペースへ向かった。
と、何やらアリクイの飼育スペースに人が集まっている。
「あれ、あいつじゃないか?」
「あ、あれだ! 警備に連絡しなきゃ!」
「俺が先だ!」
と、急に私の方へ向かって他の客が迫ってきた。
「ヴァヴェヴォヴェヴァ……」
何でもお見通しのリックによると、上野動物園から私を見つけて、警備に差し出してほしいというお達しが来たらしい。それで、客はそれをやったら金を貰えるんじゃないか、と思って私に目を付けたわけだ。
「これ、どうしよう……あ!」
エマは切り抜ける方法を考えついた。ただし、少し危険な方法だ。一斉に私が魔法を使えることを知られてしまうかもしれない。
「どうする、リック」
「——! ヴァフォヴェフォ……」
と、何かをひらめいたらしいリックが私に耳打ちした。
「——いいね、やってやろう」
私は再び急いでアリクイの飼育スペースへ駆けだした。
今日何回目だよ、走ったの。
でも、早くしないとまた警備員に見つかるかもしれない。出来ればさっきと同じ魔法を使いたいが、一度魔法を使うと、二度目を発動できるのは二時間後になる。
私が思いついた方法は、ズバリ瞬間移動だ。人だかりを移動させればいいんじゃないか、と。
でも、それなら当然大勢の人に、ますます怪しまれる。
そこで、リックが提案したのは記憶抹消だ。
つまり、大勢の客を出口に移動させてから、その場で魔法を使い、その部分の記憶を失わさせてしまえばいいのではないか、と。
それで、早速実行した。
「魔術覚醒——秒場違動!」
ここで、私ごと出口に瞬間移動。
「アレ? 何で出口なんだよ」
「あいつ、何?」
みんなが怪しんでいるが、私は少し息を継いでから、次の呪文を唱える。
「魔術連鎖——部覚記削!」
と、次の瞬間、他の客は、
「あ、俺何やってたんだ?」
「ヤバい、仕事行かないと!」
と、みんなが動物園での記憶を失っていた。
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